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投稿日:2021年02月23日
「ところで、さっき『あんたも』と言っていたが、俺の他にも南に行こうなんて物好きがいたのかい?」
不自然な流れにならぬよう、話を持ち出すと、店主は特に不審がる様子もなく、べらべらと話し始めた。
「ああ、朝方にね。思えば、あのお客さんもあんたみたいにハイドット目当てだったのかもねぇ、やけにがたいが良くて、鎧も着けてたし。あんたみたいに、南に渡るための日除けの外套探してたんだよ」
スーダルの推測が、確証に変わった。
「俺んとこは大分古い品も置いてあるから、なんとか日除けの外套も置いてあったんだが。南に渡る奴なんてほとんどいないし、他の店には売ってないだろうよって言ったら、うちにある外套全部買っていってくれたよ。……つうわけだから、うちにはもう防寒用の外套しかないなぁ。すまんね、お客さん」
(——これだ)
スーダルの脳裏に、光が走った。
防寒用の外套はどの店にも売っているから、アドラが北に行くつもりなら、食糧と同じように複数の店からちょっとずつ買うはずだ。
しかし日除けの外套がこの店くらいにしかない、というなら、この一軒でまとめて買うしかない。
店主の証言と自分の推理とを合わせて、スーダルは笑みを浮かべた。
(南は危険だからという裏をかいて北に行くか、それとも捜索の手すら届きづらい南に行くか、分からなかったが、これではっきりした。——奴らは南に行く!)
スーダルは店主を見た。
「ないんなら、仕方ない。駄目元で、他をあたってみるよ」
そう告げてすぐ、勢いよく酒場に向かって走り出した。
その姿は、まるで獲物をみつけた時の猫のようだった。
* * *
ファフリは着替え終わると、アドラにもらった予備の短剣、金などを袋に詰めて、背負った。
つらいとまでは思わなかったが、質の悪い衣が、荷を背負ったことで素肌に擦れて、少し痛かった。
「準備ができたなら、そろそろ行くぞ」
その声に、ファフリはぱっと立ち上がって、既に旅支度を終えたアドラとユーリッドの元に駆け寄った。
「いいか、何かあったら、とにかく逃げることだけを考えるんだ。ユーリッド、お前が基本的にファフリにつけ」
ユーリッドは、頷いた。
「私、魔術なら使えるよ。一緒に闘えるわ」
意気込んでそう言うファフリに、アドラはきっぱりと首を振った。
「相手はただの兵士ではない。魔術なんて使おうものなら、詠唱中に一撃で殺されるだろう。……貴女は、逃げ延びることだけ考えなさい」
「簡単なものなら、詠唱無しでもできるよ」
「駄目だ。言うことを聞け」
声の調子を強めたアドラに、ファフリはしぶしぶ頷いた。
街を出ると、家々の明かりがなくなるため、思ったより辺りは暗かった。
それでも、ぼんやりとした月明かりのお陰で、前が見える程度には明るかった。
ユーリッドとアドラは、歩きながら周囲の気配を探っていた。
全くもって生き物の気配はしなかったが、気を緩めるわけにはいかなかった。
国王が放ってくるのは、殺しの専門家だろう。
相手に気配を悟られずに身を潜めることなど、朝飯前のはずだからだ。
たとえまだ周囲に潜んでいないのだとしても、まだ城からそう離れていない前の今夜、何かが起こるであろうと、アドラは予測していた。
三人の影が街を出て、南の方角に歩いていくのを、ヤスラはじっと見つめていた。
街から続くこの一本道をしばらく歩くと、潜む場所のない草地へと出る。
そこならば、誰に見られることなく、対象をあの世送りにすることができる。
リルド達三人が、ファフリを襲うのは、その草地に出たときと決めていた。
ヤスラは三人の影が十分遠ざかったのを確認してから、前方の茂みに身を隠すリルドとスーダルに、合図を送った。
慎重に尾行していくと、やがて標的の三人が草地へと出た。
リルドは一度立ち止まると、同じく尾行をやめたヤスラ、スーダルとそれぞれ顔を見合わせた。
「……いくぞ」
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