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投稿日:2021年02月23日
激しく顔を歪めて、ユーリッドは兵士達を見た。
かつて自分が兵団の一員だったこともあり、見知った顔がちらほらとある。
「ファフリを頼む!」
それだけ叫ぶと、剣を握る手に力を込めて、ユーリッドは兵士達に斬りかかった。
そして甲高い金属音をあげて交わった相手の剣を、力任せに跳ね上げると、甲冑の隙間——脇腹の辺りに剣を突き立てて、そのままその兵士を盾にするような形で、後ろに控える兵士達ごと押しきった。
不安定に揺れ動く吊り橋の上で、トワリスは咄嗟にファフリを引き寄せた。
これ以上の衝撃と重みが加われば、確実にこの吊り橋は崩れ落ちるだろう。
その時だった。
ファフリに向けられた矢の一本が、吊り橋の縄をかすった。
しまった、と思う間もなく、吊り橋がまるで生き物のように左右にうねり、落下し始める。
ユーリッドは、引き抜いた剣を反射的に橋板に突き刺すと、トワリスとファフリの方に手を伸ばした。
トワリスは、距離的にその手を掴むことは叶わないと悟ると、ファフリの身体をユーリッドに向かって放った。
なんとかファフリを受け止めると、ユーリッドは、そのまま落ちていく橋板ごと崖に叩きつけられる。
背中から全身に激痛が走り、思わず咳き込んだが、すぐにはっとしてトワリスのほう見た。
トワリスは、双剣の片方をすぐ下の崖に突き刺して、留まっている。
落ちずにいられたようだ。
しかし、安堵する暇もなく、ひゅんっとユーリッドの頬をかすって、崖に矢が刺さった。
右手には橋板に刺さった剣、左手にはファフリを抱えているこの状況では、矢を払うことができない。
このままでは、矢の恰好の的である。
反対側の崖に並ぶ兵士達が、矢尻を一斉にこちらに向けたのが見えて、ユーリッドは身構えた。
だが、それらの矢が射たれる前に、一人の兵士の喉元に飛来した短剣が突き刺さり、一瞬兵士達がどよめいた。
トワリスが放ったものだ。
トワリスは、崖に突き立てた片方の剣に飛び乗ると、脚に魔力を込めて高く跳躍した。
突然のことに唖然とする兵士達の頭上を、宙返りして飛び越えると、トワリスはその背後に降り立つ。
そして彼らに振り返る間も与えることなく、回し蹴りを食らわせると、何人かが悲鳴をあげながら、もつれるようにして崖下に落ちた。
それからトワリスは、素早く魔力を練り上げると、崖に刺していたものと対になる双剣の片割れを構え、唱えた。
「——雷光よ、一条の光となれ!」
その瞬間、トワリスの剣が閃いて、剣先から稲妻が迸る。
稲妻は、複数の兵士を貫いて、地に流れると共に霧散した。
兵士達が、動揺してざわつき始めた。
彼らにとって、魔術は未知の力なのだろうから、当然である。
トワリスは、再び剣に魔力を込めて構えた。
こうなったら、出し惜しみをしている場合ではない。
しかし、背後から斬りかかってきた兵士の剣を受け止めたとき、身体から一気に魔力が抜けた。
身に覚えのある感覚に、トワリスは瞠目する。
顔を上げると、受けていたのは、僅かに黒光りする剣だった。
(ハイドットの剣……!)
魔力の抜けたトワリスの身体は、簡単に相手に組み敷かれた。
地面に倒されたトワリスは、降り下ろされた剣を、横に転がって避け、すぐに立ち上がる。
だが、そこに待ち構えていた兵士が、剣を力任せに振り抜いてきて、即座にそれを受けたトワリスは、力負けしてそのまま木の根本まで吹っ飛んだ。
後頭部に衝撃が走って、目から火が出る。
頭巾を被っていなければ、気絶していたかもしれない。
(だめだ、ハイドットの剣に触れないようにしないと……!)
頭を打った影響か、揺れる視界に目を細めながら、トワリスは木の根を蹴って、すぐそばに迫っていた兵士に飛びかかった。
驚いた兵士は、咄嗟に剣を構えることもできず、もんどりうって頭を地面に叩きつけた。
その頭を踏み台に、トワリスは勢いよく走り出すと、別の兵士の脇をすり抜け様に切り裂く。
剣を交えずに交戦するのは難しく、トワリスは、体力の限界を感じていた。
いずれは魔力も完全に尽きて、そうなったら勝算はなくなるだろう。
ユーリッドは、橋板に突き立てた剣にぶら下がりながら、左腕に抱えているファフリを見た。
気を失ってしまったのか、彼女はぴくりとも動かない。
幸い、こちら側の崖には弓兵がいないのか、向こうの崖でトワリスが戦ってくれている内は、矢で狙われることはなかった。
しかし、それも時間の問題だ。
矢で狙われなくとも、橋板を崖から切り離されたら下に落ちてしまうのだ。
ファフリさえ目を覚ましてくれれば、自分もどうにか戦いに行くことが出来そうだったが、ファフリはまるで人形のように動かない。
いっそ、落ちてしまおうか。
そう思って崖下の渓流を見て、すぐにその考えは消えた。
想像以上に、渓流の流れが急だったからだ。
突き出た岩に当たって、高く上がる水しぶきからも、それは容易に推測できる。
上手く着水できたとしても、強い水流にもまれ、泳ぐこともできず岩に衝突して気を失ったら、その後は確実に死ぬだろう。
(くそっ、どうしたら……!)
その時、不意にファフリの身体が軽くなった。
驚いてファフリを見て、ユーリッドは目を疑った。
ファフリが、ユーリッドの腕をすり抜けて、ふわりと宙に浮いたのだ。
鳥人とはいえ、有翼人でない限り飛べるなんてことはありえない。
ファフリは、静かに目を開けた。
「……まだ、いけない。あともう少し」
ぽつりと呟いて、ファフリは浮いたまま渓流を見つめる。
その目はどこか虚ろで、彼女はおそらくファフリではないとユーリッドは思った。
「もう少しって……?」
ユーリッドが訝しげに問うと、ファフリがこちらを見た。
「水……」
(水……?)
ファフリの返事を聞いて、ユーリッドも再び渓流を見つめた。
ごうごうと唸る水流は、まるでのたうち回る大蛇のようだ。
ファフリが、ふうっと舞うように上昇した。
その視線の先には、やはり渓流がある。
突然浮遊したファフリに驚き、トワリスを含め、兵士たちが一斉に顔を上げた。
その内の何人かは、標的をトワリスやユーリッドからファフリに移して、弓や槍を構えた。
ユーリッドは、覚悟を決めると、すぐ下に刺さっているトワリスの剣を、空いた左腕で引き抜いた。
そしてファフリを狙っている弓兵めがけて、力任せに投げつけた。
唸りながら飛来した剣は、弓兵の肩口付近に刺さった。
刹那、飛び込むように走り出たトワリスが、その剣を握り真横に滑らせると、弓兵の首が落ちる。
「トワリス! 飛び込むぞ!」
ユーリッドがそう叫ぶと、トワリスは弾かれたようにユーリッドを見て、それから崖の下を見た。
その表情は一瞬曇ったが、彼女も飛び込むしかないと判断したのだろう。
力強く頷いた。
「次期召喚師を狙え──!」
兵士の一人から上がった声に、全員がファフリに狙いを定めた。
すると、ひたすら渓流を見つめていたファフリが、ゆっくりと兵士たちを見回す。
ぎらぎらと、燃えるような殺気を向けてくる兵士たちに対し、ファフリはただ、満足げに微笑んだ。
そしてその唇を、動かす。
「……汝、窃盗と悪行を司る地獄の総統よ。従順として求めに応じ──」
彼女がそう唱え始めた瞬間、これまで兵士たちが見せていたまとまりは、完全に崩れ去った。
兵士たちの顔が皆、恐怖に歪み、強ばって、その表情には戦慄が走っている。
恐怖を感じたのは、ユーリッドやトワリスも同じだった。
あの狼達を殺した夜のように、ファフリは恐ろしいほど穏やかに微笑んで、死の言葉を口ずさむ。
もう二度と、あんなことは起きてほしくないと願っていたのに。
自分達が絶体絶命の危機にあることは分かっていたが、そんなことよりも、ファフリに召喚術を使わせてはならないという思いが、ユーリッドの中で先行した。
「ファフリ! やめろ!」
喉が痛むほどの大声で叫んで、ユーリッドは全身をぐっと縮めた。
そして両足で崖を蹴ると、刺していた剣を引き抜くのと同時に、ファフリに向かって飛び上がった。
唱え終わる前に、ユーリッドがファフリを抱き込むと、二人の体は重力に逆らうことなく、落下し始めた。
渓流に吸い込まれるように落ちていく二人を見て、トワリスは戸惑うように一瞬足を止めたが、続いて崖から飛び降りた。
内臓が震えるような浮遊感を感じて、ぎゅっと目を瞑る。
そして、石畳の上に全身を叩きつけられたかのような衝撃を受けた瞬間、三人の意識が途切れた。
兵士たちは、崖に身を乗り出して、渓流を見下ろした。
三人の身体は、ゆらゆらと揺れながら浮き上がったが、やがて水流にのまれて沈んだ。
「隊長、追跡して、死体の首を持ち帰りますか?」
兵士の一人が問うと、隊長と呼ばれた男は首を横に振った。
「……いや、この流れの速さでは、跡を追ったところで死体は見つかるまいよ。それより、イーサ!」
「はっ!」
男の呼び声に、イーサはさっと兵士たちを掻き分けて前に出ると、敬礼した。
「イーサ、お前。あのユーリッドとか言う兵士と同期だったろう。次期召喚師様とも、お会いしたことはあるのか?」
「い、いえ……」
イーサは、ユーリッドたちが流れていった方を見て、うつむいた。
「確かに、ユーリッドとは同期でしたが、それは見習い兵の時の話であります。昇格してからは、隊も分かれてほとんど交流はありませんでしたし、まして、次期召喚師様とは……」
「…………」
目を合わせずに答えたイーサに、男は眉を寄せたが、すぐに元の表情に戻った。
そして森の近くで控えていた兵士から、馬を一頭呼び寄せると、イーサにその手綱を渡した。
「イーサ、お前は陛下の元に戻り、今あったことを全てご報告しろ。我々は他の隊と合流し、次なる陛下の指示を待つ」
「はっ!」
返事をして、イーサは素早く馬に跨がった。
「いいか、全てご報告するんだ。次期召喚師様が、召喚術を使おうとしたこともだ」
男の言葉に、イーサはごくりと息を飲んで、頷いた。
次期召喚師ファフリが、召喚術を使えるようになったのかもしれない。
それを知ったリークスは、それでも彼女達を殺せと命令し続けるのか、否か。
イーサは、最後にもう一度、渓流の方を一瞥して、馬の尻を鞭で叩いた。
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