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投稿日:2021年02月23日





  *  *  *


 ミストリアの国王、召喚師リークスの御座おわす玉座の間には、その両側の壁面に沿ってびっしりと、数多くの兵士達が配置されていた。
また、入り口に二人、玉座の御簾みすの手前にも一人、手練れの兵士を置いており、まさに虫一匹の侵入も許さぬような、厳戒体制をとっている。

 だが、部屋の真ん中に突如として現れたその侵入者に、対応できた者は、誰一人として存在しなかった。

 御簾の向こうに、ミストリアの宰相キリスと共に座っていたリークスは、まるで床から湧いたように現れた侵入者の気配を、いち早く感じ取った。
しかし、侵入された時点で大失態だったというのに、気づいた頃には、もう遅かった。

 部屋の中心に現れた、獣人ではない侵入者に、兵士達は驚いたが、すぐさま各々の腰の剣を抜き放ち、一斉に斬りかかった。
──が、その剣先が侵入者に届くことはなく、次の瞬間、その場にいた全ての兵士が、同時にのけぞって倒れこむ。
そして、びくびくと痙攣を起こし、もがくように手足を宙で動かすと、やがて、口から泡を噴き出して死んだ。

 唯一、斬りかかることなく、リークスの側に控えていた兵士──ミストリア兵団の副団長は、その一瞬にして起きた地獄絵図のような光景に、思わずたじろいだ。
しかし、剣を構えると、円状に積み重なる兵士達の屍の中心にいる侵入者を、きつく睨んだ。

「貴様、何者だ!」

 侵入者は、その薄い唇に笑みを刻むと、長い漆黒の髪を揺らして、副団長の方を見た。

「……汚い口で騒ぐな、礼儀を知らぬ獣人如きが」

 男とも女ともとれぬ、中性的な声で言う。
次いで、侵入者は、その血の気のない指先を副団長に向け、ふいと空を切るように動かした。

 その、次の瞬間。
副団長は白目をむくと、自分の脳天に、自ら剣を突き刺した。
そのままどしゃりと崩れて死んだ様を見て、侵入者は嗤う。
それから、続けて何かを払うように手を動かすと、リークスの前に垂れていた御簾が吹っ飛んだ。

 ひいっ!と情けない声をあげて、脇に控えていたキリスが飛び退く。
リークスは、玉座からすっと立ち上がると、その鳶色の目を細めて、侵入者を見据えた。

「……貴様、闇精霊か。何故ミストリアに来た」

 太く、怒りのこもった声音で問いかける。
侵入者は、それに対して不愉快そうにリークスを見上げると、苦々しげに呟いた。

「……なんと、のう。口の利き方も知らぬとは。下衆の上に立つ者は、結局下衆ということか」

 その言葉に、リークスはこめかみに青筋を浮かべた。
兵士達をことごとく惨殺された挙げ句、ここまで愚弄されたとなると、本来ならば一瞬で消し去ってやりたいところだ。

 だが、その時リークスは、何も言えなかった。
この侵入者と自分の間に、かつて感じたことがないほどの、圧倒的な差があると確信していたからだ。

 召喚術を完全に己のものとしていた頃ならば、まだ歯向かう気概があったかもしれない。
だが、今のリークスは、次期召喚師である娘、ファフリに召喚術の才が多少なりとも渡ってしまっているが故に、力が万全な状態ではないのである。

 リークスが沈黙したままでいると、侵入者はそれを鼻で笑ってから、ふと、足元で死んでいる兵士から剣を取り上げた。
黒光りする刀身のそれは、ハイドットの剣である。

 侵入者は、それを手に持ち、高く掲げると、一気に魔力を放出した。

「……ほう、魔力を吸収するというのは、真実であったか」

 侵入者の魔力を、ハイドットの剣はどんどんと吸い上げていく。
それに伴い、周囲に転がっていた他の兵士のハイドットの剣も、まるでその強大な力に誘われるようにして、かたかたと震えながら侵入者の方へと吸い寄せられていった。

 侵入者は、満足そうに笑みを浮かべると、放出していた魔力量を更に増加させた。

 空気が振動するほどの、莫大な魔力。
きーんと耳鳴りがして、キリスが思わず身を縮めたとき。
甲高い金属音がして、侵入者の握っていた剣が砕けた。

「……吸収できる魔力量には、限度はあるのか」

 そう呟くと、侵入者は、残った剣の柄を投げ捨てる。
キリスは、その様子を信じられないといった思いで、見つめていた。

 侵入者は、リークスに向き直ると、長い袖を口元に当てて言った。

「ミストリアの王よ、此度はこの魔力を吸う剣について、話があって参ったのだ。この剣を作り出している地へ、我を案内せい」

 リークスは、それを聞くと、怪訝そうに眉を潜めた。

「……ハイドットの武具は、我がミストリアの南大陸で造られたものだが、もう二十年以上前に精錬は中止させている。もうこのノーレント周辺にしかないはずだ」

「二十年前だと?」

 侵入者は、それを聞くと、突然からからと声をあげて笑い始めた。
そして、実に可笑しそうに口元を歪めると、すっと目を細めた。

「愚かな王よ、そなたの目と耳はどこについている」

 キリスが、その言葉にぎくりと反応する。
それを見ると、侵入者は楽しそうに再び笑って、続けた。

「まあ、よい。そちらの男の方が、真実を知っておるようだ。後々尋ねてみるがいい。……とにかく今は、我をその南大陸とやらに案内しろ」

 リークスは、焦ったように震えているキリスを、ぎろりと睨んだ。
だが、その時点では何かを言うことはなく、再び侵入者のほうに視線を戻すと、はっきりと言った。

「……何故貴様がそのようなことを申すのかは知らんが、それは出来ぬ。私はミストリアの守護者だ。ここを離れるわけにはいかぬ」

 侵入者は、それを聞くと、橙黄色の瞳でリークスをじっと見つめた。
次いで、己の周りに散乱する獣人の兵士達の屍(しかばね)を見回すと、また最後にリークスを見て、言った。

「……では、そなたがこの城に戻るまで、我が兵にこの城を守らせよう」

「兵だと?」

 眉根を寄せたリークスに、侵入者は笑みを向けると、唱えた。

「汝、苦闘と貧困を司る地獄の侯爵よ。従順として求めに応じ、可視の姿となれ。──ガミジン……」

 詠唱が終わるのと同時に、侵入者の影から漆黒の馬が飛び出した。
黒い煙のような馬は、一ついなないて霧散すると、霧となって散乱した兵士の屍を包み込む。

 刹那、まるで見えない糸で上に引かれたように、死んだはずの兵士達が立ち上がった。

 兵士達の顔は青白く、生気がない死体そのもののようだったが、彼らはゆらゆらと揺れながらもその足で立ち、手にはしっかりと剣が握られている。

 言葉もなく呆然としているリークスとキリスに、侵入者は言った。

「我が死者の兵は、この世で最も忠実で強い。感情もなく、死ぬこともないからのう。こやつらならば、そなたが戻るまで、必ずこの城を守ってくれよう。どうだ、これで文句あるまい?」

 リークスとキリスは、尚も、何かを口に出すことができなかった。
それどころか、この突如現れた侵入者の雰囲気に飲まれて、指一本動かすことができなかったのだ。

 キリスはともかく、リークスにとっては、こんな経験は初めてであった。
この侵入者は、瞬く間にこの玉座の間を邪悪な魔力で満たし、異様な空間に変えてしまったのである。

 立ちすくむ二人の様子に気づいたのか、侵入者は、楽しげにくつくつと笑った。

「何を驚いている。まさかそなたら、未だに我の正体が分からぬとでも言うつもりではあるまいな」

 侵入者は、底光りする目を二人に向けると、唇で弧を描いた。

「我が名はエイリーン。アルファノルの召喚師にして、闇精霊の王。『忘却の砦』の主であるぞ──……」


To be continued....


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