「今日、ドラマの打ち上げがあるの忘れてた。そっち行けそうにない。ごめん。」
昨日最終回を迎えた御手杵の初出演にして初主演ドラマは、わりと高い評価を貰えたらしい。
SNSでの評判も、最初こそは御手杵の演技力などといろいろと言われていたものの、回を重ねるにつれ上達したのか演じたキャラが合っていたのか、それっぽさがいいと褒められていた。それっぽさって何だ。
そんなドラマの最終回の放送ギリギリまで撮影をしていたらしいお疲れの御手杵からラインが入ったのは昼頃の話。
撮影も終わって今日はOFFだと喜んでいたから、ちょっと落ち込んでるだろうな…と思いながら、「了解。楽しんでね」と返した。御手杵からは相当落ち込んでる様子のスタンプが送られてきた。
「…ドンマイ、」
相手を慰めるようなスタンプを送って画面を閉じる。
携帯を机の上に置いて、お店に繋がる事務所の扉を開けた。
「おはようございまーす」
「うわ、雨降ってきた」
「え、本当ですか」
閉店間際、外を見ると雨が降り始めていた。
弱い雨ではあるが、雲の様子を見る限りしばらく止みそうになかった。
「僕今日お布団外に干してきちゃったんですよ…兼さんとりこんでおいてくれるかなぁ」
「かねさん?あぁ、同居人の人かぁ。連絡してみたら?」
「うーん…兼さん、お休みの日は携帯の電源切っちゃうんですよね…一応、電話かけてみてもいいですか?」
「どうぞー」
堀川くんが事務所に消える。最後のお客さんの会計をして、レジを閉めた。雨は少しずつ強くなってきていた。
「やっぱり駄目でした…」
事務所から戻ってきた堀川くんはどんよりとしていた。「今日はソファで寝なきゃかな…」そう言った堀川くんに、私は少し考えて口を開いた。
「堀川くん、入口の札ひっくり返してくれたら今日もう上がってもらっていいですよ。あと掃除だけだし」
「え、」
「主夫にこの雨は辛いでしょー。堀川くん家近かったですよね、急げばまだ間に合いますよ。ほら今日皿洗いも終わってるし」
「僕主夫じゃないですってば…。すみません、ありがとうございます!今度なにかお詫びしますね!」
「気をつけてねー」
再び事務所に入った堀川くんは1分で着替えて出てきて、入口からそのまま帰っていった。もちろん札を返すのも忘れずに。
暫くして、チリン、と聞きなれた音がした。「すみません、もう営業時間終わってるんですよー」と言いながら顔を上げる。
傘を2本持った大男が立っていた。
「国広、いますか」
「え?あ、堀川くんですか?失礼ですけどどちら様で…?」
「あぁ、国広の同居人です」
「あー!聞いております。堀川くん、先程帰りましたよ」
「!マジか、タイミング悪いな…」
頭をがしがしとかいて悪態をつく目の前の男。堀川くんを大人の男性にした感じで、雰囲気が似ていて驚いた。同居人っていう言い方的に、血が繋がってる訳では無いと思っていたんだけど。
「すみませんが、堀川くんのご兄弟ですか…?」
「え?あぁいや、なんていうかな、親戚です」
「成程。顔が似てるわけですね」
彼はよく言われます、と言って笑った。堀川くんと同じ顔なのに、堀川くんとは違う色気のある笑みで、あまり見慣れないものにおぅ…と目線を下にさげてしまう。視界に入ってきた彼の足元は、滴り落ちてきた水で小さな水たまりができていた。
「服びしょぬれじゃないですか!」
「あぁ、気にしなくていいですよ。安モンだし」
「そういう問題じゃなくて風邪ひきます!待っててくださいすぐタオルお持ちしますね!」
言いながら裏に駆け込み、100均の籠に積んであるタオルを取る。
「すみません」と言って受け取った彼の髪も湿っていて、このままじゃ風邪をひいてしまいそうだと思った。以前に堀川くんが熱を出してバイトをお休みしたことを思い出して、やっぱり風邪をひかれたら困るなと。
堀川くんに休まれたら困るとかそういうんじゃないけど。ないよ?
「店は終わってますけど、雨が弱くなるまでどうぞ雨宿りしていってください。私は作業があるのでお気になさらず」
「じゃあありがたく。すみません」
「いえいえー」
とりあえず椅子に座らせて、私は掃除を始めた。カウンターを拭きあげている時にちらと彼の方を見ると、携帯を片手にぼんやりと外を見ていた。美形と喫茶店と雨。絵になるなぁ。
掃除もあらかた終わったところで、こっそり準備しておいた珈琲を出した。
驚いた様子でこちらを見る堀川くんの同居人さん。「体冷えちゃってますよね。先にお出しできたらよかったんですけど」と言うと、「あ、いや、全然…」と目線を外された。うん?
「お代は結構ですので、ごゆっくりどうぞ」
同居人さんが何を思ったか見当つくはずもなく、一言だけ残して事務所に入った。着替えて出てくれば、珈琲を飲み干したらしい同居人さんが流しに立ってコップを洗っていた。
「洗い物はそのままでいいですよ!?」
「あ、珈琲ごちそうさまでした。いや、代金はいいなんて言われたら、洗い物くらい」
「いやお客様にそんなことをさせるわけには…!」
「お金出してないんだから、お客さんじゃないすよ」
いたずらっぽく笑う顔が綺麗で、「うわぁ美形…」と思わず口にしていた。きょとんとする顔を見て、やってしまった、と察する。が、本心も本心。
「…美形は何しても似合いますね…」
「ふは、あんなやっちまった、って顔したのに、訂正しねぇんだ…っ」
「アンタ国広が言ってたとおり、変わってるなぁ」と笑いながら言われて、堀川くんが私のことをなんて言ってるのか気になった。ていうか私の話してるんだ。いろんな驚きが一気に来て混乱してる。
雨は弱まっていないみたいで、ガラスを強く打ち付けていた。
兼さん(?)
堀川くんの同居人。美形。
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