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投稿日:2021年02月23日
川辺にたどり着くと、川縁に立っている木の葉は、トワリスの言う通り、やはり細長く特徴的な形をしていた。
昨日は葉に注目していなかったため、先程は正確なことが分からなかったが、もしかしたらリーワースの葉と同じかもしれないと、ユーリッドは思った。
湖畔近くのリーワースの枝を地面に置くと、どこか緊張した面持ちで、ユーリッドは木々に視線を向けた。
葉は、確かにリーワースに酷似しているが、幹は浅黒く、どう見ても別物に見える。
(だけど、もしかしたら……)
ユーリッドは、さっきと同じように、太めの枝を選ぶと、それを剣で切り落とした。
そして、その断面をみて、目を見開いた。
断面は、一様に浅黒かったのではなく、白黒の斑のような、奇妙な色をしていたのである。
トワリスも、それには驚き、断面を見た瞬間に息をのんで、言った。
「やっぱりこの川辺の木も、リーワースなんだね……」
「ああ、そうみたいだな」
ユーリッドもため息混じりにそう言って、その場に座る。
ファフリは、目覚めたばかりで少し眠そうな顔をしながら、必死に二人の会話についていこうとしていた。
「どういうことなの? この川辺の木と、湖畔近くに立っていた木が同じってこと?」
ユーリッドが、こくりと頷いた。
「さっきトワリスが、湖畔近くのリーワースの葉と、昨日みた川辺の木の葉が似てるっていうから、調べたんだ。川辺の木は茶色っていうか、浅黒い色をしてるし、最初は違う種類だろうって思ったんだけど、やっぱりこっちもリーワースだったって、今わかった」
「どうして? こんなに違う見た目なのに?」
ファフリが、更に問い返す。
ユーリッドは、先程切った白黒斑な枝の断面を見せて、答えた。
「原因は、“水”だったんだよ」
「水……?」
ユーリッドは、ファフリから木々に視線を移すと、続けた。
「このリーワースっていう木は、通常の木より多くの水を幹に蓄える性質があるから、水の影響を受けやすい。だから、こんな風に幹の色が白黒斑になってるってことは、吸った水……つまり、この土壌に含まれている水が、真っ黒で汚れてるってことなんだ」
とんとん、と足で地面を叩いて、ユーリッドは言った。
ファフリは、地面をまじまじと見つめる。
「じゃ、じゃあ、ここの木々は皆リーワースで、本来は白っぽい幹なのに、汚れた水を蓄えてしまったせいで、こんな浅黒い色になってしまったというの?」
「ああ」
ユーリッドは、再び頷いた。
「幹の表面にちょうど色素が出てたから、断面を見るまでは分からなかったけど、そうみたいだ。水の汚れは葉にも影響するはずだけど、多分、リーワースだから葉に行き渡る前に幹に貯蔵されてたんだろうな。ここの土壌に含まれてる水は、当然この川の水が大半だろうし……となると、この黒い汚れの原因は、川ってことになる」
川縁の石に、微かに付着していた黒い油のようなものを思い出して、ファフリは眉を潜めた。
きっとあの黒い物質は、見えないだけで、川の水に大量に溶け込んでいるのだろう。
それを土壌が吸い、木々が吸い、最終的に、リーワースの幹をこんなにも変色させてしまった。
木々に被害が及んでいるなら、いずれ生体にも──。
そう考えると、なにか底知れぬ恐怖のような、途方もないものが、ファフリの胸を覆った。
今度は、トワリスが口を挟んだ。
「一方で、湖っていうのは、周りが陸地だから、どことも繋がってないだろう? すなわち、他の河川や海の影響は、少ししか受けない。……だから、ファフリの言う通り、あの湖畔の水にはこの黒い物質が溶け込んでなくて、本当に綺麗だったんだ。それ故に、その水を吸って周りに生えてるリーワースの幹も、本来の通り白かったんだね」
ファフリは、少し戸惑った様子で、口を開いた。
「そんな……じゃあ、この黒いのは、どこから来たのかしら。誰かが川に流したの? 何のために?」
その言葉を最後に、つかの間、三人の間に沈黙が流れる。
すると、トワリスが唇をなめて、ふとファフリに視線をやった。
「ねえ、ファフリ。最初に水が、って言い始めたのは、渓流に流されたときだったよね。あのときも、カイムがそう言ったの?」
ファフリは、申し訳なさそうに俯くと、ふるふると首を振った。
「ごめんなさい……その時のことは、本当に記憶になくて。でも、きっとそうだと思うわ。この川のことも、湖のことも、教えてくれたのは全部カイムだったもの。カイムがいるときは、川のせせらぎや木々のざわめきが、何か意味を持った言葉のように聞こえるの。それに……最近、よく夢を見るわ」
「夢?」
「うん……」
ファフリは、トワリスを見つめて言った。
「真っ黒な水がね、私を飲み込んで言うの。苦しい、苦しいって。まるで、私に助けを求めるみたいに」
そこまで聞いて、トワリスは、額に手を当てると、はあっとため息をついた。
「……分かってきたね」
ぽつりと、呟くように言う。
「この黒い物質は、河川や海を循環してるんだろう。もちろん、渓流にもね。それを、カイムはファフリに訴えかけてたってわけだ」
ファフリは、ゆっくりと目を見開いて、川を見る。
ユーリッドは、話を聞き終えると、訝しげに顔をしかめた。
「……ファフリが、そういう夢を見て、それが現実ってことは、この黒いのは、良くないものってことだよな?」
トワリスが首肯して、すっと息を吸った。
「ああ。……良くないものもなにも、これが、奇病の原因なんじゃないか」
ファフリとユーリッドが、はっと目を見開く。
トワリスは、低い声で言った。
「……ユーリッドが、この黒い物質の臭いと、シュテンの身体からした臭いが同じだって言った時点で、薄々そうなんじゃないかって思っていたけど……。伝染性がないと思われるこの奇病が、ここまで爆発的に、かつ種を越えて蔓延するのだとしたら、その原因は、どんな生物にとっても関わりのある、必要不可欠なものであるはずだろう?」
ユーリッドが、微かに俯いて、口を開く。
「つまり……水か」
「そうだ」
トワリスは頷いて、小さくため息をこぼした。
「確かカガリは、川に釣りに行ってから、発症したと言っていたよね。川の水は飲まなかったにしても、その川の魚を食べたりしたら、結果的に川の水を体内に取り込んだことになる。それが原因で、発症したんじゃないかな。……生命維持に必要な水は、どんな生き物だって摂取するんだ。もし水が原因だと考えれば、ここまで爆発的に広範囲に蔓延したのも、頷ける。この黒い物質が、南大陸中の河川に溶け込み、それが今やトルアノの付近にまで流れている……私は、そう思うよ」
ユーリッドが、ぎゅっと眉根を寄せた。
「……そうなると、益々この黒い物質の正体が気になるな」
「……ええ、そうね」
ファフリが頷き、トワリスもふっと目を細める。
この黒い物質の正体も、なんとなく、予想はついていた。
昨晩あった男たちは、奇病は南大陸の西端──ロージアン鉱山がある地域から広がったと言っていたし、かなり症状が末期だったシュテンも、元炭鉱夫だと言っていた。
と、すれば──。
トワリスは、ファフリが持っていたリーワースの黒ずんだ枝から、僅かに濁った水分を、掌の上に搾り取った。
そして、今度は川縁の石にへばりついた黒い物質を、ちぎった葉で拭い取るようにして集めると、それを反対の掌に乗せた。
「……確かめてみようか」
そう一言言って、ユーリッドとファフリの方を向く。
それからトワリスは、周囲の気配をよく探ってから、掌に魔力を込めて、一瞬ぼっと炎を現出させた。
水分が蒸発して、固体成分のみになる。
そうして、トワリスの掌に残ったのは、きらきらとした、黒い砂のような結晶であった。
トワリスは、続けて魔力のみを発現させた。
すると、もやっと煙のように掌に現れた魔力は、しかし、あっという間に、黒い結晶に吸い込まれていく。
ユーリッドには、その様子は見えなかったが、ファフリにははっきりと見えていた。
「魔力が、吸収された……」
ぽろりと、ファフリの口から言葉が溢れる。
ユーリッドは、それを聞いて、はっと息を飲んだが、驚いたような表情は浮かべなかった。
薄々、彼も勘づいていたのかもしれない。
トワリスは、魔力を収束させて、掌の上の結晶を見つめた。
日光を浴びて、きらきらと輝くそれは、宝石のような美しさを持っていたが、その一方で、なにか禍々しい邪悪な力を秘めているように見えた。
トワリスは、微かに血の気を失った顔で、言った。
「……この結晶、ハイドットだ」
ユーリッドもファフリも、それに同調したように頷く。
ファフリは、強ばった暗い表情を浮かべて、言った。
「それって、ハイドットが、ロージアン鉱山から、河川に溶出したってことよね……。それで、ハイドットの毒素が南大陸中に広がって、その川の水を含んだ生き物たちが、皆、奇病にかかってしまった……」
「……うん。ずっと、気になってたんだ。魔力を吸収する鉱石と、魔力に反応する病に、何か関係があるんじゃないかって。……大当たりだったね。どう生体に作用するかまでは、調べるとなると医療の分野になってしまうけど、原因物質がハイドットっていうのは、間違いなさそうだ」
「……でも、どうしてそんなことが起こってしまったのかしら。誰かが、ハイドットを海や河川に捨てたってこと?」
トワリスは、それを聞いて、何か考え込むようにしばらく俯いていた。
だが、やがて、顔をあげると、ユーリッドを見た。
「ユーリッド、そのロージアン鉱山っていうのは、採掘だけじゃなくて、ハイドットの精錬もしてるんだろ?」
ユーリッドは頷いて、静かに言った。
「……してるはずだ。ハイドットに関しては、全部あの鉱山が取り仕切ってる」
「……そう」
トワリスは、ぽつっと言った。
「それなら、そこで出た廃液は、どうしているんだろうね」
ユーリッドとファフリは、トワリスが言わんとしていることが分かった様子で、黙っていた。
トワリスも、しばらくの間、ついに奇病のことを突き止めることができて、喜ぶべきなのかどうか、複雑な気持ちになって、じっと川を見ていた。
しかし、茂みから鳥が鳴きながら飛び立つと、トワリスは顔をあげて、言った。
「……行こう。考えていても、仕方がない。次の目的地はロージアン鉱山だ」
To be continued....
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