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投稿日:2021年02月23日




†第二章†——邂逅せし者達
第二話『果断かだん


 悪夢のような一夜が嘘だったかのように、空は青く澄んでいた。
鬱蒼と茂る木々の葉の隙間からは、日光がきらきらと輝いて見える。

 昨夜、暗殺者や狼の群れに襲撃され、なんとか命を繋ぎ止めた後。
ユーリッドは、気絶したままのファフリを背負って、無人の木樵きこり小屋へと逃げ込んだ。

 ファフリは、まるで死んでしまったかのように眠っていて、ユーリッドは何度も何度もその呼吸を確かめた。

 ユーリッド自身も、両腕に傷を負っていて、その痛みのせいなのか、あるいは戦闘後の興奮のせいなのか、上手く寝付くことが出来なかった。

 眠ろうとすると、閉じた瞼の裏に、ファフリのあの満ち足りた笑みが浮かんだ。
まるで、狼を殺すことを楽しんでいたかのような、不気味で恐ろしい微笑み。
記憶に焼き付くようなそれは、朝になっても、なかなか消えなかった。

 ファフリが目覚めてから動こうと思っていたが、追手のことを考えて、ユーリッドは今日移動することにした。
自分の荷物は昨夜の戦闘時、この森のどこかに捨ててきてしまったが、幸いファフリの持つ僅かな食糧と地図、そして城から持ってきた大金は残っていた。
そのため、森を抜けたところにある宿場——間宿あいのしゅくまでは、なんとかたどり着けそうだった。

 間宿は、先にあるトルアノという宿場町——南大陸への関所に近い街と、ミストリアの王都、ノーレントの間に点在する休憩所である。
ノーレントと他の街々を行き来する商人達が、旅途中に定期的に利用するのがこの間宿であり、また、そこでも度々商人達により商売が行われるため、いわば小さな市街のようなものになっていた。

 しかし、小さい、といってもそれは表向きの話で、間宿では通りから一歩でも外れれば、闇市場が広がっていた。
すなわち、密売人の巣窟である。

 王都はもちろん、宿場町を含めたそれなりに大きな街では、役人や兵団の目が光っている。
しかし、間宿は小規模で、かつ一時的な滞在者しかいない。
加えて、商人達の大半は隊商として護衛を雇っているため、基本的には間宿で何かしらに商人が襲われるというような事件は、ほとんど起こらなかった。
故に、間宿には役人や兵団が寄越されることは滅多になく、闇市場が展開するには絶好の場所なのだ。

 ノーレントまでの最短経路上にある間宿は、当然賑わっているだろう。
そう考えると、そこにお尋ね者のファフリを連れていくのは躊躇われた。
だが、迂回する道を選べば、それこそリークスの追手に南大陸への関所付近で待ち伏せされる可能性が高まる。
リルド達三人の暗殺者を、あの森で切り捨てたことがリークスに知られた時点で、ファフリ一行が南大陸に渡ろうとしていることは明らかなのだ。

 また、間宿を通る最大の理由は、ユーリッドの狙いがその闇市場に行くことだからだった。

 南大陸へと渡るには関所を通らねばならず、通るには当然通行許可証が必要である。
許可証は本来、国王リークスの承認を得て発行されるものだが、その方法は確実に不可能だ。
となれば、闇市場で偽造されたものを入手するしかない。
おそらく、アドラもこの方法をとるべく間宿の方に進んでいたのだろう。

 木樵小屋に、なるべく自分達がいた痕跡を残さぬように後始末をして、ユーリッドはファフリを背負った。



 道中、隊商の馬車に乗せてもらいながらも、ユーリッド達が間宿に入ったのは真夜中だった。
ユーリッドの背で眠り続けるファフリに、好奇の目を向ける者も少なくなかったが、周囲の商人達も長旅で疲れているのか、特に話しかけてくる者はいなかった。

 ユーリッドは、まだうつらうつらとしているファフリを背負って、空いていた個室に入った。
木造作りで、部屋の両側には寝台がそれぞれ置いてあり、その奥の方には暖炉もあった。

 ユーリッドは、暖炉脇に積み上がっている薪を、火床に箱状に並べた。
そして燧石ひうちいし燧金ひうちがねを使って紙を燃やすと、それを薪の並べてある所に投げ、暖炉に火を点した。

 火は、ちろちろと不規則に揺れていた。
ユーリッドはその様子をぼんやりと眺めながら、外套を脱いで寝台に横たわった。

 扉一枚を隔てたすぐ外からは、まだがやがやとした喧騒が聞こえてくる。
それをどこか遠くに聞きながら、ユーリッドは未だに目を覚まさないファフリを一瞥して、深い眠りに落ちていった。


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