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投稿日:2021年02月23日
「……ルーフェン。お願い、聞いてほしい」
沈黙を破って、これまでずっと黙っていたハインツが、ふと口を開いた。
ルーフェンは、アレクシアからハインツに視線を移した。
「ルーフェンの気持ち、分かる。でもこれは、ルーフェンだけのことじゃ、ないから。国の、ことだから、国で解決、しないと……」
低く聞き取りづらい声で、ハインツは呟くように続けた。
「それに、このまま、だと……サーフェリアの人達みんな、どんどん、獣人のこと嫌いになる。だから早く、何かしないと……」
「…………」
「俺達も、今はなにも知らないから、何もできなくて、嫌だから——」
更に言葉を続けようとしたハインツを、ルーフェンは制した。
そして椅子から立ち上がると、二人を見つめた。
「いいよ、君達の言う通りだ。隠すことはしない。……といっても、俺だってまだ大したことは調べられてないんだけどね」
明るい口調で話すルーフェンに、ハインツが「ありがとう」と礼を言う。
ルーフェンはそれに対し、答えずに笑みを返した。
「じゃあ早速だけど、今から王宮に行ってぱぱっと陛下に説明してくるわ。何度も話すの面倒だから、君達は陛下から聞いて」
ルーフェンの言葉に、アレクシアが意外そうに眉をあげた。
「あら、私達にさえ話してくれればいいわ。陛下のところにはきっと司祭のじじい共もいるでしょうし。教会にはあまり聞かれたくないのでしょう?」
「……いや、どっちみちこれは陛下に直接話さなきゃいけないことなんだ。それに騎士団と魔導師団、双方に情報を伝えるなら、君達経由より王宮でぶちまける方が効率が良い」
アレクシアは、少しの間考え込んだ末、納得したように頷いた。
「ああ、そうだ。あと戦争云々の件だけど、俺がいない間はとりあえず、魔導師団全員反対って言っといて」
軽い調子で言ったルーフェンに、アレクシアの瞳が呆れの色を浮べた。
「随分と簡単に言ってくれるわね。戦争を起こすべきだと主張してる人は、割と多いのよ? それこそ貴方が陛下や教会に獣人の情報を渡したら、戦争賛成派はもっと増えるわ」
「まあ、それはそうだろうね」
「そうだろうねって……」
ルーフェンが、楽しげに笑いながら言う。
その様子に、アレクシアは肩をすくめ、けれどやがて目を細めて微笑んだ。
「……仕方ないわね、了解よ。貴方が言うなら、従うしかないもの。要するに、貴方が次戻ってくるまで、戦争の話が進まないようにすれば良いのでしょう?」
「そうそう。さっすがアレクシアちゃん。話が早くて助かるわー」
アレクシアが、当然だとでも言うように長い前髪をかきあげる。
そんな彼女の横で、ハインツが再び口を開いた。
「ルーフェン、次はいつ、戻ってくるの?」
ルーフェンが、首を傾けてハインツを見る。
「明確には決めてないけど。ある程度獣人共引きずり出したら戻ってくるから、そんなにはかからないよ、多分」
「そう……」
仮面ごしに不安の色を滲ませて、ハインツが言った。
「じゃあ、ルーフェン。次戻ってきた時、まだトワリスが、ミストリアから帰ってきて、なかったら……一緒に、探しにいこう」
突然出たトワリスの名前に、部屋の空気が一変した。
先程まで賑やかだったルーフェンやアレクシアも、口を閉じる。
ハインツが、低い声で続けた。
「……トワリス、もう、半年以上帰ってきて、ない。すごく、心配。トワリス強いけど、一人だから……怪我とかして、困ってるかも、しれない……」
ルーフェンは、しょうがないといったような顔でため息をついた。
「急に、何を言うかと思ったら……」
微かに目を伏せて、更に言い募る。
「あの子は、自分で行くと言ったんだ。助けに行かなくたって、任務さえこなしたら帰ってくるでしょ」
「任務、どうでもいい……そもそも、トワリス一人だけ、ミストリア探るなんて、とても危ない。ルーフェンは、トワリスのこと、心配じゃない……?」
ルーフェンの顔が、一瞬歪んだ。
「……任務はどうでもいいって? どうでもよくないさ。トワがミストリアの調査に成功して帰ってきたら、今こうして悩んでることも一気に解決するんだから」
「……でも、やっぱり、心配」
「心配だろうがなんだろうが、俺達は待ってるべきだ。ここで手を出したら、それこそ彼女が単身ミストリアに行った意味がなくなる」
ルーフェンがさとすような口調で言うと、ハインツは押し黙った。
トワリスが、此度の理不尽な任務を引き受けた理由の内、一つは、魔導師団の体裁と意地を守りたいという、彼女なりの想いである。
そこに手を出すということは、その想いを踏みにじる行為に他ならない。
ハインツも、そのことを心の奥底では分かっていたのだろう。
アレクシアが顔をしかめて、小さくため息をついた。
「……ただ、トワリスも馬鹿よね。教会の思惑通りになってしまうとはいえ、大人しく召喚師様にかばわれれば良かったのに。そうは思わない?」
わざとらしい視線を受けて、ルーフェンは苦笑した。
「仕方ないさ。トワは大人しく守られるような性格じゃない」
「それくらい、分かってるわ。ただ今は、性格がどうとか言ってる場合じゃないでしょう? ミストリアには、貴方が渡るべきだったのよ」
「どうだかねえ」
肩をすくめて言ったルーフェンを、アレクシアは胡散臭げに見つめた。
「……確かに、結果的には、トワリスを行かせた貴方の判断も、間違ってなかったとは思うわ。仮に貴方がミストリアに行っていたら、獣人の被害は王都でどんどん拡大していたでしょうし。それに、獣人を恨む人間が増えている今、もしトワリスがサーフェリアに残っていたら、彼女きっとひどい扱いを受けることになってたもの」
ルーフェンの様子を探るように、アレクシアは続けた。
「それでも今のサーフェリアには、ミストリアの情報がどうしても必要なの。だから私達は、何を犠牲にしようが任務の成功確率が高い選択をするべきだったんじゃないかって思うのよ。……もしそうしていれば、今も最悪の事態を想定せずに済んだわ」
「最悪の、事態……?」
不安げに言ったハインツを、アレクシアは見つめた。
「トワリスが死んで、何も情報が得られないってことよ」
淡々といい放たれた言葉に、ハインツからさっと血の気が失せた。
すがるように、ルーフェンを見る。
ルーフェンはしばらく無表情のままだったが、やがて、唇の端を歪めた。
「……死ぬ? 冗談じゃない。彼女を見くびるなよ」
一瞬、ルーフェンの瞳に不気味な光が宿る。
アレクシアとハインツは、思わず息を飲んだ。
「そんなこと、絶対にあり得ないし許さない。たとえ誰一人として、彼女の帰還を信じていなかったとしても、トワならその全員の予想を裏切ってみせるさ」
自分に言い聞かせるように呟いてから、ルーフェンは立ち上がり、持っていた杖をハインツに渡した。
「もう、この話終わりね。……その杖、魔導師団の倉庫に戻しておいてくれる? この前、耳飾りの代わりに勝手に拝借したやつなんだけど、俺には合わないみたいだから」
耳飾りの代わりに、という言葉に反応して、ハインツはルーフェンの左耳を見た。
そして、いつもはついているはずの、緋色の魔法石で出来た耳飾りが、今日はついていないことに気づいた。
あの耳飾りは、魔力の暴走を止める上で、ルーフェンにとっては必需品だったはずである。
しかし、なぜ耳飾りがないのかと尋ねようとした時、既にルーフェンは、扉の取っ手に手をかけていた。
「……気をつけて」
質問は諦めて、最後にハインツはルーフェンの背中にそう声をかけた。
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