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投稿日:2021年02月23日
外の空気は、洞窟の中のものより幾分か暖かかった。
濡れた草木や土の匂いが、乾燥して痛んでいた鼻を、潤してくれるようだ。
サーフェリアとは違う、ミストリアの匂いに包まれて、トワリスは足を止めた。
そして眩しげに目を細めながら、うっすらと明るくなってきた空を見上げた。
「……あの……」
見上げると、トワリスよりも背の高い鳥人の男と目が合った。
男は、改めて見ると意外にがっしりとした体躯で、薄手の外套を纏っていた。
その汚れた全身を見るからに、かなりの長旅をしてきたようだ。
「……この度は、本当になんとお礼を申し上げて良いか……。貴女は、大丈夫ですか? 少し怪我をしていらっしゃるようですが……」
トワリスの体が、所々包帯で止血されているのを見て、男は心配そうに眉を下げた。
「私は大丈夫です。怪我も、以前負ったものであって、先程の戦いとは関係ありません。どうぞお気になさらずに」
言ってから、トワリスは少し顔をしかめて、付け加えた。
「それより、貴方は何故あんな危険な洞窟に? その足の怪我も古いようですし、洞窟に入る前に既にあったものなのではないですか?」
トワリスが厳しい口調で言うと、男は怯んだように後ずさった。
そして膨らんだ荷を守るように抱え込むと、トワリスを見つめた。
「……私は、ホウルと申します。ノーレントで商売しておりましたが、ここのところ儲からず、明日の食事すらまともに摂れない状況でした……。それで、意を決して南大陸に渡ったのです」
掠れた声で言いながら、ホウルはおずおずと荷の口を緩めた。
中から覗いたのは、先程ホウルが突っ込んでいた剣と、黒光りする鉱石のようなものだった。
ホウルは、決心したようにトワリスを見た。
「この通りです。だから、賑やかな道など通れません。そんなことをしては、私は確実に襲われてしまう。それであの洞窟を通って、ノーレントに戻ろうと……」
トワリスには、ホウルが何を言っているのか分からなかった。
話の流れからして、この剣や鉱石は、南大陸で調達してきたものなのだろう。
加えて、頑なに離すまいとする様子や、襲われてしまうといった表現から、それらはかなり貴重なものらしい。
そこまでは分かったが、この通りだと説明する意味が分からない。
(この鉱石は、ミストリアでは誰もが知っているようなものなのか……?)
最終的にそのような結論に至って、トワリスは開きかけた口を閉じた。
もしこの鉱石が、推測通りミストリアで有名なものだったとして、それを知らないとなれば素性を疑われるだろう。
一人の鳥人など気にするに値しないとも思ったが、油断は禁物である。
しかし、トワリスはどうしても剣のことが気になっていた。
剣は、確かにトワリスの魔力を吸いとったのだ。
突然黙り込んだトワリスを、ホウルはしばらく不思議そうに見つめていた。
だが、はっと何かに気づいたように目を開くと、鉱石の一つを取り出した。
「……もしかして、ご存知ないのですか? ハイドットを」
先に話題を切り出されて、トワリスは顔をあげた。
動揺を表情に出さないよう気を付けながら、慎重にホウルの様子を窺う。
この際、聞いてしまった方がいいだろうと考えて、トワリスは浅く息を吸った。
「……ハイドット、という名前だけなら、聞いたことがあります。私、実は北方の出で、この辺りには最近渡ってきたばかりなものですから、ノーレントや南の事情には疎いのです」
「ああ、なるほど」
この出任せが通じるかどうか、トワリスは不安だったが、ホウルは納得したように笑みを浮かべていた。
温暖なミストリアの住人からすれば、サーフェリアの服装は通常より厚く見える。
これが、北方の出であるという理由を説得力のあるものにしたのだろう。
「道理で。服装もあまり見慣れない風ですし、言葉も少し変わった訛り方をしているなと思っていたんです」
ハイドットを知らない——つまりは盗まれる危険がないと判断したのか、ホウルはわずかに安心したように微笑んだ。
「ハイドットは、南大陸でしか採れない鉱石なんですよ。これを精錬すると、とても質の良い剣や鎧が作れるのです」
「鎧?」
トワリスは、ホウルの言葉に驚いた。
獣人は、剣はともかく鎧にはそこまでこだわりを持たない。
肉体そのものが丈夫な獣人達にとっては、更に守りを固めるよりも、身軽さを重視する傾向にあると思っていたからだ。
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