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投稿日:2021年02月23日






  *  *  *


 サーフェリアの王都、シュベルテは、宮殿を頂点に扇状に広がっている街である。
その宮殿のすぐ東には、比較的小さな山や森が広がっており、更にその向こうにはヘンリ村が位置していた。

 ヘンリ村は、旧王都アーベリトの町民によって構成された、小さな村である。
かつてシュベルテとは敵対関係にあった故に、宮殿からの支配を拒むサーフェリア唯一の村であったが、決して反逆の意があるわけではなく、村人達は慎ましく質素な生活を送っていた。
また、宮殿もそのヘンリ村の在り方を認めており、王都の近くにおくことで監視はしているものの、直接的に圧をかけるようなことは一切していなかった。



 ヘンリ村の閑静とした雰囲気とは一転、市場で賑わう人々の間を縫うようにして、ルーフェンは足早に王宮へと向かっていた。

 こちらを見るなり慌てて門を開ける門衛や、見張りの魔導師達に軽く笑いかけ、ルーフェンは真っ直ぐ国王のいる謁見の間へと向かった。
謁見の申し出はしていなかったが、来客の多い昼時は基本的に、国王は謁見の間にいるのだ。

 王宮内は、人の出入りが多い割には静かだった。
しかし、決して寂れているという風ではなく、むしろ悠然としたその雰囲気の中には、威圧感さえ感じられた。

 ルーフェンは、こういった堅苦しい雰囲気が苦手だった。
重厚な白石の壁に囲まれ、常に緊迫感のある静けさを漂わせた王宮内。
まるで、檻の中に閉じ込められているような、そんな息苦しさを感じるからだ。

 王都から獣人を遠ざけるため、最近は囮として各地を放浪していたルーフェンは、久々にこの王宮の窮屈さを感じて、小さくため息をついた。



 謁見の間へと続く扉の前に門衛がいないのを確認すると、ルーフェンはほっとした。
門衛が扉の外にいる——室外で見張りをしている場合は、国王が謁見中だということだからだ。

 間近で国王の護衛をする騎士や魔導師は、信頼のおける人物で、かつ地位の高い者でなければならない。
また、国王と来客の会話内容を聞くのが許されるのも、そういった者達のみであり、門衛を果たすような地位の低い騎士は、謁見中は室外に出される。
つまり、門衛が謁見の間——室内にいるということは、今は謁見が行われていないことを示していた。

 宮殿全体に結界が張ってあることもあり、王宮の警備自体は薄かった。
とはいえ、予想よりも円滑に目的地へとたどり着けて、ルーフェンは胸を撫で下ろした。

(こんな格好だから、門衛に不審者扱いされるのも、覚悟してたんだけどなぁ)

 自分の薄汚れた格好を見て、苦笑する。
普段王宮に来るときは、召喚師として正装姿で来なければならないが、今のルーフェンは、一介の魔導師が身に付けるような軽装姿だった。
それも、下山してきたせいか、ところどころ土や泥が付着している。
門衛に不審者扱いを受けても、文句は言えないような風体だった。

 扉を軽く叩こうとした時、ふと向こう側に人の気配を感じて、ルーフェンは手を止めた。
それとほぼ同時に、扉が内側から引き開けられる。

 中から現れた小太りの男は、驚いたように顔を上げた。
イシュカル教会の最高権力者、大司祭モルティス・リラードである。

 ルーフェンは、心の中で舌打ちした。
謁見の間に大司祭がいるのは予想できていたが、こうして対峙するのは望ましくない。
だからといって、目的が国王と大司祭に獣人の話を持ちかけることである以上、彼にこの場を去られるわけにもいかなかった。

 ルーフェンが身を引いて道をあけると、モルティスはゆっくりとした動きで廊下に出た。
そして上品に整った口髭をもごもごと動かすと、やがて体をルーフェンの方へと向けた。

「……何のご用件ですかな。今、召喚師殿のすべきは、獣人の駆逐であるはず」

 いぶかしげに細められた目には、敵意の色が浮かんでいる。

「ええ、もちろん、分かっていますとも。ただ、その獣人のことで、ちょっとご報告したいことがありましてね」

 顔面に普段通りの笑みを貼り付けて、ルーフェンはそう答えた。
すると、モルティスは鼻をならした。

「今更何を報告なさるというのか。あのような野蛮な獣を送り込んで我々を襲わせるとは、獣人共の宣戦布告も同然! ミストリアの詮索など、端(はな)から必要ありませぬ」

 興奮した様子でそう語るモルティスに対し、ルーフェンは一切表情を変えなかった。

「端から、とは。……つい最近まで、ミストリアの調査にこだわっていた貴殿が、随分と考えを変えられたのですね」

 微かな皮肉を織り混ぜると、モルティスは忌々しげに顔を歪めた。

 しかし、モルティスが言い返そうと口を開く前に、部屋の奥から凛とした鋭い声が響いてきた。

「……ルーフェンか」

 二人は、同時に部屋の奥へ振り返った。

「……はい、陛下。ルーフェン・シェイルハートでございます」

「入れ。そなたに話がある」

 ルーフェンは、モルティスに部屋の奥を示した。
そして小声で、聴いていかれますか?と囁くと、モルティスはルーフェンを一瞥してから、再び謁見の間へと足を踏み入れた。



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