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投稿日:2021年02月23日





 ユーリッドとアドラは、この平坦な草地に出た時から、焦りを感じていた。
ここでは、隠れる場所がない。
街からかなり離れているため、人目も気にならない。
襲われる側からすると、ここまで悪条件な場所もそうそうなかった。

 三人は速足で、前方にある森に早く入り込んでしまおうと思った。

 月明かりに照らされて、三人の足音だけが響いている。
地面が多少ぬかるんでいるのか、足をとられて走りづらかった。

 いよいよ前方に、森の木々が見え始めた時、ふっと大気を切り裂くような音がした。
アドラは気配で、ユーリッドは音でそれを感じとると、ファフリを突き飛ばして即座に伏せた。
頭の上を、二本の暗器が通りすぎる。

 アドラはすばやく起き上がると、手の甲に仕込んでいた短剣を、暗器が飛んできた方向へ、立て続けに三本放った。
すると、金属同士がかち合う音が響き、そこから二つの影が飛び出した。

 その内の一人、スーダルから、鋭い剣先が突くように押し出される。
アドラは抜刀した勢いでそれを弾くと、そのまま回転して、右脇を狙ってきたリルドの剣を受け止めた。
リルドの剣はスーダルのものに比べて重く、弾くことはできなかったが、アドラは剣を受けたまま、リルドの腹を蹴り飛ばした。

 ユーリッドは、突き飛ばされたファフリを抱き起こすと、アドラの目配せを受けて、ファフリと共に前方の森に走り出した。
しかし次の瞬間、リルドとスーダルが飛び出してきたのとは逆の方向から、新たな剣先——ヤスラが襲いかかってくる。
ユーリッドは咄嗟に剣でその攻撃を受けたが、力負けして弾かれるように後方に飛ばされた。

 ユーリッドは、受け身をとろうとして、側にいたファフリにぶつかって転んだ。
ファフリは慌ててその場から退こうとして、立ち上がり、前に一歩踏み出した。
しかし、ファフリがユーリッドから離れた瞬間、ユーリッドに向かっていたヤスラの剣が、一気にファフリへと向かう。

「ファフリ!」

 思わず叫んで、ユーリッドは体制を立て直そうとしたが、ぬかるんだ地面に足をとられて一瞬遅れた。
ファフリはどうして良いか分からずに、襲いくるヤスラを見たまま硬直している。

 ヤスラの剣が、ファフリを切り裂こうとした寸前、ファフリの背後からアドラの剣が飛び出して、力強くヤスラの剣をはねあげた。
金属特有の高い音が響き、しかしそれと同時に、肉を裂く鈍い音がして、ファフリは瞠目した。
後ろにいるアドラの肩から、白い剣先が突き出ていたのだ。
ファフリをヤスラからかばったことで、背後に隙ができたアドラが、リルドに貫かれたのだった。

「…………!」

 ファフリが、声にならない悲鳴をあげる。
アドラは肩から生えた剣先を素手で掴むと、噴き出る血に構わず、振り返ってリルドを切りつけた。
リルドは頭を反らして、間一髪でそれを避けると、力ずくで剣をアドラの肩から引き抜いて、後退した。

「ユーリッド!」

 アドラの叫びに、ユーリッドははっとした。
放心状態となったファフリを担いで、再び森に向かって走り出す。

 それを追おうと構えたヤスラに、アドラは突進した。
不意をつかれたヤスラは、上体を反らすことで、かろうじて急所を外したが、アドラの振り下ろしたその剣先は、閃光のように閃いて腹部を切り裂いた。
アドラは、切り裂いたのと同時に、その傷口を力一杯殴り飛ばした。
流石のヤスラも、あまりの激痛に地面に崩れ落ち、血がのろのろと溢れる腹部を押さえて呻く。

 アドラは方向転換すると、ユーリッド達が姿を眩ました森の、少し右方に向かって走り出した。
背後から、リルドとスーダルの足音が迫ってくる。

 突然、背中に鋭い痛みが走って、アドラは表情を歪めた。
途端に回ってきた痺れに、毒針が刺さったのだと分かったが、アドラは構わず走り続けた。

 リルドとスーダルが、攻撃ではなく、アドラを追うことに専念し始めると、アドラは急に立ち止まり、片足を軸に後方に回転すると、リルドの懐に飛び込んだ。
そして思いきりリルドの鳩尾に肘を打ち込み、更にリルドを踏み台に翻って、隣にいたスーダルに襲いかかった。

 スーダルは素早く反応し、先程貫かれたアドラの左肩に再び剣を突き立てたが、アドラはそのまま迫ってきた。
剣が、ずぶずぶと肩の肉に吸い込まれていく。
予想外のアドラの行動に、一瞬動きを鈍らせたスーダルのこめかみを、アドラの剣が貫いた。
アドラは、スーダルが倒れるのを見もせずに、森の奥へと走り去っていった。

 リルドは、鳩尾に走る激痛に耐えつつ後を追おうとして、立ち止まった。
逃げたファフリを追う方が、先決だと考えたからだ。
すると、そこに後ろからヤスラが追い付いてきた。

「ヤスラ、スーダルはもう駄目だ。ひとまず王女達を追うぞ。アドラはどのみち、毒で死ぬ」

 二人は頷き合って、先程ユーリッド達が消えた方角に向かった。
リルド、ヤスラは共に犬の獣人である。
臭いを辿っての追跡は得意だった。



 ユーリッドは、暗殺者達の気配が近づいてくるのを感じていた。

 ユーリッドとファフリは、少しでも音や臭いをごまかそうと、川近くの木に身を隠していた。
しかし、見つかるのも時間の問題だろう。
次に追手が来たら、今度こそ自分が戦わねばならないと、ユーリッドは分かっていた。

 ゆらゆらと、下の方からこちらに向かってくるヤスラの姿を見て、ユーリッドは勝てると思った。
血止めはしているようだが、ヤスラの身体は傷だらけで、腹からは流れ出た血が足にまで達している。
歩くのもやっと、という様子だった。

 ユーリッドは短剣を二本、そして長剣を構えると、臨戦態勢を整えた。



 ヤスラは、リルドが後ろに控えたのを確認すると、川に沿って上流に向かい、歩き出した。
せせらぎの音と水の臭いで、もはや耳と鼻は使い物にならなかったが、逆に言えば、それは相手も同じである。
重症を負ったこの状態で、完璧に気配を絶つのは困難だと判断したリルドとヤスラは、相手に接近を悟られぬよう、川近くを歩くことにしたのだ。

 次の瞬間、水音ではない、風を裂く音がして、ヤスラは後ろに飛び上がった。
先程まで足があった箇所に、短剣が突き刺さる。

 更にもう一本、短剣が飛来してきたのと同時に、一つの影が森の中から走り出て、飛びかかってきた。
ヤスラは抜刀して迎え撃ったが、繰り出した剣先は全てかわされた。
腹に穴が空いているせいで、いつもより動きが鈍っているのだ。

 苦痛に顔を歪めるヤスラの顔を見て、ユーリッドは勝利を確信すると、素早くその懐に飛び込んで、喉元目掛けて剣先を突き上げた。
ヤスラは首をひねってそれを避けたが、腹に激痛が走り、そのまま体制を崩してよろめいた。
その隙をついて、ユーリッドがヤスラの鎖骨部分を切り裂く。

 しかし、ヤスラは鎖骨に剣が食い込むのも構わず跳ね起きると、ユーリッドの肩を掴み、川に投げ飛ばした。
浅いところだったため、溺れるようなことはなかったが、ヤスラの突然の行動に、ユーリッドが一瞬動きをとめる。
その間に、下から残光を引いて剣が襲いかかり、ユーリッドの右腕から血しぶきが上がった。
同時に、背中にも熱い衝撃が走って、ユーリッドは倒れこんだ。
背後から、隠れていたリルドが飛び出してきて、ユーリッドの背中を切りつけたのだ。

(くそっ、一人隠れてたのか——!)

 暗殺者達の狙いがこれだったのだと分かって、ユーリッドは舌打ちした。
しかし、時既に遅し。
倒れこんだユーリッドの心臓を貫かんと、ヤスラの剣が振り下ろされる。
ユーリッドは痛みを覚悟して、ぐっと目を閉じた。

 ユーリッドの心臓が、ぐさりと貫かれる、はずだった。
しかし、痛みではなく、体に何かが覆い被さってくるような重さを感じて、ユーリッドは目を開けた。
すぐ横に、血にまみれたヤスラの顔がある。
ヤスラが倒れたのだ。

 驚いて顔をあげると、血を撒き散らしながらリルドと対峙する、アドラの姿が見えた。
ユーリッドは、アドラがヤスラを斬ったのだと分かった。
だが、立ち上がろうとしたその瞬間、目を疑った。

 ざくりと嫌な音がして、アドラの剣がリルドの心臓を突く。
それと同時に、リルドの降り下ろした剣が、アドラの頭を真っ二つに割ったのだ。
相討ちだった。



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