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投稿日:2021年02月23日






「……誰だ。出てこい」

 気配に鋭さを感じないことから、相手は敵ではないだろうと思い、ルーフェンは幾分か落ち着いた声で言った。

 かさりと茂みを分けて現れたのは、ルーフェンよりも一回り以上大きな巨漢であった。
古傷のせいか、身体中の皮膚がひきつっており、顔には歪な鉄の仮面がつけられている。
普通の人間ならば、見ただけで腰を抜かしてしまいそうな恐ろしい風貌だったが、ルーフェンはその姿を見ると、すぐに安堵の表情を浮かべた。

「ハインツくん、珍しいね。どうしたの?」

 ルーフェンは普段通りの飄々とした調子に戻ると、ハインツに歩み寄った。

「……ルーフェン、お願い、ある」

 ハインツは、その巨体に似合わぬ小さな声で、もじもじと縮こまりながら言った。

「お願いって、急ぎ? 俺、もうここから離れるつもりだったんだけど?」

「急ぎ……すぐ、終わる」

 ルーフェンは瞬きすると、相変わらず縮こまったままのハインツを不思議そうに見上げた。
彼が願い事を申し出てくるなんて、滅多にないことだったからだ。
しかしすぐに、ハインツの側にあるもう一つの気配を感じ取って、ルーフェンは納得したように眉をあげた。

「分かった。話を聞こうか。……とりあえず、そこの美しいお嬢さんも出ておいで」

 そう声をかけたのと同時に、木上から降りてきたのは、蒼髪の女だった。

「あら、気づいてたのね。召喚師様?」

 男を誘う、甘い蜜のような声音。
見上げてくる妖艶な瞳。
緻密に計算されたそれらの仕草に、ルーフェンは苦笑した。

「いやー、アレクシアちゃんは本当に目の保養になるなー」

 大袈裟に身振り手振りをつけてルーフェンが言うと、アレクシアは整った眉を歪めた。

「心にもないことを言わないでちょうだい? 貴方、ハインツかトワリスを連れていかないと基本的に会ってくれないくせに」

「はは、なるほど。だからハインツくんを連れてきたってわけね」

 大して不満げな様子もなく言ったアレクシアに、ルーフェンが肩をすくめた。
 
「まあ、とりあえず少し歩いたところに俺の家があるから、話はそこでしようか」


  *  *  *


 古い板張りの床に、ところどころひびの入った石壁。
殺風景な部屋の中心に置かれた、机と椅子。

 全くと言って良いほど生活感の感じられないその室内を見回しながら、アレクシアは椅子に座り、ルーフェンの入れた茶を一口すすった。
しかし、その白湯同然の味の薄さに顔をしかめると、すぐに隣に立つハインツを見上げた。
ハインツは、茶には全く口をつけていない。
昔からルーフェンと付き合いがある彼は、この茶が不味いことを知っていたのだろう。

「……それで、お願いって?」

 早速本題を切り出して、ルーフェンが聞いた。
アレクシアは、二度と飲むまいとコップを置いてから、少し考え込むようにして、口を開いた。

「……予想はついているでしょうけど、獣人のことよ」

 向かいに座ったルーフェンが、大きくため息をついた。

「もー、今度はなに。王都には被害出てないでしょうが」

「ええ、お陰様でね。貴方が王都から離れてここ半年くらいは、全く」

 アレクシアが机に肘をつき、わざとらしく微笑んで見せる。

「でもね、獣人との接点がなくなったせいで、逆に私達は獣人について調べられなくなってしまったの。国同士の交流自体がない以上、何故ミストリアから獣人が襲撃に来たのか、そもそもあの獣人は何なのか……謎は多いわ。それこそ分かったのは、獣人の狙いがやっぱり貴方だったってこと」

 それを聞いたルーフェンは、小さく鼻で笑った。

「獣人の狙いが俺、ね?」

「……あら、違うの?」

 含みのある笑いをこぼしたルーフェンに、アレクシアは怪訝そうに尋ねた。

「貴方、獣人の狙いが自分だと思ったから、王都にこれ以上被害が出ないよう、そうやって放浪してるんでしょう?」

「まあそうだけど。ただ、アレクシアちゃんも知ってるでしょ? あの獣人達の様子」

 言われて、アレクシアは眉を寄せた。

「……私は、半年前に処刑される寸前の獣人を、何匹か見ただけよ?」

「それで十分。……会話もできない、恐怖すら感じてない、そしてあの虚ろな目。どう考えたって奴らは普通じゃないだろう?」

「……何が言いたいのかしら?」

 苛立ったように問うアレクシアに、ルーフェンはからからと笑った。

「だからー、あんな人形みたいな奴らが、召喚師を狙おうなんて目的を持って行動できると思う?ってこと」

 ルーフェンのその言葉に、アレクシアははっと息を飲んだ。
確かに、このサーフェリアに半年ほど前から突如現れるようになった獣人は、一目見ただけで分かるほど、普通ではなかった。

 本来獣人とは、獣の特徴を持った人間だと説明しても良いくらい、人間に近い生き物だ。
言葉も話す上、彼らの国であるミストリアは、このサーフェリアとほぼ変わらない発展ぶりを見せていると聞く。
それなのに、サーフェリアに襲来した獣人は、言葉を話すことはおろか、感情すらろくに持っていないようなのだ。

 そんな彼らが、目的のために意思を持って行動できるとは、確かに思えなかった。

「……そうね。実際、獣人達は王都の町民を攻撃したこともあったわ。狙いが貴方だけとは、言えないかもしれない」

 アレクシアはふっと息を吐くと、前方にいるルーフェンを見た。

「でもそれだと、今現在、貴方ばかりが襲われる理由が分からないわ。貴方が王都から離れた途端に、王都には獣人が現れなくなったのは何故?」

「……さあ?」

 アレクシアの挑戦的な視線に対し、ルーフェンは笑顔で答える。

「まあ、結局のところミストリアの狙いは俺なんでしょ。でも実際に襲ってくる獣人は、ものを考えて行動してるようには見えない。俺が言いたかったのは、それだけ」

 真剣味のない様子で答えたルーフェンを、アレクシアはじっと見つめた。
そして、ふと口元に笑みを浮かべると、目を細めた。

「ねえ、貴方。やっぱり何か知ってるでしょう?」

「…………」

 ルーフェンの沈黙を肯定と受け取って、アレクシアが立ち上がった。
それから身を乗り出して、顔をルーフェンにぐいと近づけた。

「獣人について知っていること、全て私達に教えてほしいの」

「……お願いっていうのは、これ?」

「ええ、そうよ」

 アレクシアが、にこりと笑う。
ルーフェンは、ぽりぽりと頭をかいた。

「知ってどうするの。獣人の弱点でも探って、ミストリアと戦争でも始める気?」

「教会はそのつもりみたいね」

 アレクシアの予想通りの返答に、ルーフェンは呆れたように息を吐いた。

「あっそ、なるほどね。大司祭は、俺が王都に不在だから王様気分なわけだ。……陛下はなんて?」

「賛同もしてないし否定もしてないわ。様子見ってところね。実際、全く状況が把握できてない今、ミストリアと戦うのは危険だもの」

 アレクシアは乗り出した身を戻し、更にいい募った。

「でもね、今はそんなことどうでもいいの。単純に、私達宮廷魔導師団が情報を集めたいのよ。召喚師である貴方と、陛下と教会、その中だけでどんどん話を進めちゃって……私達はまるで除け者状態。けれど実際にミストリアが攻めてきたら、前線で戦うのは誰? 私達でしょ? だったら私達にこそ、全貌を知る権利があるはずだわ。……貴方が王都から離れて獣人を引き付けてくれている間に調べたこと、全て教えて」

 言い終えると、アレクシアはルーフェンの返事を待った。
ルーフェンは考え込むようにしながら、黙ったままである。



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