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投稿日:2021年02月23日





「さて、今晩も野宿かなあ……」

 疲れた様子でぼやいたトワリスに、ユーリッドが唸る。
まさかトルアノで受け入れ拒否を受けるなんて、想定外だったのだ。
こんなところで、足止めを食っている暇はないし、一刻も早く、南大陸に渡ってしまいたいのに。

 ユーリッドの脇にいたファフリが、控えめな声で言った。

「……もう、関所まで一気に行くことはできないの? トルアノについたってことは、もう近いんでしょう?」

 ユーリッドは、悩ましげに眉を潜めた。

「んー、まあ、それも手なんだけど……物資も補給しなきゃならないんだよ。食料なんて、ほとんど川に落ちたときに駄目になったし、南大陸に渡ったら、買い物なんていつできるか分からないからな」

 背負っている軽い麻袋を揺らしながら、肩をすくめる。
そんなユーリッドを見ながら、ファフリも嘆息した。

 トワリスは、先程トルアノの獣人が入っていった門を見つめて、一瞬腰の鉤縄(かぎなわ)に手をかけた。

 トルアノの周囲には、外郭の壁が巡らされており、先程門の奥を見たところ、もう一つ壁が見えたから、内郭もあるのだろう。
しかし、その厳重さ故か、見張り自体は少ないように思える。
しかも、それなりに大きな宿場町のようだし、町民全員が顔見知りということもないだろうから、ファフリはともかく、やろうと思えば忍び込むことはできるかもしれない。

(……けど、侵入するのは得策とは言えないか……)

 鉤縄から手を外して、トワリスは目を伏せた。

 街の中に余所者を入れたがらないということは、何かが内部で起きているということだ。
その何かが分からない以上、侵入など試みるのは危険だろう。

 トワリスは、二人に向き直った。

「とりあえず、物資がないのも問題だし、追っ手のことを考えると引き返してる時間もない。今は、トルアノの中で何が起きてるのか、調べるのがいいと思う」

 トワリスの言葉に、ユーリッドが頷いた。

「ああ、そうだな。さっきの門番に、理由だけでも聞いてみるか」

「……さっき断られたばかりだから、取り合ってもらえるか分からないけどね」

 ユーリッドは、トワリスの脇を抜けて、外郭の門の前に立つと、大声で言った。

「おい、誰かいるか!」

 響いた声は、誰にも届かなかったのか、しばらく、辺りはしん、と静まり返っていた。
だが、ユーリッドが再び声を出そうとすると、ぎぎっと微かに音がして、門が拳一つ分ほど開いた。

「……誰だ」

 鋭い声で、門の隙間からユーリッドを睨んだのは、先程の門番の獣人だった。
門番は、その目にユーリッドを映すと、苦々しげに言った。

「さっきの連れか。言っただろう、街には誰も入れられない。帰ってくれ」

「ちょっ、ちょっと待った!」

 すぐさま閉じられそうになった門を、あと少しのところで押さえつけて、ユーリッドは身を乗り出した。

「なんで駄目なんだ。ここは宿場町だろう? 理由を聞かせてくれないか」

 ユーリッドの言葉に、門番は、門を閉めようとした手を止めて、警戒した様子で口を開いた。

「……あんたたち、どこから来たんだ。王都か?」

「ああ、そうだ。ノーレントだ」

 ユーリッドがこくりと頷くと、門番はすっと目を細めた。

「……そうか、じゃあやっぱり、中央と北大陸にはまだ伝染してないんだな」

「伝染……?」

 訝しげに問い返すと、門番は、ユーリッドを睨むように見つめた。

「病だよ……南大陸からの。ついに、トルアノにまで発病者が出たんだ」

 その言葉に、トワリスが反応した。
ノーレントまでの旅途中に知り合った、南大陸に渡ったと言う商人──ホウルの言葉が、脳によみがえる。

 トワリスは、ユーリッドの横に駆け寄ると、門番にぐっと顔を近づけた。

「病って、どんなものですか? もしかして、虚ろな目をして、さまようようになるっていう……」

 細まっていた門番の目が、はっと開かれる。

「し、知ってるのか、あんたら……」

 門番は、次いで門を大きく開けると、ユーリッドとトワリス、そしてその後ろに控えていたファフリを見つめた。
そして、ユーリッドの腰にある剣を見て、顔色を変えた。

「あんたたち、もしかしてミストリア兵団から派遣された兵士なのか!? そうなんだろう! そうだと言ってくれよ!」

 門番は、突然すがるようにユーリッドの胸元に掴みかかると、必死の形相でそう言った。
ユーリッドは、一瞬たじろいで、否定の言葉を述べようとしたが、すぐに口を閉じて、ちらりとトワリスを見た。

 この門番の態度を見るに、兵士だと名乗れば街に入れてもらえるかもしれない。
トワリスも、同じことを考えているようだった。

 ユーリッドは、ごくりと息を飲んで、門番に視線を戻すと、ゆっくりと頷いた。

「……ああ、そうだ。俺達はミストリア兵団から派遣されてきた」

 途端、門番はその場に崩れ落ちて、震えながら涙を流した。

「ああっ、ありがとう、ありがとう……! てっきり、もう見捨てられたのかと思っていたけど、ちゃんと、文書は王都に届いていたんだ……!」

 手を合わせて、門番は何度も何度もユーリッドたちに頭を下げる。
その光景に、三人は顔をしかめて、思わず顔を見合わせた。


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