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投稿日:2021年02月23日
†第二章†——邂逅せし者達
第一話『異郷』
「ミストリアって、どんなところだろうね。獣人が棲んでるんだから、やっぱり森とか、自然が綺麗なところ? それとも、サーフェリアとあまり変わらないのかな?」
いつもと同じ調子で、ルーフェンは言った。
それに対してトワリスは顔を歪めると、呆れたようにため息をついた。
「ふざけたこと、言わないで下さい……。私は別に、遊びにいくわけじゃないんですよ」
「分かってるって。調査ね、調査」
あくまでも飄々とした様子で、ルーフェンは続けた。
「でも、具体的にどうしろとは言われてないんでしょ? だったら適当に済ませて、さっさと帰ってきなって」
「……適当って……。立派な仕事ですよ。サーフェリアの運命が、かかってるんですから……」
(——望まれているものでは、ないけれど)
言いかけた言葉を飲み込んで、トワリスはぎゅっと拳を握った。
ルーフェンは、そんな彼女の様子にふっと笑うと、静かに肩をすくめた。
「……本っ当に馬鹿だよね、トワは。もう馬鹿の中の馬鹿。ものすごい、馬鹿」
普段罵倒などしてくることのないルーフェンの言葉に、トワリスは目を見開いた。
「なっ……ルーフェンさんのほうが馬鹿です。阿呆だし。へんてこだし、平気で嘘つくし、なんかへらへらしてて腹立つし!」
「いーや、俺の方がってことはないよ。少なくとも君は、俺と同じくらいには馬鹿だね」
「同じ、なんかじゃ——」
一瞬言葉が詰まって、トワリスは浅く息を吸った。
「同じなんかじゃ、ありません……。だから、私は——」
言うつもりではなかったことが、思わず口を突いて出てきた。
ルーフェンは、ただ黙ったまま、トワリスの次の言葉を待っているようだった。
トワリスは、居心地が悪そうにルーフェンから目をそらすと、うつむいた。
「……すみません、なんでもないです」
「…………」
何と続けようとしたのか、深く追求されると思ったが、ルーフェンは何も言ってこなかった。
黙ったまま、一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じた。
ルーフェンは、自分の耳から紅く光るものを取ると、トワリスに向かって放り投げた。
トワリスは慌ててそれを受け取ると、その手の中身を確認して、目を丸くした。
「……それ、貸してあげる」
「は?」
きらりと光る、緋色の耳飾り。
トワリスは、信じられないといった様子で首を思い切り振った。
「か、貸してあげるじゃないですよ! いりません! というか、これ、大事な魔法具なんじゃ——」
「そう、かなり大事なもの。それがないと困る」
「だったら、尚更……!」
怒鳴るように言って、勢いよく耳飾りをルーフェンの胸元に押し付ける。
しかしその手は、ルーフェンによって掴まれて、やんわりと押し返された。
「だから尚更、ね。ミストリアから帰ってきたら、ちゃんと俺に返してよ」
そう囁くように耳元で言ったルーフェンの顔を見て、トワリスは何も言えなくなった。
いつもの軽薄そうなものとは違う、哀しそうな笑み。
ルーフェンが本心を隠せずにいるのは、珍しいことだった。
* * *
トワリスは、岩の上に立っていた。
そのすぐ横には、滝の流れ出る洞窟がぽっかりと口を開けている。
洞窟の中は暗黒よりも深い闇に覆われており、外から夕日の光が射し込んでも、ほとんど中は見えなかった。
ごうごうと、はるか下へと流れ落ちる滝の音を聞きながら、トワリスは眼下に広がるミストリアの王都——ノーレントを見つめた。
トワリスがミストリアに降り立ってから、ずっと目指していた地である。
他国へと渡るためには、何月もかけて海を渡るか、魔法陣を介した長距離移動が必要であった。
効率の良い方法は、当然後者である。
故に、召喚師以外の者が魔力を持たないミストリアでは、サーフェリアに渡る場合、召喚師の力を利用した可能性が高い。
つまり、サーフェリアに襲来した獣人について探るならば、必然的に召喚師のいる王都ノーレントを探らなければならないのだ。
しかしトワリスは、なるべく王都には近づきたくなかった。
召喚師が、魔力を感じとることが出来るからである。
母が人狼、父が人間であるトワリスは、身体能力の優れた獣人の血と魔力を持つ人間の血、その両方を受け継いでいる。
ただし、その血はそれぞれに薄く、純血の獣人に身体能力では敵わない上、普通の人間の魔導師にもまた魔力では勝つことが出来なかった。
そのため、トワリスは基本的にその両方を複合させることで、戦うことが多かった。
すなわち、身体に魔力を込めることで、一時的に獣人以上の身体能力を発揮するのだ。
そうすれば、身体を媒介に使っているため使用する魔力量も少なく済むし、元からある身体能力も生かすことができる。
人間の女にしては強い、元はこの程度の力しかないトワリスがミストリアで生き抜くには、当然魔術の行使が必要だった。
しかし魔術を使えると知られたら、獣人でない——つまりミストリアの者ではないことが知られてしまう。
外見だけでいえば、人の耳がある位置に狼の耳が生えているため、獣人だと言い張っても誤魔化せるが、もし魔術のことを指摘されたなら、一貫の終わりである。
だから、唯一魔力の存在を感知できる召喚師には、近づきたくなかったのだ。
ミストリアの場合は、サーフェリアと違って召喚師が国王を勤めている。
そのため、一介の旅人に過ぎないトワリスが、召喚師に会うようなことはないと分かっていた。
それでも、ノーレントで召喚師について探る以上は、どうしてもその不安が拭いきれなかった。
旅人の行き来する街道があるようだったが、トワリスはこの洞窟を通って、ノーレントに出ようと思っていた。
極力、獣人と出会うことを避けたかったからだ。
トワリスは大きく深呼吸すると、眼下に見つめていたノーレントの街並みに背を向けて、洞窟の闇へと足を踏み入れていった。
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