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投稿日:2021年02月24日




  *  *  *


 南方に広がる精霊族の王国、ツインテルグ。
この国の中央に広がる広大な森は、『古代樹の森』と呼ばれ、王都ミレルストウの中でも、国王に目通りを許された精霊しか入ることのできない聖域であった。

 精霊族の王、グレアフォールは、純血のエルフ族であり、ツインテルグの召喚師である。
彼に仕える《時の創造者》の一人、ミスティカは、聖域にて、ふと身体を貫いた稲妻に、胸を押さえてよろめいた。

 まるで、心の一部が欠けてしまったかのような、虚無感に襲われる。
ミスティカは、途端に溢れ出した涙を拭いもせず、目の前に鎮座しているグレアフォールに、深々と頭を下げた。

「……申し訳ありません、グレアフォール様。私の使いが、消されたようです」

 ざわりと、周囲を取り囲んでいた木々の精霊達が、悲嘆の声をあげる。
ミスティカの傍で跪いていた、同じく《時の創造者》であるボガートのトートも、思わず言葉を失った。

 ミスティカたちと向き合う形で、古代樹の根に腰かけているグレアフォールは、微かに目を細めた。

「……エイリーンか」

 低く、落ち着いた声で問いかける。
その長い黄金の髪から覗く、瑠璃色の瞳には、王と呼ばれるに相応しい、滲み出るような威厳の光が宿っていた。

 ミスティカは、心臓を掴むように、左胸を掻き抱いた。

「闇精霊の王を追うようにと命じましたから、おそらくは。ですが、直接私の使いに手を下したのは、別の者のようです。確か、この魔力は……」

 目を閉じて、ミスティカは、海底に沈んだ使いの精霊の気配を辿ろうとした。
グレアフォールは、その様を無表情で見つめていたが、ふと、目の奥に警戒の色を浮かべると、ミスティカに制止をかけた。

「……エイリーンは、アルファノルに縛られたままだ。今は、獣人たちの穢れを浄化することに専念せよ。水を汚し、地を蝕むあの穢れは、この世界の流転るてんには必要のないものである」

 トートが、御意、と返事をして、頭を下げる。
ミスティカは、不安げな面持ちで、グレアフォールを見上げた。

「しかし……恐れながら。闇精霊の王を、このまま野放しにしておいて良いものでしょうか? 彼奴きゃつは必ず、グレアフォール様に害を為す存在となりましょう。今後の動向を探るためにも、どうか今一度、私めにご命令を」

 姿勢を正して、ミスティカは申し出た。
だがグレアフォールは、表情を変えぬまま、冷たい声で答えた。

「……お前に限らず、エイリーンには力及ぶまいよ。彼奴は、生と死の狭間を彷徨う哀れな咎人だ。満たされることなく、死ぬこともなく、復讐だけを喰らって漂い続けている。……時が来れば、我が葬ろう。お前は、穢れの浄化に努めよ」

「……御意」

 ミスティカは、悔しそうに口を閉じたが、すぐに礼をすると、凛とした声で言った。

「出すぎた物言いを致しました。……全ては、グレアフォール様の預言の通りに……」

 そう恭しく告げてから、ミスティカとトートは、聖域から姿を消した。

 グレアフォールは、ふと目を細めると、腰かけている古代樹を見上げた。
風など吹いていないのに、何かを訴えかけるかの如く、さわさわと葉擦れの音が響く。

 その枝葉を見つめる、グレアフォールの瑠璃色の瞳には、遠い遥かな未来が、はっきりと映し出されていた。



See you next story....

〜闇の系譜〜(ミストリア編)【完】


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