「なんで嘘つく必要があるんだよ」
不機嫌そうに答えた御手杵が、和泉守さんの隣に1つ席を空けて座った。
「尻尾、コーヒー1つくれ」
「あぁ、うん少し待っててね」
カウンターに背を向けてコーヒー豆を用意する。後ろからはぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
「今まで1回も見たことないけど、いつから通い始めたんだ?」
「…最近だよ」
「へえ。なにきっかけだ?まさか親戚が働いてるからとは言わないだろ」
「…雨の日に国広を迎えに来た時、コーヒーを入れてもらったんだよ。そのコーヒーが美味かったから通ってんだ」
「…雨の日」
その日は御手杵が打ち上げでうちに来れなかった日。思い当たったのか、御手杵はそれだけ呟いて黙り込んだ。
「…まあ、その時サービスしてもらってよ。居心地いいからつい、な」
「そうかぁ」
「はい、コーヒー」
「ん」
会話が途切れるタイミングでコーヒーを出した。ふう、と息を吹きかけてひとくち。喉骨が動くのをつい、目で追った。
「御手杵、彼女いたんだな」
「ああ」
「言ってくれればよかったのに」
「聞かれてもないのに言うかぁ?」
「…それもそうだな」
気まずい。コーヒーを出してすぐ離れればよかったと後悔した。でもだいぶ、目の保養だ。2人とも顔がいい、眩しい。ていうか堀川くん遅くない?
「兼さんおまたせ!!…あ、すみませんお客様、いらっしゃいませ」
「どうもー」
思った瞬間に事務所から堀川くんが飛び出してきた。結構な勢いで。まさかこんな時間にお客さんが来るとは思わなかったんだろう。私も思わない。
「いつもありがとうございます。相模さんのお知り合いですよね」
「あー、お世話になってます」
「いえ、こちらこそ相模さんにはお世話になってます」
にこにこ会話する堀川くん。和泉守さんはコーヒーを飲み干したらしく、席を立った。
「国広帰るぞ」
「あっ待ってよ!相模さんお疲れ様でした!お客様もまたいらしてくださいねー!」
「お、お疲れ様ー…」
「はーい」
カランカラン、と音が鳴って、店内は静かになる。座ったままの御手杵が、「もう店閉める?」と聞いてきた。
「…閉める、けどさ」
「けど?」
「…なんでもない。15分くらい待ってて。コーヒーはおかわりしていいから」
「おー」
御手杵がフツウだったので、私もフツウにした。わざわざ自分から顔を突っ込むこともないんだよなぁと思いながら、閉め作業が終わったら少しだけ一緒にコーヒーを飲もうと決めた。
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