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投稿日:2021年02月23日





 全員がそれぞれに食事を済ませると、ユーリッドは、多少軽くなった荷物を背負い直して、立ち上がった。

「そろそろ行けるか? 多分、関所まではあとちょっとだから」

 そう告げると、他の二人も立ち上がる。
ファフリは、まだ少し疲れた表情をしていたが、身体についた土埃をぱんぱんと払うと、大丈夫だと言う風に頷いた。

 三人はずっと、近道をすることと、目立たないようにすることを優先して、舗装された街道ではなく、山道を進んできた。
だから、ここからはまた少し、道なき道を行くことになるだろう。

 ユーリッドが先頭を立ち、その後ろにファフリ、最後にトワリスと並んで歩く。
険しい坂道や足場の悪い泥土の道は、どうしてもゆっくりとしか進めなかったが、それでも彼らは、ひたすら歩き続けた。

 やがて、完全に日が暮れ落ち、互いの顔さえはっきりとは見えないほど暗くなってきた頃、不意に、目の前が開けた。
ついに、正規の街道に出たのである。

 街道のすぐ先には、目的地である関所が建っており、三人は、ひとまず無事にたどり着いたことを喜んだ。
これでようやく、南大陸に渡ることができるのだ。

 しかし、関所に近づいたところで、ユーリッドは、ふと顔をしかめた。
関所が、まるで何年も放置された廃墟のように、荒れていることに気づいたからだ。

 均等に積まれていたであろう石壁は、何かに抉りとられたかのように崩れ、清掃もされていないようで、所々に砂や瓦礫が蓄積している。
唯一無傷と言える、頑丈な鉄扉を開けて中に入ってみると、本来いるはずの門衛の姿も、見当たらなかった。

 驚いて、絶句したまま関所の中を見回していると、トワリスが口を開いた。

「賊にでも襲われたって感じだね。少なくとも一月以上は、この状態で放置されてるように見えるけど……」

 ユーリッドは、痛んだ壁や床を見つめながら、腑に落ちない様子で返した。

「……でも、この関所は兵団が管理してる場所なんだ。賊が襲ってきたって、対処はできるよ。それに、一月以上誰も来てないなんて、この関所が兵団の管轄から外されたとしか……」

 そこまで言いかけて、トワリスとユーリッドは、はっとファフリを見た。
ファフリは、沈んだ表情を浮かべて、口を閉じている。

 しかし、気まずい沈黙が三人を包むと、それを真っ先に破ったのは、ファフリであった。

「……お父様の命令で、関所を見捨てたのかな」

 ぽつりと呟かれた言葉に、トワリスとユーリッドが、顔をこわばらせる。
そうして再び訪れた静寂に、ユーリッドは、以前間宿の闇市で入手した通行許可証をひらひらと掲げると、無理矢理笑った。

「こ、この許可証も無駄になっちゃったな……はは」

「……うん、残念だね。あんなに苦労したのに……」

 ぼんやりと返ってきたファフリの言葉に、場の空気が更に凍てつく。
トワリスが、呆れたようにユーリッドを睨むと、ユーリッドは、申し訳なさそうに首をすくめて、苦々しい顔をした。

「……まあ、今日はもう遅い。野宿よりは関所内の方が落ち着ける。今晩はここで休もう」

 気を取り直して、トワリスがそう言うと、ユーリッドはそうだな、と返事をし、ファフリも頷いた。

 ユーリッドは、寝る支度をしている間も、ずっと不安げにファフリを見ていた。
その不安の奥には、悔しさのような、やるせなさのようなものも混じっていることに、トワリスは気づいていた。



 翌日は、晴れていた。
明るい陽射しの中で見る関所の雰囲気と、昨晩の夜闇の中で見た関所の雰囲気はやはり違い、明るい中で見た方が、幾分かは、廃墟独特の不気味さが緩和されていた。

 干肉と携帯食で簡単な朝食を済ませると、三人は、早速関所から出た。
だが、関所一つ越えたところで、劇的に風土が変化するはずもなく、三人の目の前に広がっていたのは、相変わらずの深い森であった。

 強いて言う違いがあるとするならば、先に見える森は、これまでのものより、更に鬱蒼うっそうとしているような気がした。
これは、南大陸が未開の土地故なのか、それとも、行く先に不安が大きい自分達の心がそう見せているのか、分からなかったが、どちらにせよ、この獣道を進むのかと思うと、どうにも気が重くなった。

 不意に、ファフリが後ろの関所を振り返って、しみじみと言った。

「ついに、南大陸に入ったのね」

 喜びの声だったのか、感情のよく読み取れない声だったが、ユーリッドは、努めて晴々とした声で言った。

「ああ。これで、追っ手も少しは減るだろ。……やったな」

「うん」

 ユーリッドとファフリは微笑みあって、ぱん、と手を打ち合わせた。
そんな光景を見ながら、トワリスが口を開く。

「……私は、これから奇病のことを調べに集落や村を回るつもりだけど。……二人とも、それに着いてくるので、本当にいいんだね?」

 ユーリッドとファフリは、一度顔を見合わせて、こくりと頷いた。

「ああ、これからどうするかなんて決めてないし、俺らもずっと旅をしてるわけにはいかないから……どっちみち、集落や村を回るつもりだったんだ。だから、手伝うよ」

「分かった。……ありがとう」

 トワリスは、少し安心したようにそう返事をすると、先に進むべく身を翻した。



 三人は、再びユーリッド、ファフリ、トワリスの順に並ぶと、険しい山道を歩き始めた。

 ユーリッドが、時折剣で藪や雑草を切り開きながら、一歩ずつ一歩ずつ進んでいく。
その道中で、何頭か、“動物の死骸らしきもの”を見た。
というのも、それらは、下半身が白骨化していたり、一部が腐敗しているにも関わらず、胸を上下させて呼吸していたのである。
すなわち、死んでいるはずの状態で、生きているのだ。

 あの病が、獣人以外にも被害を及ぼしているのだということが、この時はっきりしたのだった。

 しかし、そういった動物は、地面に横たわっているか、ぼんやりと歩いているだけで、襲いかかってくることは一切なかった。
つまりそれらは、結局のところ、魔力にしか反応しないのだろう。

 奇病にかかると、痛覚といった生物としての性質を失い、また、魔力にしか反応しなくなる。
故に、国中に結界が張られ、魔導師がいるサーフェリアでは、病にかかった獣人たちは凶暴化し、一方の魔力をもたぬ獣人の国、ミストリアでは、基本さまようか、死んだように眠るかのどちらかなのだ。

 トワリスは、頭の中でこれらのことを整理しながら、歩いていた。

(……けど、それなら、どうしてホウルたちは襲われたんだろう……)

 口元をびくびくと震わせながら、南大陸は恐ろしいところなのだと主張していた、あの鳥人の男をふと思い出す。

 魔力にしか反応しないのなら、魔力をもたないホウルには、病にかかった生物たちは、襲いかかってこなかったはずだ。
確かに、身体がずたずたの状態で、幽鬼のようにさまよい歩く生物たちを見るのは、気味が悪い。
だが、それだけで、あんなに怯えるだろうか。
そもそもホウルは、一緒にいた仲間は死んだと言っていた。
これは、襲われて死んだということだと思っていたのだが、違ったのだろうか。

(……ノーレントにいる召喚師の魔力に反応して、たまたま近くにいたホウルたちに襲いかかった、とか? そんなこと、あるんだろうか。くそ、もっと詳しく聞いておけばよかったな……)

 トワリスは、心の中で舌打ちした。

 とにかく、新たに調べるべきことは、奇病の原因と傾向、ホウルたちが襲われた理由。
そして、何故その奇病にかかった獣人たちが、サーフェリアに襲来したのか、ということである。

 最後の理由に関しては、もし、ミストリアの召喚師がこの奇病のことを知っていたなら、サーフェリアを襲わせるために病人たちを送り込んだ、というのが、最も信憑性のある理由だ。
ミストリアからサーフェリアへは、海を渡って行くこともできるが、一番手っ取り早いのは、魔法陣を介した長距離移動──移動陣を使って送り込むことだからだ。

 移動陣とは、陣から陣へと瞬間的に移動できる、つまりはテレポートすることができる魔法陣のことだ。
使用した場合は魔力の消費が激しいため、サーフェリアでは一般的には使われていないが、トワリスも、ルーフェンによるこの移動陣の応用魔術で、ミストリアに送ってもらったのである。

 ミストリアで移動陣がどの程度普及しているのかは分からないが、とにかく移動陣を使うには、当然魔力が必要であり、ミストリアで魔力をもつのは召喚師一族だけ。
となると、必然的に、元凶は召喚師になる、というわけである。


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