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投稿日:2021年02月23日





 

 入り口から差し込む光が見えなくなるまで、三人は、坑道の中を黙々と歩き続けた。

 坑道は、木製の支柱で支えられているようだったが、内部の湿気のせいか、支柱の腐食は激しく、いつ落盤が起きてもおかしくない状態である。
また、岩壁には、所々松明をかける金具が設置されていたが、もうそこには、湿気った古い燃えさしが引っ掛かっているだけであった。

 松明を灯したほうが良いだろうか、と考え始めた頃だった。
前方に、何か光が見え始め、三人は立ち止まった。
一瞬、外に出る道を進んでしまったのだろうかと不安になったのだ。

 しかし、再び歩き始めたところで、その光の正体が分かった。
行った先の坑道の岩壁が、きらきらと輝いていたのである。

「これ、ハイドットの岩壁だ……」

 息を飲んで、ユーリッドが言った。
そこは、岩壁全体がハイドットの結晶で出来ていたのだ。

 ハイドットで出来た坑道は、まるで満天の星空に囲まれた回廊のようだった。
上下左右、全方向から光に照らされ、もちろん松明など不要であったし、ハイドットの岩壁同士が風景を反射し合っていたので、まるで映し鏡の世界に迷いこんでしまった気分になる。
だが、その輝きの向こうは、ハイドットの漆黒がどこまでも続く、闇の空間が遠く広がっているようにも見えた。

 その不思議な回廊を更に進んでいくと、自分たちの足音以外に、どこからか水音が聞こえてきた。

「ここ、すごく狭くなってるから気を付けて」

 先頭にいたユーリッドが、声をかける。
言われて前方を見やると、確かに、ユーリッドがくぐろうとしている穴は、立ったままではとても通れそうになかった。

 精一杯身を屈めて、ユーリッドに続きファフリ、トワリスと、なんとかその穴を潜り抜けると、三人の目の前に広がっていたのは、大きな川だった。
黒々と輝くハイドットの岩壁を削って、穏やかに川が流れているのである。

 それを見た途端、トワリスがさっと前に出て、川の下流に向かって駆け出した。
少し走ると、川が続いているずっと先に、光の点が見える。
ハイドットの光ではない、外へと通ずる光だ。

「この川……いや、排水は、やっぱり外に繋がってるんだ」

 低い声で、トワリスはぽつりと言った。

 ユーリッドたちは、トワリスに追い付くと、同じように外への光を見て、それから排水を見た。
そして、あることに気づき、ユーリッドが怯えた声で言った。

「この水……真っ黒だ……」

 ユーリッドと同じように水面を覗いて、ファフリも背筋が寒くなった。
てっきり、水底のハイドットの漆黒が反映されているだけだと思っていたのだが、そうではない。
この排水は、水自体が、まるで漆のように黒かったのである。

 同時に、既視感を覚えて、ファフリは口を開いた。

「私、この水に見覚えがあるわ」

 トワリスとユーリッドの視線が、ファフリに向く。

「夢の中で、何度も見たの。この真っ黒の水に、沢山の顔が浮かんで、苦しい苦しいって叫ぶのよ。……きっと、カイムはずっと、これのことを言っていたんだわ。私に、この真っ黒な排水が外に流れ出て、川や海や渓流を汚染してるんだって、そう伝えたかったのよ」

 ファフリの言葉に、トワリスは苦しげに息を吐いた。

「……私たちの予想通りだった、ってことだね。ロージアン鉱山では、ハイドットの精錬で出た廃液をそのまま地下水として流していた。それで、その廃液は南大陸を中心とした河川に広がり、それを飲んだ生物たちは皆、奇病にかかったんだ。
これは調べてみないと分からないけど、ハイドットには、神経毒か何かがあるのかもしれない。廃液を体内に取り込んだ者は脳や神経が麻痺して痛みを感じなくなり、かつ、魔力を吸収する性質を持つこの石の成分は、きっと生体に入り込んで尚、魔力を求め続けるんだ」

「じゃあ、やっぱりリーワースが生えてるあの川縁で見つけた黒い物質も、何もかも、ハイドットの廃液が原因だったんだな」

「……ああ」

 トワリスは、返事をしながら、煩わしそうに前髪を掻き上げると、腰に引っ掛けていた荷から細長い小瓶を取り出して、触れないようにしながら排水を少量汲み取った。
サーフェリアに持ち帰るためだ。

 しかし、その瞬間、トワリスの身体が不自然に揺らぎ、そのまま排水の流れる方へ、前のめりになった。
ユーリッドは、トワリスの様子がおかしいことに気づくと、咄嗟に、排水に落ちかけた彼女の身体を抱える。
すると、排水に近づいたのと同時に、これまでとは比べ物にならないくらいのきつい刺激臭が、鼻をついた。
廃液の臭いを吸い込んだのだ。

「──っ!」

 ユーリッドは、慌てて息を止めると、トワリスごとその場から離れ、そのまま二人で、岩壁に寄りかかるようにして倒れこんだ。

 トワリスは、口元を押さえて、咳をしながらその場にうずくまる。
ユーリッドは、寄りかかった状態からなんとか立ち上がろうとしたが、視界がぐらつくほどの強烈な目眩を感じて、思わず岩壁に手をついた。

「二人とも! 大丈夫!?」

 ファフリは、倒れそうになったユーリッドを支えようとしたが、重みに耐えきれず、その身体はどんどん傾いていく。
それでも、倒れこむ前になんとか踏みとどまると、ユーリッドはずるずると背中をこするように岩壁にもたれて、げほげほと咳をした。

「っ、この臭い……毒性が、あるみたいだ……」

 ぐらっと視界が揺れて、目の前が真っ暗になる。

「ユーリッド!」

 ファフリが、焦った様子で何度も名前を呼ぶのが聞こえた。
しかし、答えようにも、喉がはりつくように痛んで、上手く声が出ない。

 ユーリッドの意識は、そのまま眠るように、闇の中に沈んでいった。


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