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投稿日:2021年02月23日




 激しい戦いの後、大怪我をしていたユーリッドとファフリは、しばらくの間、ミストリア城で治療に専念していた。
その間、トワリスもイーサも、周囲の獣人たちを警戒していたが、何者かが、ファフリたちの命を狙ってくることはもうなかった。
国王リークスが死に、代わって国政を握っていたキリスを討ったファフリを、城の者たちは、新たな指導者として認めているようであった。

 キリスに反抗し、北大陸と南大陸の中間にある監獄に収容されていた兵士たちも、無事に解放されることとなった。
ファフリの母であるレンファも、そこに投獄されていたことが分かり、近々ミストリア城へ戻ってくるとのことだ。

 奇病の原因が、河川に流出したハイドットの廃液であることは、ファフリが意識を取り戻してすぐ、民衆たちに開示された。
ロージアン鉱山は、完全に封鎖。
壊滅状態であった南大陸への立ち入りも禁じ、ハイドットの武具は、ミストリア城で回収、使用を禁止することになった。

 一方で、キリスを支持し、ハイドットの武具の生産を、続けるべきだと主張している者たちもいた。
そんな彼らの暴動に備えるため、武具の回収は、一時先伸ばしにするべきだという意見もあったが、ファフリは、譲らなかった。

 汚染された河川の処理、および奇病にかかった獣人たちの治療に関しては、一朝一夕に解決できる問題ではなかった。
目に見えて廃液が滞留しているような河川や土壌では、ハイドットの成分が高濃度に堆積している汚泥を除去。
生活用水に関しては、煮沸してからの使用をするようにと、呼び掛けることになった。
しかし、既に広がってしまった汚染は、容易に浄化しきれるものではない。
自浄作用に頼りながら、何百年、何千年の月日をかけて、対策をとっていく必要があるだろう。

 奇病の治療については、せめて軽度な者だけでも、回復を見込めないかと研究されたが、現時点では、まだ何の治療法も見つかっていない。
魔力さえ感じなければ、死体同然である彼らは、話しかけても、触れても反応することはなく、最終的には、徐々に身体に奇形が生じていく。
その瞳は虚ろで、見つめ返しても、そこには深い闇があるだけであった。



 爽やかな朝日が降り注ぐ中、ミストリア城に隣接する林を抜けると、目の前に、リディアの花畑が広がった。

 鼻孔をくすぐる甘い匂いと、風にさらわれ舞い上がる、薄桃色の花弁。
ファフリは昔から、この花畑が好きだった。

「……よかった。ここは、変わってなかったんだね」

 目を閉じて、穏やかなミストリアの空気を感じながら、ファフリは言った。

 重傷を負い、死の淵に立たされていたファフリの身体には、あれから一月以上経った今も、まだ痛々しい傷痕が残っていた。
頭部や両足には包帯を巻き、松葉杖をつくことを余儀なくされていたが、それでもファフリは、晴れやかな表情をしていた。

「この花畑は、城に近いからな。式典の日に、うまく風向きが城下の方に向くと、まるで祝福してくれてるみたいに、ノーレント全体にこのリディアの花弁が舞うんだ」

 ファフリに付き添っていたユーリッドが、トワリスに説明する。
トワリスは、へえ、と相槌を打つと、小さく笑って花を見つめた。

「この後の戴冠式でも、花弁が飛んできてくれるといいですね」

 イーサが、笑顔で言った。
トワリスは、少し困ったような顔でファフリを見ると、痛々しい頭部の包帯に触れて、口を開いた。

「……そうか、もう戴冠式をやるんだね。体調が良くなって、傷がちゃんと治ってからにすればいいのに」

 ファフリは、トワリスの手に、自分の手を重ねた。

「皆そう言ってくれるんだけど、やっぱり今は、時間が惜しいから。ミストリアは、私が精一杯守りますって宣言して、ミストリアに住む獣人(ひと)達を、少しでも安心させてあげたいの」

「ファフリ……」

 トワリスは、感心したように息を吐いたが、ユーリッドは、苦々しい笑みを浮かべた。

「あんまり、一人で背負い込むなよ」

「……うん」

 ファフリが微笑んで、ユーリッドを見つめる。

「大丈夫だよ。だって、ユーリッドが傍にいてくれるもの。これからも、ずっと一緒にいてね」

 そう言って、ファフリは、ユーリッドの手を握った。
その手をぎゅっと握り返し、ユーリッドは、深く頷いた。

「ああ、もちろん」

 二人の様子を見ていたトワリスは、どこかやりづらそうに目をそらすと、ぽつんと呟いた。

「なんか私、邪魔そうだし、そろそろサーフェリアに帰ろうかな……」

 トワリスの言葉の意味が分からなかったらしく、ユーリッドとファフリが、同時に首をかしげる。
しかし、イーサだけはうんうんと頷いて、トワリスの肩に手を置いた。

「その気持ち、分かります。二人とも、昔からずーっとこんな感じなんですよ」

 イーサとトワリスは、顔を見合わせると、やれやれといったように肩をすくめた。

 林の奥から、足音が聞こえてきて、一人の兵士がファフリの近くで跪いた。

「召喚師様、そろそろお時間が」

「……うん、わかった」

 ファフリは返事をすると、トワリスの方に振り返った。

「トワリス、私、そろそろ戴冠式の準備に行かなくちゃ」

 トワリスは頷くと、ファフリに向き直った。

「うん、行ってらっしゃい。私はあまり目立つと良くないだろうから、もう、サーフェリアに帰るよ。傷も大したことないしね」

 さらりと言ったトワリスに、ユーリッドとファフリが、微かに目を見開く。
ファフリは、眉を下げて、寂しそうに返事をした。

「……そっか。もう帰っちゃうのね」

 トワリスは、ユーリッドとファフリの頭に手を置くと、穏やかに笑った。

「二人とも、大変だったね。ユーリッドもファフリも、本当に立派だよ。国一つ動かしていくのは、私が思っている以上に辛くて、難しいことなんだと思うけど、二人なら、この先にどんなことがあっても、きっと乗り越えられるよ」

「トワリス……」

 イーサも横で頷き、ユーリッドとファフリに視線をやる。
ファフリは、涙を湛えた目で、トワリスを見つめた。

「……私、ちゃんと出来るかな?」

 トワリスは、二人の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「出来るよ。……出来ないって思ったら、ユーリッドや、兵団の獣人達に遠慮なく頼ればいい。それでも駄目そうだったら……また、私に相談してよ。ルーフェンさんも、またひねくれたことばっかり言うだろうけど、きっと協力してくれる。ファフリの味方は、沢山いるよ」

 ファフリは、泣き笑いした。

「トワリスも、困ったことがあったら、なんでも言ってね。あと、これ……貸してくれて、ありがとう。ルーフェンさんに、返してあげて」

 そう言って、ファフリが差し出してきたのは、左耳についていた緋色の耳飾り。
トワリスは、表情を和らげると、耳飾りを受け取った。

「……また、絶対会おうな」

 ファフリに次いで、ユーリッドも口を開く。
トワリスは、一拍置いてから、深く頷いた。

「ああ。……いつかまた、必ず」

 トワリスは、掌に小さな傷を入れて、そこに刻まれた移動陣を、地面にかざした。

「さようなら、二人とも。どうか、元気で」

 最後に振り返り、ユーリッドとファフリを見ると、トワリスは言った。
ファフリは、声が震えないように深呼吸しながら、大きく手を振った。

「さようなら……! トワリス、ありがとう。……本当に、ありがとう」

 移動陣が、トワリスの足元に展開し、眩い光を放つ。
その光は、トワリスを飲み込んで、やがて、緩やかに収束していった。

 暖かなミストリアの風が、リディアの花を揺らす。

 ひらひらと踊るその花弁が、空を渡っていく様を見つめながら、ユーリッドとファフリは、踵を返したのだった。






──ミストリア歴、九六四年。
ファフリは、ミストリアの召喚師として、正式に即位した。

 後に、この女王ファフリが、精霊族の王グレアフォールと並び、世界に存在するたった二人の召喚師となる。
絶対的な悪魔の力を有する、国の守護者──闇の系譜を継ぐ者として、後世の史実に、名を馳せることになったのだ。


To be continued....

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