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投稿日:2021年02月23日




†第一章†——安寧の終わり
第二話『殲滅せんめつ


 初めて国王の口から直接命令が下された時、リルドはこれまでにないほど高揚した。
国王からの命令、すなわちそれは、兵士としてではなく、国王の手足として裏の仕事を任されるということだ。

 裏の仕事というのは、要するに世間には知られてはならない、秘密裏の仕事である。
決して誇れるような内容ではない、手を汚す仕事を任されるだろうとは分かっていたが、リルドにとって、そんなことはどうでも良いことだった。
何千、何万といる兵士の中から自分が選ばれた、それだけで十分満足だったのだ。

 リルドが初めて任された裏の仕事は、教皇の暗殺だった。
寝所に忍び込んで、眠る教皇の喉を音もなく裂いて殺した。
教皇の首が、ころりと支えを失って床に転がり落ちたとき、体が震えるほどの恍惚感を味わった。
このミストリアで、第二の地位を築くこの教皇が、自分の手で肉になったのだ。
リルドは肉を見下ろして、静かに笑った。

 こうしていくつもの裏の仕事をこなしてきた彼だったが、国王から、次期召喚師である第三王女ファフリを殺すように命じられたときは、流石に耳を疑った。
ファフリは、既に国王から魔力を受け継ぎつつあると聞いていたからだ。
思わず理由を問うた時、国王は淡々と言った。

「あれが召喚師となれば、ミストリアの軍事力は落ちるだろう。召喚もろくに行えぬ。行えるようになったとしても、私の思い描くミストリアを作ることは、あれには出来ぬ。なに、あれさえ死ねば、次期召喚師などまた生まれるのだから」

 リルドは、その日から初めて、第三王女ファフリの存在を意識して見るようになった。
さりげなく城での彼女を観察し、彼女の性格を知った。
そして、国王の言葉に納得した。
確かに、あのあどけなく笑う少女が、悪魔を操りミストリアを統率していくことなど無理だろう。
まして、襲いくる敵の軍勢を蹴散らすことなど、不可能だと思った。

「失敗は許されぬ。必ず殺せ」

 この国王の命令に、リルドは、これが一生に一度の大仕事だと悟った。
初めて裏の仕事を任された時——あの時から、自分はこの仕事を成功させるために、生きてきたのだと。

 リルドは、他に二人、同じく次期召喚師の暗殺を命じられたヤスラ、スーダルと共に、ファフリの行方を追った。


  *  *  * 


 ファフリ達が平民街へと下った朝、リルド達もファフリを探すため、平民街に向かっていた。

 彼らはまず、街中のありとあらゆる店を巡って、今日の明け方から現在にかけて、売れた品物を調べた。
ファフリ達が城を出る際、身軽さを重視して最低限の旅支度しかしていなかったことから、彼らは必ず物資を街で調達するだろうと考えたからだ。

 昼に差し掛かる頃、リルドが決めた集合場所の、酒場の前に三人は顔をそろえた。

「駄目ですね。どの店でも、少しずつ物が売れている。これでは普段の売れ行きと変わらない。買っていった者の特徴も様々です。全く手がかりが掴めません」

 ヤスラが言った。
彼のこの報告から、リルド、ヤスラ、スーダルの三人の頭に浮かんだのは、かつて団長として兵団をまとめあげた、あの鳥人の姿だった。
頭のきれるあの男ならば、特定の店でまとめ買いをすれば、あっという間に追っ手に自分達の行動を知られてしまうと予測するくらいのことは、造作もないだろう。
だからおそらく、物資をそろえたのはあの男で、街中の店からそれぞれ少しずつ物を買っていったのだ。
ご丁寧に、軽い変装までして。
分かったのは、それだけだった。

「問題なのは、彼らが北に向かうか、南に向かうか、ですね。可能性としては、五分五分といったところか……」

 スーダルが、考え込むようにして言った。

「……こうなれば、手分けして街の北門と南門を見張るしかないのでは?」

 ヤスラの案に、リルドは首を振った。

「それは最終手段だ。王女はともかく、あちらにはアドラともう一人、ユーリッドという元兵士がついているらしい。我々三人が二と一で手分けをした場合、人数的に王女を仕留めるのが困難になる。アドラには、二人がかりでないとおそらく苦戦するだろうしな」

「そのユーリッドというのは、何者なのですか? 名前を聞いたこともありませんし、ただの下っ端兵でしょう。なぜ王女に同行しているのです」

 ヤスラの問いにスーダルも頷いて、二人はリルドを見た。

「私も詳しくは分からないが、ユーリッドは前兵団長の息子だそうだ。昔から王女とは親しかったようだから、王女を裏切らないと見込まれて同行してるんだろう」

 リルドはそれからじっと考えたが、あまり良い案は浮かばなかった。
他二人も同じようで、眉間に皺を寄せたまま固まっている。

「とにかく今は、店を徹底的に調べろ。食糧はいい、毛皮や衣を売っている店を調べるんだ。夕刻までに何の手がかりも掴めなければ……仕方ない、手分けをしよう」

 ヤスラ、スーダルはうなずき、素早く街に散っていった。
リルドもそれを見届けると、街に出た。



 持ち前の迅速さで行動したつもりであったが、気づけば空が蜜色に染まり始めていた。
もう少しすれば、民衆達は帰路につくだろう。
そうすると自然と獣人(ひと)通りも少なくなるため、ファフリ達が動き出してしまうに違いない。
スーダルは舌打ちした。

 一度、集合場所の酒場に戻ろうかと思い始めた頃だった。
酒場に向かって路地を歩いていると、ふと、山のような衣類を軒先に並べた一軒の店に気づいた。

 いかに自分の店の衣が優れているか、見せつけるように吊るして売っている店が多い中、この店では、乱雑に衣を広げてあった。

 スーダルは、店主の方に近づいた。

「おやじさん、ちょいと長旅に出にゃならんもんで、長持ちする丈夫なもんが欲しいんだが、置いてあるかい?」

 初老の、鼠の獣人がこちらに振り返った。

「もちろんさ。そうだねぇ……丈夫なやつってぇと、これなんかどうだい?」

 店主が見せてきたのは、分厚い防寒用の外套だった。
ふと他の品にも目を落としたが、不思議なことに、どれも寒さをしのぐためのものばかりだ。

「いやいや、北じゃなくてさ。南に行く用のものはないかい?」

 スーダルが試しに聞いてみると、店主は驚いたように目を丸くした。

「おや、あんたも南大陸に渡るのかい? 最近、南は化け物が出るやらなんやらで危険だから、行こうとするやつはほとんどいないんだがねぇ」

(あんた、も……?)

 スーダルの胸に、淡い期待が閃いた。

「まあ危険なのは確かだがね。手っ取り早く稼ぐには南に行くのが一番だ。ほら、ハイドットを知ってるだろう? それを調達しに行くのさ」

 なに食わぬ顔で適当にそう言うと、店主は納得したような、驚愕したような表情を浮かべた。

「はーっ、そりゃすごい! 確かに、ハイドットの武具はびっくりするぐらい高値で売れるからね。俺も行って帰ってこられるようなら、南に行ってみたいもんだが」

 ハイドットとは、南大陸の鉱山で発見された鉱石である。
これを精錬して作った剣や鎧は、他とは比べ物にならないほどの強度をもつというので、数年前から話題になっているのだ。

 ただし、南大陸はもともと未開の土地だったため、相当な手練れか、兵団くらいしか行こうという者はいなかった。
加えて最近は、化け物が出るだの、疫病が流行っているだのという噂も上がって、実際行って帰ってくる者も少なかった。
そのため近頃では兵団ですら、行こうとしなくなったのだ。


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