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投稿日:2021年02月23日





 謁見の間は床一面が大理石で作られており、その両側の壁には、紅を基調とした分厚い錦の布がかけられている。
この宮殿の中では、唯一といって良いほど色彩豊かな造りの部屋だった。

 サーフェリアの現国王、バジレット・カーライルは、その奥の一段高くなった場所——王座に鎮座している。

 バジレットは、今年六十を迎える初老の女性で、次期国王が成人を迎えるまで、一時的に王座についている。
白というよりは銀に近い白髪に、彫刻のような整った顔。
鋭い薄緑の瞳からは、高齢を思わせないその意思の強さが感じ取れる。

 ルーフェンが、指を綺麗に合わせてからひざまずくと、バジレットが微かに頷いた。

「よくぞ無事であったの、ルーフェン。そなたの用は、獣人のことであろう」

「——は」

「……ならば、ちょうど良い。こちらもミストリアとのことで、近々動かねばと思っていたところだ」

 動く、という言葉が、ミストリアとの交戦を意味しているのは明らかだった。
しばらくは様子を窺うことに徹していたが、教会側の主張もあり、国王自身がいい加減行動を起こすべきだと考え始めたのだろう。

 ルーフェンは、顔をあげた。

「恐れながら、申し上げます。……些か、事を性急に運びすぎではないかと」

 ルーフェンの一言に、脇に控えていたモルティスが、何か言いたげに口を開き、閉じた。
バジレットによって、発言することを制されたのである。

「性急、と申すか。……しばらくシュベルテから離れていたそなたの意見は、まだ一度も聞いていない。話してみよ」

 ルーフェンは微かに笑みを浮かべると、ふっと息を吐いた。

「……性急というより、ミストリアとの交戦は得策ではない、と言うべきだったでしょうか。……ひとまず、結論から申し上げます。今後しばらく、私と宮廷魔導師以外の魔導師達の魔術の行使を、制限させて頂きたい」

 バジレットの目が、僅かに細められた。

「いつミストリアが攻めてくるか分からぬこの状況で、サーフェリアの戦力を騎士団のみにしろと言うのか」

「……はい。と、いいますのも、このサーフェリアに現れる獣人達は皆、どうやら魔力に引き寄せられて動いているようなのです」

 ルーフェンは、バジレットをじっと見つめた。

「魔力というのは、魔術の発動時にしか発せられぬものです。獣人が現れ始めた当初、彼らは真っ先にシュベルテの町民を襲撃しました。これは、この宮殿を囲む結界が発した魔力か、あるいは魔導師団そのものの魔力か、とにかくそれらに反応してシュベルテに引き寄せられ、そこで鉢合わせた町民を襲撃したのでしょう。
……そこで、私がシュベルテを離れ、通常より強い魔力を発し続けたところ、シュベルテへの襲撃は止みました。そしてその代わり、獣人は私の元に現れています。これはつまり、より強い魔力に獣人達が引き寄せられている、ということ。
しかし、長期間常に強い魔力を発し続けるというのは、いくら私でも無理があります。故に、魔導師団の魔力行使の制限をお許し頂きたいのです。魔導師達から魔力が発せられなければ、こちらも最小限の魔力で獣人を引き付けることができます。……もしお許し頂けるのなら、民衆に被害を出させないと、お約束いたしましょう」

 ルーフェンは、鋭いバジレットの眼差しに気圧されることなく、続けた。

「それと、もう一つ……仮に、これまで通り魔導師団が動いていたとしても、無駄だということです。獣人には、おそらく敵いません」

 この発言には、我慢ならないといった様子で、モルティスが一歩前に出た。

「召喚師殿、貴殿は我が国の兵力が脆弱だと申すのか!」

「そうは言っておりません」

 ルーフェンは、淡々とした口調で言い放った。

「確かに獣人は、優れた身体能力を持った生き物です。しかしその代わり、彼らは魔力を持ちません。その点からも、サーフェリアがミストリアに劣っているなどということはないはずです」

「ならば、やはり獣人共を殺すには魔導師団の動員が有効ではないのか?」

「相手が普通の獣人ならば、そうです。しかし、サーフェリアに襲来している獣人は異質なのです。彼らは、生き物としての性質を失っている」

 モルティスが、言葉の意味を量りかねた様子で、顔をしかめた。

「性質……?」

「何も感じていない、ということです。中には言葉を理解しているような素振りを見せる獣人もいましたが、最近はそれもありません。もちろん痛みも感じていないわけですから、たとえ骨が折れようとも、腕を切り落とされようとも、動ける限りは襲いかかってきます。半端な攻撃では対抗できないと言うことです」

「……では、一撃で滅すれば良いだろう。奴等に動く隙を与えず、一瞬で消し飛ばしてしまえばよい」

「ええ、その通りです。ただし、そのような強力な魔術を使うには、普通は詠唱が必要になります。しかし素早い獣人相手に、それは不可能かと」

 モルティスが、眉を寄せて押し黙った。
それと同時に、バジレットが口を開いた。

「……なぜ、そのような獣人が生まれたというのだ」

 ルーフェンは、静かに首を横に振った。

「明確な原因は、まだ。ただ確かなのは、彼らは脳が機能していないということです」

「……脳だと?」

「そうです。彼らには、フォルネウスの能力が効かないのです」

 ルーフェンは、軽く人差し指でこめかみを叩いた。

「フォルネウスの能力は、対象の脳に暗示をかけることです。もし眠れと命じたなら、対象は眠ります。しかし彼らにはそれが効かない……つまりは脳が機能していないのです。
脳が働いていないということは、死んでいるか、操られているか、あるいは薬物の類いによって脳が麻痺しているといったような可能性が考えられますが……いまいちどれも当てはまりません。操られているなら彼らからは魔力を感じるはずですし、薬物によるものなら肉体の動きも鈍くなるはず……そうなると死んでいるとしか考えられませんが、彼らは血を流します」

 ルーフェンは、表情を引き締めると、バジレットの顔を真っ直ぐに見た。

「陛下、国同士の争いは、双方の国全体をも滅ぼしかねない大規模なものとなるでしょう。そのようなことを、ミストリアの真意がはっきりとしない今、実行しようというのは大変危険です」

 バジレットは、微かに目を細めた。

「真にサーフェリアの未来を憂えるのなら、どうかご理解下さい。目の前のことに捕らわれて、争いを避ける道を見逃せば、無意味に多くの民を犠牲にすることになります。私の考えにご賛同下さるならば、ことの真実が明らかになるまで、サーフェリアは必ずお護りしますゆえ。……傍観しているだけではならないという陛下のお気持ちは、お察しします。しかし何よりも優先すべきは——」

「…………」

「民を護ること、ではないかと」

 バジレットは、ルーフェンが話し終えても何も言わなかった。
しばらくは考え込むように床の一点を見つめていたが、やがて、顔をあげてルーフェンを見た。

「……良いだろう、そなたの言い分はよく分かった。魔導師団の停止を認めよう。そなたは引き続き、獣人を探るのだ」

「——は」

 ルーフェンが深く頭を下げるのと同時に、モルティスが滑り込むようにして、バジレットの前にひざまずいた。

「お待ちください、陛下。こうして、いつまでミストリアを傍観し続けるおつもりなのですか! 確かに民を護ることが最優先でしょう。だからこそ、何か起こってから行動を起こすのでは、遅いのですぞ!」

 モルティスの発言にも一理あるのだと、ルーフェンは思った。

 実際ルーフェンも、守り一方にするつもりなど毛頭なかった。
ただし、ミストリアとの交戦は、出来る限り避けなければならないのだ。

 国同士——つまり召喚師同士が争えば、その被害は絶大なものとなる。
これも理由の一つではあるが、ルーフェンが最も恐れているのは、ツインテルグとアルファノルの反応であった。

 召喚師の力は自国の守護のためにあり、争うためのものではない。
そのため、争いに発展せぬよう、長年国同士は無干渉を貫いてきた。
これは、召喚師の中では暗黙の規則のようなものなのだ。

 しかし、サーフェリアとミストリアが争ったとなれば、その均衡が完全に崩れ去ることになる。
故にルーフェンは、魔道師団の停止を進言したのだ。
獣人への対抗手段が魔術しかない以上、こうしてしまえば、ルーフェンが王都を離れていても、勝手に交戦への準備が進むような事態は起こらない。

 バジレットに対して言ったことも真実だが、それらは全て争いを避けるためのこじつけと言っても、過言ではなかった。
召喚師への理解が薄いサーフェリアで、召喚師の事情など話したところで、受け入れられないのは目に見えていたからだ。

 バジレットは、苛立たしげな様子で口を開いた。

「……分かっておる。最後まで話を聞かぬか、モルティス」

「し、失礼いたしました」

 モルティスが深々と頭を下げると、バジレットがルーフェンを見た。

「……二月だ、二月やろう。それまでにミストリアの真意とやらを調べてみせよ。それが出来なければ、交戦は避けられぬと思え。
モルティス、そなたは騎士団を王都だけでなく各地に配備させよ。獣人のこと以外は全て、騎士団に対処させるのだ」

 そう言ったバジレットの目には、鉄のような冷たさが秘められていた。
その瞳で睨むように視線を送られて、ルーフェンは肩をすくめた。

(……こりゃあ、軽くこじつけたの勘づかれてたかな)

 深く一礼してたちあがり、謁見の間から去りながら、ルーフェンは鼓動が早くなるのを感じた。
どうやら自分も、想像以上に他国に対して恐怖しているようだ。

(他国、というか……召喚師という化け物に対して、か)

 ふと自嘲気味に笑いながら、ルーフェンは歩を進めた。


To be continued....


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