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投稿日:2021年02月23日





 正直、そんなことあるんだろうか、と思った。
トルアノにまで侵食しているほど、こんなにひどい状態なのに、奇病のことを知らないだなんて。

 だが、ファフリ自身、こうして旅に出るまでは、なにも知らなかったのだ。
国民がどんな風に生活し、どんなことに悩まされ、苦しんでいるのか。
城に住んでいた頃は、そんなこと、気にしたこともなかったかもしれない。

 毎日美味しいものを食べ、華やかに暮らしている獣人もいれば、闇市で犯罪紛いのことを繰り返している獣人や、病に冒され死んでいく獣人もいる。
こういったミストリアの色んな面を見ていく内に、己がいかに狭い世界の中で生き、無知のまま育ったのか、だんだんと分かってきた。

(もし、お父様もそうなら……)

 奇病のことを、知らないということも、あり得るだろう。
ずっと城にいるのだ。
家臣たちが教えてくれなければ、国のことなんて分からない。
それが国王であり、召喚師なのかもしれない。

 ミストリアの発展をまず第一に考えていた父、リークスだったが、発展のことを考えるばかりで、国民の生活に目を向けることを忘れていたんだろうか。
そんな思いが、ファフリの中に、わき上がってきた。

 トワリスが、そのまま続ける。

「これは、魔力灯に限る話じゃないしね。他にも、本当に奇病のことを知ってるなら、移動陣とか魔力を使うものは徹底排除するべきだろう? それをしていないってことは、やっぱり知らないって可能性もないとは言えないと思うんだ。まあ、ユーリッドの言う通り、そうなると兵団を撤退させた理由がつかないから、南大陸を切り捨てようとしているっていう線の方が、はっきり言って有力だけど……」

 トワリスの言葉に、ユーリッドが首をかしげた。

「なあ、トワリス。移動陣って、なんだ?」

「えっ?」

 トワリスは目を剥いて、押し黙った。

(ミストリアに、移動陣は存在しない……?)

 ふと、その結論を思い立つ。

 ついサーフェリア基準で考えて、ミストリアにも移動陣は当然あるものだと思ってしまっていたのだが、それはとんでもない勘違いだったのか。

 よく考えてみれば、トワリスをミストリアに送るために、ルーフェンが使った魔術だって、移動陣とは少し違うものだったのだ。
ルーフェンが使ったのは、ミストリアの召喚師の魔力を辿って、その付近に送り込むという少々不確かなもの。
一方的かつ、相手側に特徴的な魔力の持ち主がいなければ使えないという不便さを持ち合わせているわけだが、それでもこの方法を選んだのは、そうするしかなかったからだ。
ミストリアに移動陣があったなら、そのまま移動陣を使って送ればよかったのだから。

 ああ、なんでこんな単純なことに気づかなかったのだろうと、トワリスは一瞬自己嫌悪に陥った。
しかし、すぐにユーリッドに向き直ると、なんでもないから忘れてくれ、と告げた。

(でも、移動陣がないってことは、サーフェリアにきた獣人たちは、直接海を渡ってきたということ……?)

 と、すればだ。
召喚師が関与しなくとも、サーフェリアに獣人を送ることは可能である。

(いよいよ、本当に召喚師が黒幕なのか、怪しくなってきたな……)

 その日、結局三人は、その湖畔で夜を明かすことにした。
食事中、ぱちぱちと燃える焚き火を眺めているときも、木にもたれて眠るときも、トワリスはずっと奇病のことを考えていたし、ユーリッドやファフリもまた、リークス王のことを考えていた。

 翌朝、ユーリッドは、まだ空が薄青い、夜明けの時間帯に目を覚ました。
木々に囲まれた湖畔とはいえ、どうにも蒸し暑い夜だったため、全身にじっとりと汗をかいている。

 湖の水で顔を洗おうと、立ち上がると、ちょうどその時に、トワリスも起きたようだった。
二人は挨拶を交わして、湖の辺りに向かった。

 トワリスは、冷たい水で顔を洗いながら、ぼんやりと水面を眺めていた。
ファフリが、しきりに言っていた“水”のこと。
悪魔──カイムが言っていたのだということもあって、やはり気になるが、何を意味するのかは分からない。

 奇病のことも、昨夜一晩、考え続けたが、結局ぴんとくる答えは浮かばなかった。
そもそも、奇病は何故こんなに急激に、南大陸に広がったのだろうか。
それも、獣人と森の生物たち、双方に発病するなんて、とてつもない感染力である。
トルアノでも考察した通り、個体から個体への伝染性はないように思うが、それでは、一体どうやってここまで爆発的に蔓延したのか。

 そうして思考を巡らせていると、不意に、トワリスの目先の水面に、小さく波紋ができた。
目線を動かしてみると、ひらりと水面に落ちた、木の葉が目に入ってくる。

 立木のものにしては珍しい、妙に細長い葉。
色素も薄いし、なんだか特徴的な葉だなと、昨日から気になっていたのだ。

(……特徴的と言えば、この湖の周りの木は、なんだか変わってるな……)

 この細長い葉に、薄白い幹。
どこか神聖な雰囲気をもつその木々は、サーフェリアにはないものだった。

「トワリス、どうしたんだ?」

 何気なく、立ち並ぶ木々を見ていると、ユーリッドが声をかけてきた。

「ん? いや……この湖の周りに生えてる木、なんか珍しい色合いだなって思って」

 そう答えると、ユーリッドが苦笑した。

「ああ、あれな。あれは、リーワースっていう木だよ。言う通り、ちょっと珍しい木でさ。土から大量の水を吸って、それを幹に蓄えているんだ。旅なんかでも、いざとなったら、あの枝で水分補給することもできるんだぜ」

「へえ……。ユーリッドは、よく知ってるんだね」

「まあな。兵団では、こういう地理的な知識は、叩き込まれるから」

 ユーリッドは、少し照れ臭そうに言った。

 トワリスは、水面に落ちた葉を拾うと、それを掌で弄びながら、続けた。

「でも、このリーワースっていうのは、いくつか種類があるものなの?」

 そう尋ねると、ユーリッドは、きょとんとした表情になった。

「種類? 別にないと思うけど……。なんでそんなこと聞くんだ?」

「いや、だって、昨日川の近くに立ってた木も、これと同じような葉の形をしてたし……。こんな形の葉、そうそうあるもんじゃないだろう?」

 持っていた葉を、ユーリッドに渡す。
ユーリッドは、葉を色んな角度から見ながら、唸って顔をしかめた。

「うーん、そうだったっけか。確かに、珍しい葉の形だけど……。でも、少なくとも、昨日の川縁に立ってた木は、リーワースじゃないと思うよ。リーワースは、白っぽい幹が特徴なんだ。昨日見たやつは、普通に茶色っていうか、黒っぽい幹だっただろ?」

「まあ、そうだけど……」

 トワリスが、いまいち腑に落ちないといった様子で、口ごもる。
すると、その傍ら、ユーリッドは不意に動きを止めると、目を見開いたまま顔をあげた。

「……いや、ちょっと待った」

 それだけ言って、だっと走り出す。
次いで、ユーリッドは、自分が寝ていたところから剣を持ってきて、そのまま今度は、リーワースの木の近くまで行った。
そして、少し太めの枝を剣で切り落とすと、その断面をじっと見た。
トワリスも、その様子を横から覗きこむ。

 枝の断面は、幹と同じで白っぽく、その微かに弾力のある枝を強く握ってみると、じんわりと水がにじみ出てくる。

「この水、透明で綺麗だよな……」

 ユーリッドが、枝から搾り取ったわずかな水を手に溜めて、言う。

「ああ、そうだね」

 トワリスが答えると、ユーリッドはトワリスの方を見て、はっきりと言った。

「でもな、時々、この枝から絞った水が、汚れているときがあるんだ。つまり、土壌の状態次第で、リーワースに蓄えられてる水も変わる」

「…………!」

 ユーリッドの言いたいことが分かって、トワリスは瞠目した。

 二人は、目を合わせ、互いの意見が一致したことを確認すると、まだ眠っていたファフリを起こし、三人で昨日の川があった場所に向かったのだった。


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