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投稿日:2021年02月23日





 トワリスが城下町の一角にたどり着いた時には、既にほとんどの死体が騎士達によって片付けられていた。

 獣の爪に切り裂かれたような町民達の死体が、布にくるまれて次々と運ばれていく。
それでも尚残る濃い血臭に、トワリスは顔をしかめた。

(……また、獣人の仕業か)

 まだ片付けられていない死体に近づこうとして、不意に誰かに肩を掴まれた。
振り向くと、法衣を纏った小太りの男──大司祭モルティス・リラードが立っていた。

「……召喚師殿への襲撃を含めれば、これで三回目ですな。今回はどう言い訳するおつもりか」

 嘲笑うかのような調子で、トワリスを見つめている。
トワリスも、それに負けじと、頭一つ分ほど高い大司祭の顔を見上げた。

「……何度も申し上げた通り、私は獣人の襲撃には、一切関与しておりません」

 滴るような悪意を隠そうともせずに、大司祭が鼻で笑う。
ちょうどその時、一人の騎士が駆け寄ってきて、敬礼した。

「大司祭様、捕らえた獣人達はいかがいたしましょう」

「……意思の疎通は可能なのか」

「いえ、言葉は理解しているようですが、暴れるだけで答えようとはしません」

 大司祭は、ちらりとトワリスを見て舌打ちすると、厳しい口調で言った。

「ならば殺せ。一匹残らずだ」

「はっ!」

 騎士は再び敬礼し、その場から走り去った。

 大司祭が死体の方を見つめる。
けれど流れ出す血を見た瞬間に、袖で口を覆い、すぐにトワリスの元に戻ってきた。

「……会話も出来ぬような下等な獣人共が、ミストリアからこのサーフェリアに自力で渡れるとは考えづらい。何者かが誘導したと考えるのが、妥当だろう」

 まるで独り言のように呟いて、大司祭はトワリスを一瞥した。

「獣人は、知能の低い生き物ではありません。身体能力には違いがありますが、知能的にはほぼ人間と変わらない生き物です。ですから、獣人にも異国に渡るくらいのことは出来ると思います」

 淡々と言うと、大司祭は苛立たしげに拳を握りしめた。

「まだ言うか! そなたはサーフェリアにいながら、人狼の血を引いている。加えて、この王都シュベルテを恨んでおろう。ミストリアに肩入れする理由は、十分あるのではないか? それとも召喚師殿に何か——」

「召喚師様に関わらないで下さい!」

 思わず強めの口調で言葉を遮ると、大司祭はしてやったりと嫌らしい笑みを浮かべた。
その表情を見て、トワリスはしまったとばかりに押し黙ると、心を落ち着けるべく息を吐いた。

「……私は確かに人狼の血を引いていますが、生まれ育ったのはこのサーフェリアです。出身はシュベルテではありませんが、陛下には五年前に、宮廷魔導師として忠誠を誓った身……サーフェリアを襲わせるなどという愚かな真似、するはずがありません」

 トワリスの声は、震えていた。

「……まあ、よい。このことは陛下も知っておいでだ。明日、覚悟しておくがいい」

 勝ち誇ったかのような態度で言ってから、大司祭はぎろりとトワリスを睨んだ。

「この、穢らわしい売国奴め」

 吐き捨てるようにそう言うと、大司祭は背を向けて王宮の方へ歩いていった。
トワリスは黙ったまま、赤褐色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。




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