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投稿日:2021年02月23日
* * *
ユーリッドとファフリは、外套を纏い、頭巾を深く被った状態で闇市に向かった。
周囲にいるのは、王都ノーレントへと向かう商人ばかりで、旅途中のため服装は外套などの風避けを身に付けている者が多い。
故に、ユーリッド達の格好が特別目立つようなことはなかった。
広い大通りに並ぶ、出店と出店の間の小道に入り込むと、たちまち辺りの雰囲気が一変した。
地面には、何人もの獣人が俯いたまま座り込んでおり、周囲はあっという間に煙草と濃い酒の臭いに包まれた。
ファフリは、ユーリッドの陰に隠れるようにして歩きながら、鼓動が早くなるのを感じた。
(……ミストリアには、こんなところがあるのね。皆、家や仕事がない人たちなのかな……)
間宿の本通りに展開していた市場とは、全く別世界のようだと、ファフリは思った。
所々並ぶ怪しげな出店の中に、一つだけ大きく目立つ建物があった。
横長の直方体で、簡素な木造建築だが、他の建物に比べればしっかりとしたもので、雨風は凌げそうだった。
窓からは微かに明かりが漏れていて、中から多くの話し声が聞こえてくる。
どうやら、中には結構な人数がいるらしい。
開け放たれた状態の大きな扉から、ユーリッドとファフリは建物の中に足を踏み入れた。
天井には梁が巡っていて、室内は外観より更に広く見えた。
酒や煙草、埃に加えて混じった金属の臭いが、硬貨と武器の臭いだと気づくのに時間はかからなかった。
先程までいた市場とは違い、ここでは食糧を売っている獣人はほとんどおらず、多くが武器を売っているようだった。
あとは自分達と同じように深く頭巾を被った獣人が、至るところでゆらゆらと歩きながら他の獣人たちに話しかけており、彼らがこちらに来たらと思うと、ファフリは少し怖かった。
ユーリッドは、ファフリの手を引きながら足早に歩いて、ふと建物の奥の隅に置かれた大量の木箱に目を止めた。
そこには、毛皮や装飾品といった、明らかに商人から強奪したであろうものが入れられている。
(商人から奪ってきたものなら、許可証も混じってるかもしれない)
ユーリッドは、気を引き締めると、周りを歩く獣人たちにぶつからないようにして、そちらに進んだ。
木箱のすぐ近くには、木製の椅子に腰を下ろした男が一人、煙草を吹かしていた。
ユーリッドが近づくと、男がぎろりとこちらを睨んだので、ファフリは思わずユーリッドの手をぎゅっと握った。
顔つきや体毛からして、虎の獣人だろう。
首から足までがっちりと太く、まさに虎のような男だった。
ユーリッドは一歩前に出ると、頭巾をかぶったまま口を開いた。
「……南大陸への関所を通れる通行許可証があれば、売ってほしい」
男は、顔に似合った野太い声で答えた。
「ああ? お前みたいなガキが、そんなもんどうするんだよ」
「答える義理はない」
きっぱりと答えると、男はにやりと笑った。
そして吸っていた煙草を地面に落とし踏みつけると、ファフリの方を一瞥してユーリッドに視線を戻した。
「悪いが、うちの店にそんなものはねえなぁ」
まるで面白がるような顔で言う男に、ユーリッドは微かに眉をしかめた。
「……それなら、どこに行けば手に入るか教えてくれ。売ってないなら偽造できる場所でも——」
言いかけて、ユーリッドはふと男の真後ろにある木箱を見た。
そこに乱暴に突っ込まれている鞣(なめ)し革には、王家——リークス王の紋様が刻まれている。
(——通行許可証! こいつ、騙してるのか……!)
ユーリッドは、少し顔を上げて男を見据えた。
「あるはずだ。商人から奪ったものが」
「はっ、それをてめえに売るか売らないかは、俺の自由だ」
勝ち誇ったように言い放つ男を横目に、ユーリッドは懐から金の入った小袋を取り出した。
旅立つ時、王妃レンファから渡されたものである。
おそらく、庶民階級の者ならば一生かかっても稼げないほどの大金が入っている。
「……金ならある」
強奪した通行許可証の相場など分からなかったが、一先ず金貨を一枚、男の前に出した。
すると、さっと男の顔から笑みが消えた。
「き、金貨……!」
ごくりと息を飲むと、男は食い入るように金貨を見つめて、それから不敵に笑った。
「すげえや、お前たち貴族か?」
「……お前には関係ない。早く許可証を」
ぐっと睨み付けた時、男の笑みが深くなったのを見て、ユーリッドは悪い予感がした。
そして、次の瞬間。
背後に鋭い気配を感じて、ユーリッドはファフリを庇うようにして振り返った。
すると、反射的に出した腕に、鈍い衝撃が走る。
「——っ!」
背後から忍び寄ってきた大柄な男たちの一人が、ユーリッド目掛けて殴りかかってきたのだ。
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