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投稿日:2021年02月23日






 カガリの母は、目の前で息子が燃えていく様を、呆然と見ていた。
最初は、戸惑いと混乱に満ちた表情を浮かべていたが、やがて、残ったのが灰とユーリッドの剣だけになると、瞳の奥に深い絶望の色を滲ませた。

「カガリ……?」

 か細い声で呟いて、ゆっくりと顔を上げる。
その色を失った瞳と目が合って、ユーリッドは、動けなくなった。

「あ……」

 声が出て、ユーリッドは、一度自分の手を見てから、灰になったカガリを見た。
カガリの頭を貫いたのは、自分だった。

「お、俺……」

 胸に、ぞわりと冷たいものが込み上がってくる。
ふらりと立ち上がったカガリの母から、目が離せなかった。

「な、何で、兵士様……。息子を……」

 カガリの母は、ぽつりと呟くと、ファフリを押し退けてユーリッドの剣を見た。
そして、その柄に入った紋様を見て、言った。

「……違う……。兵士様の……兵団の剣じゃない……」

「え……?」

 その言葉には、トバイも思わず身を乗り出す。
ユーリッドは、全身に冷たい汗がどっと噴き出してくるのを感じた。

「どうして……貴方達、兵士様じゃないの……?」

 カガリの母は、そう言いながらユーリッドを見つめると、瞳の色を怒りに変える。
ユーリッドは、何も言うことができず、ただその場に立ち尽くしていた。

「この……っ、よくも、カガリを……!」

 ユーリッドの剣を両手で持つと、カガリの母は、悲痛な叫びをあげてユーリッドに切りかかる。
拙い剣捌きだったが、ユーリッドには、避けられる気がしなかった。

 トワリスは、動く気配のないユーリッドを見て、咄嗟に前に出ると、向かってきたカガリの母のうなじに手刀を叩き込んだ。

 気を失ったカガリの母が、石床に崩れ落ちる。
次いで、トワリスは置いていた荷物を背負い、素早く剣を拾ってユーリッドに押し付けると、早口で言った。

「逃げるよ」

 ユーリッドは、反応しなかった。
目を見開いまま、微かに手を震わせて、じっとカガリの母を見ている。

 トワリスは、小さく舌打ちすると、ぱんっとユーリッドの頬を平手打ちした。

「ユーリッド!」

 その鋭い声音に、ユーリッドが、はっとトワリスを見る。
それを確認すると、トワリスはユーリッドの手を強引に引き、ファフリにも声をかけて、腰を抜かしたままのトバイの脇を通り石室から走り出た。

 石室の中が暗かったせいか、外に出ると、ぽっかりと夜空に浮かぶ月の明かりですら、ひどく眩しく感じる。

 三人は、石室から飛び出して、周囲に獣人がいないか見回すと、内郭の壁際まで走った。
それから、トワリスは腰に装備してある鉤縄を手にすると、慣れた手つきで荷物を自分の身体に巻き付ける。

「こ、これからどうするの……?」

「トルアノから逃げるよ。このままじゃ私達、兵士と偽って病人を殺した殺人犯だ」

 まさか、諸々の事情をトルアノの町民たちに説明して、誤解を解くというわけにもいかないし、今は逃げるしかないだろう。

 トワリスは、内郭の高さを目測しながら、早口で言った。

「ユーリッド、私は荷物を持つから、あんたはファフリを背負って」

「…………」

 ユーリッドから、返事はなかった。
トワリスとファフリが彼のほうに振り返ると、ユーリッドは、未だ混乱した様子で放心している。
一般の国民であるカガリを刺したことに、動揺しているのだ。

 トワリスは、ぎゅっと拳を握りこんでから、ユーリッドの胸倉を掴み上げた。

「しっかりしなさい! 奇病について調べたいって言ったのも、カガリを殺したのもあんたじゃない、私だ! それに、あんたがカガリに剣を投げなきゃ、ファフリが死んでたんだ。狼狽えてるんじゃない……!」

 そう強く怒鳴り付けて、トワリスは勢いよく手を離す。
すると、ユーリッドは、辛そうに表情を歪めて、黙ったままうつむいた。

 ファフリは、そっとユーリッドの肩に手を置くと、柔らかい声で言った。

「……ユーリッド、私のこと、守ってくれてありがとう。……ごめんね」

 ユーリッドは、ゆっくりと顔を上げると、しばらくファフリの顔を見つめていた。
しかし、やがてきつく唇を噛むと、大きく息を吸った。

「ごめん……」

 ユーリッドはそう言うと、ファフリを横抱きにして抱えた。
それに対し、トワリスは頷きを返すと、鉤縄の鉄鉤てつかぎを内郭の頂上へと放った。


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