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投稿日:2021年02月24日
†終章†『光闇』
闇よりも深い、新月の夜空に、星が一筋、弧を描いて駆けた。
エイリーンは、静かな海面に降り立つと、ふと光の気配を感じて、宙を掴んだ。
途端、夜気を切り裂き、エイリーンの拳から、無数の閃光が迸る。
光の精霊は、エイリーンの拳を焼き尽くすと、星のように大気を走り、水面へと着地した。
そして、淡く光る少年の姿を象ると、忌々しげにエイリーンを見て、吐き捨てるように言った。
「裏切り者、穢らわしい闇精霊の王め……! 貴様の愚かな謀、確かにこの目で見届けたぞ!」
エイリーンは、焼かれた拳が再生していくのを見ながら、不敵な笑みを浮かべた。
「……低俗なミスティカの奴隷が。このままツインテルグへ帰してやると思っているのか?」
光の精霊は、顔をしかめると、すぐさま閃光へと姿を変え、上空に飛び上がった。
しかし、その直後、どこからか召喚術の詠唱が聞こえてきて、身を凍らせる。
刹那、頭上に青白い光が瞬いたかと思うと、一条の雷光が、光の精霊を貫いた。
「────っ!」
全身に突き刺さる稲妻に、光の精霊が、声にならない断末魔をあげる。
少年の形に戻った精霊は、見開いた目で声の主を映すと、驚愕した様子で言った。
「そなた……サーフェリアの、召喚師か……?」
ルーフェンは、なにも答えないまま、その場で長杖を出現させると、それを振り上げ、一気に光の精霊を叩き落とした。
海面めがけて吹っ飛ばされた精霊が、そのまま海の中に突っこみ、水飛沫を上げて沈んでいく。
ルーフェンは、エイリーンの傍にゆっくりと降り立つと、光の精霊が落ちていった水面を眺めた。
しかし、その瞬間。
海の底が、突然光を孕んだかと思うと、海面を破って、幾多の光の筋が、槍の如く突き出してきた。
静かだった海が荒ぶり、波立ちながら、ルーフェンとエイリーンを飲み込もうと襲いかかってくる。
ルーフェンは、咄嗟に周囲の海面を凍らせると、次いで、長杖を水中に刺した。
「──あぶり出せ」
ルーフェンを中心に、電撃が海中を駆け巡る。
同時に、海面を覆っていた氷が消し飛んで、光の精霊が、悲鳴を上げながら水面に飛び出してきた。
「おのれ! サーフェリアの召喚師……血迷ったか! 何故そなたが、闇精霊の王と共にいる……!」
ぜえぜえと呼吸しながら、光の精霊が、ルーフェンを睨む。
ルーフェンは、興味がなさそうに肩をすくめた。
「さあ? なんでだろうね」
そう言って、素早く前に踏み込むと、光の精霊の首を、長杖の柄で海面に押し付ける。
光の精霊は、海に沈むまいと必死になって杖を押し返したが、やがて、長杖から強力な稲妻が噴き出すと、足をじたばたと動かしながらもがいた。
夜の暗黒に雷光が飛び散り、光の精霊の首を、じりじりと焼いていく。
精霊は、喉をかきむしるように暴れていたが、しばらくして、遂に首が焼き切れると、ぱたりと動かなくなった。
光を失った胴体が、暗い海の底に、どっぷりと沈んでいく。
しかし、まだ水面に浮いたままの頭を動かし、ぎょろりとルーフェンを睨むと、精霊は、不気味な笑い声を上げた。
「己の行動の意味が分かっているのか、サーフェリアの召喚師よ……。そなたはツインテルグではなく、アルファノルに従属するというのか。ああ、なんと罪深い、愚かな人間め……」
「…………」
光の精霊は、続いてエイリーンを睨み付けた。
「闇精霊の王、貴様の力など、グレアフォール様は恐れていない。闇に喰われた裏切り者は、忘却の砦の中で、永遠に苦しみ続けるが良い……!」
エイリーンは、不愉快そうに目を細めると、ルーフェンの傍まで寄ってきて、光の精霊の頭部を踏み潰した。
ばしゃん、と水面が揺れる音がして、頭部も海の底に消えていく。
ルーフェンは、召喚術を解くと、エイリーンに尋ねた。
「情報を引き出すべきだったのでは?」
エイリーンは、ルーフェンを一瞥すると、はっと嘲笑した。
「名も持たぬ使役精霊だ。大した話など引き出せぬ」
そう言いながらも、エイリーンは、精霊が沈んでいった海面を、しばらくじっと見つめていた。
だが、やがて目を伏せると、呟くように言った。
「……海の色が、暗い」
ゆらゆらと揺れる水面に視線をやったまま、エイリーンが、袖を口元にやる。
人間の視力では、夜中の海の色がどうかなんて分からなかったが、ルーフェンも同じように海を見渡すと、口を開いた。
「ハイドットの影響が、ここにまで及んでるとか?」
「……そうであろうな」
エイリーンは、短く返事をしたあと、次いで、ルーフェンを横目に見た。
「……ところで小童。お主、何故小娘を一人でミストリアに送った。我は、あやつを生かせと言ったはずだ」
「…………」
小娘、とは、ファフリのことだろう。
ルーフェンは、つかの間言葉を止めたが、すぐに苦笑を浮かべて、首を振った。
「別に。深い意味はありませんよ。あの時すでに、彼女は召喚術を使えるようになっていた。だから、単身ミストリアに戻ったって、王座を奪還できるくらいの力はあったはずだ。幸い、亡くなったはずのリークス王の魔力も、あの何とかって宰相のおかげで残留していたようですし、ファフリちゃん一人をミストリアへ送るくらい、造作もなかった。そして事実、彼女はミストリアの召喚師として、即位した。なにか問題が?」
「…………」
エイリーンは、少しの沈黙のあと、唇で弧を描いた。
そして、ルーフェンに顔を近づけると、くつくつと笑った。
「……腹の底が読めぬ男よ」
エイリーンは、それだけ言うと、北の空を見上げて、すっと目を閉じた。
長い間、そうして動かずにいたエイリーンだったが、やがて、ゆっくりと目を開けると、呟くように言った。
「……アルファノルから、少し離れすぎたようだ。我はしばし眠ろう」
「……そうですか」
答えたルーフェンを振り返って、鼻を鳴らす。
エイリーンは、それから可笑しそうに目を細めて、ルーフェンの目を見た。
「……良いか。くれぐれも、変な気は起こすなよ」
愉快そうな表情とは裏腹に、橙黄の目を光らせ、エイリーンが低い声で言う。
ルーフェンは、なにも答えず、微かに笑みを浮かべた。
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