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投稿日:2021年02月23日





 そんなトワリスの疑問が伝わったのか、ホウルは少し声を潜めて言った。

「ええ……その、このことはあまり知られていないんですがね。実は、ハイドットで作られた武具は、ただ丈夫というだけではないみたいなんです」

「……というと?」

「私達獣人には分かりませんが、触れた者の魔力を吸い取るんだとか」

 トワリスは、すっと目を細めた。
田舎者という嘘の肩書きのお陰で、ホウルはすっかり安心しきっている。
彼から上手く話を引き出せば、予想以上の収穫が得られそうだった。

「……なるほど、それで重宝されているわけですか。魔力のない私達でも、それがあれば人間や精霊族にも太刀打ちできますものね」

「はい、その通りです。ハイドットの性質だそうで。召喚師様も、この発見にはお喜びになられたようですよ」

 微かに笑みを浮かべながら、ホウルは言った。
トワリスは、そんなホウルを横目に、頬にかかった髪をゆっくりとかきあげた。

「……それで、召喚師様はサーフェリアなど他国と争うおつもりなんでしょうか。ハイドットの武具を使って」

 あまり不自然な態度をとらぬよう、軽い口調で問うと、ホウルは少し考え込むように唸った。

「んー、どうでしょう。後々はそのおつもりかもしれませんね。ただ、今はそれどころじゃありませんから」

 その言葉に、黙ったまま眉を寄せると、ホウルは信じられない、というような顔でトワリスを見た。

「これも知りませんか? 南大陸にいた私ですら、噂で届いていたというのに」

「ええ、恥ずかしながら」

 ホウルの表情に、呆れの色が微かに浮かんだ。
これが疑惑の色だったなら、深く聞くことはやめるつもりだったが、どうやらその心配はいらないようだ。

「今、次期召喚師様が行方不明なんですよ。ノーレントでは今、そのことで大騒ぎしています」

「行方不明?」

「はい。といっても、次期召喚師様は正式に即位されるまで、顔どころか名前まで披露されませんから、私達一般の民には探すお手伝いもできないんですがね」

 予想外の返答に、トワリスは顔をしかめた。
獣人によるサーフェリアへの襲撃、そして新たに分かった、ハイドットという対魔術用の鉱石——。
種族間の争いを仄めかすようなこれらの真相を探っていけば、最終的にはミストリアの召喚師にたどり着くと思い込んでいたのだが、当の召喚師はそれどころではないという。

(……黒幕は、召喚師じゃないのか? とすると、一体なにが……?)

 どこから探りを入れていけば良いものか、分からなくなって、トワリスはため息をついた。
ホウル一人の言葉を鵜呑みにするわけではないが、今後の方向性を失ったのは事実である。

「……まあでも、仮に次期召喚師様のことがなかったとしても、ハイドットの件については先伸ばしになるでしょう。現に、南大陸は兵団すら派遣されないような土地になってしまいましたから」

 ホウルの顔が、恐ろしいものを思い出したかのように、突然歪んだ。

「あそこは、本当に危険なところです。だからこそ、ハイドットが高値で取引されるようになったわけですが……生活がかかっていたとはいえ、あんなところに行くんじゃなかったと後悔しています」

 これ以上彼から聞き出すことはないと思っていたが、ホウルの怯えきった様子が気になって、トワリスは話の先を促した。

「そんなに荒れた土地なんですか?」

 ホウルは、がばりと顔をあげた。

「はい、それはもう……っ。他にも商人の仲間と出向いたのですが、ほとんどが亡くなりました。残っていた奴等とも、散り散りになってしまって……。私はなんとか帰ってこられましたが、彼らも無事かどうか……」

 トワリスは、ホウルを見つめて静かに言った。

「でも、それなら尚更、兵団を派遣すべきではないんですか? ハイドットがあるというなら、土地を見捨てるというわけにはいかないでしょうし」

 まさか、今後もハイドットの採掘を、生活に困窮した商人に任せるつもりではなかろうと、トワリスは言った。
しかし、ホウルはぶるぶると首を横に振った。

「ええ、ええ……私もそう思っていたんですよ。南大陸が危険になったのは最近のことですし、兵団も対処を考えてるだけなのだろうと。ですが、行ってみて、そうならない理由が分かりました。本当に、南大陸は異常なんです」

 口元をびくびくと震わせながら、ホウルは言った。

「貴女、さっき洞窟にいた蝙蝠を見たでしょう? あんなものじゃないんです。もっとこう……生き物ではないような。沢山の脚を持った獅子や、まるで泥のようにぐちゃぐちゃと崩れた獣がそこら中にいて……!」

 先ほどの様子とは打って変わったホウルに、さすがのトワリスも動揺した。
思い出しただけでここまで取り乱すのだから、相当恐ろしい目に遭ったのだろう。

 直接的に有力な情報を手に入れることはできなかったが、ハイドットの存在を知れただけでも十分だ。
そう思って、トワリスが制止の言葉をホウルにかけようとした、その時だった。

「——奇病まで流行っていて、南大陸中の獣人たちが何かおかしいんです。虚ろな目をして、まるで幽鬼のようにさまよい歩いていて……!」

 瞬間、トワリスの目が揺れた。

——虚ろな目をした、幽鬼のような獣人。

(それって、サーフェリアに来ていたのと同じ……?)

 トワリスは、ホウルの腕を勢いよく掴んだ。
そして、きつい光を瞳に宿して、睨むように彼を見た。

「その話、もっと詳しく聞かせてください」


To be continued....


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