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投稿日:2021年02月23日




 今が朝なのか、それとも夜なのか。
日の光が届かない鉱山の中では、現在の時刻など分からなかった。
しかし、鉱山に入ってから、もう一日は経過しているだろう。
流石に、これ以上歩き続けるのは得策ではないと、三人はしばらくの間、扉が並ぶ広場で休んでいた。

 休むといっても、長時間強烈な悪臭に曝されているせいで、食事など喉を通りそうもなかったし、まして、くつろごうという気分でもない。
あくまで足を休ませるだけ、という感じであった。

 憔悴したような表情で、ずっと黙りこんでいるファフリを見ながら、ユーリッドが言った。

「……眠れそうなら、寝てもいいんだぞ。奇病にかかった生物も、思いの外いないみたいだし……襲われる心配もなさそうだから」

 ファフリは小さく微笑み、大丈夫だと告げたが、その表情はやはり疲労しきっているようであった。

 トワリスは、周りを見回して、ユーリッドたちのほうに視線をやった。

「そういえば、確かに奇病にかかった奴等がいないね。もっといるかと思ったんだけど……」

「ああ、俺もそう思ってたんだ。気味悪いくらい静かだし……まあ、このまま無事に鉱山を抜けるまで、出てこなくていいんだけどさ」

「……そうだね」

 ぼんやりと返事をして、トワリスは目を伏せる。

(このあと、鉱山を抜けたら……)

 トワリスは、再び目線をあげて、ユーリッドとファフリを見つめると、静かな声で尋ねた。

「……ファフリたちは、鉱山を抜けたらどうするの?」

 二人の顔が、一瞬不安げに歪む。
答えが返ってこない内に、トワリスは再び口を開いた。

「……私は、目的通り任務をこなせたから、故郷に帰ろうと思うんだ」

「…………」

 つかの間、三人の間に、重い沈黙が流れる。
しかし、すぐにユーリッドは笑顔になると、答えた。

「そっか。……ここまでありがとう、トワリス。俺たちは……まあ、南大陸でなんとかやっていくよ。なんだかんだ言って、俺たちの身の上じゃあ、南大陸のほうが安全だと思うしな」

 ユーリッドの明るい表情がひどく痛々しくて、トワリスは、なんと言葉をかけて良いか分からなかった。

 黙っているわけにもいかないが、妙な慰めをするのも気が引ける。
いくらユーリッドとファフリが放っておけないからといって、トワリスは、ミストリアに残るわけにはいかないのだ。

(もう、何もできないだろう……私には……)

 そう自分に言い聞かせて、唇を噛む。

 仮に、自分がミストリアに残ったとしても、南大陸にいることを追っ手に把握されている以上、いつかはまた兵団に襲われることになるだろう。
それ以前に、このまま奇病が広がっていけば、南大陸自体が崩壊するかもしれない。
そうなれば、トワリスにだってどうしようもできないのだ。

 ミストリアには、もうこの子達の居場所はない。

(……じゃあ、サーフェリアは……?)

 そんな考えが、一瞬頭に浮かんで、トワリスは慌てて振り払った。

 サーフェリアに一緒に行こうだなんて、言ってどうするというのか。
サーフェリアには今、獣人を怨む者たちが大勢いる。
そんな人間の国に連れて行ったって、結局ユーリッドのファフリの居場所なんてない。

 押し黙ったトワリスが、何かを言う前に、不意に、ファフリが口を開いた。

「鉱山を抜けたら……私、ミストリア城に戻るわ」

 思いがけない言葉に、トワリスとユーリッドが瞠目する。

「……は……? ファフリ、何言ってるんだ……?」

「ミストリア城に戻るのよ。戻って、この奇病のことを……ロージアン鉱山のことを、お父様にお伝えするわ」

 目を見開いたまま唖然としているユーリッドに、ファフリは、真剣な顔つきで続けた。

「タランさんの手記を読む限り……廃液のことを報告されていたにも拘わらず、鉱山の活動を続けろと命令したのは、ミストリア城──つまり、お父様だわ。でも、私やっぱり、どうしてもお父様がそんなことするとは思えないの。きっと、何か理由があったのよ。だから、私が直接お父様に、ちゃんと伝わるように、言いに行く」

 ユーリッドは、少し青ざめた顔で、ファフリのことを見つめていた。
しかし、やがて何かが切れたようにばっと立ち上がると、声を荒らげた。

「なに馬鹿なこと言ってるんだよ! そんなことしたら、会った瞬間に殺されるに決まってるだろ!」

 ファフリが、びくっと肩を揺らす。
しかしファフリは、ユーリッドと同じように立ち上がると、強い口調で言い返した。

「じゃあユーリッドは、この現状を放っておけって言うの!? いつ廃鉱になったのかは分からないけど、何年もこの廃液を川に流し続けて……これじゃあ、川を塞き止めでもしない限り、ハイドットの廃液はミストリア中にどんどん広がっていくわ。皆が奇病で苦しんでるのに、それを黙って見過ごすなんて、しちゃいけない! 私は次期召喚師なのよ!」

「……っ、次期召喚師、次期召喚師って……!」

 ユーリッドが、ぐっと拳を握って、ファフリを見つめる。
そして、激情をおさめるために、一度息を吸うと、ユーリッドは低い声で言った。

「……ファフリは、召喚師になりたいのかよ……」

「え……?」

 ファフリが、心細げに瞬きをする。

「……この間から、次期召喚師だから、次期召喚師だからって言ってるけど……もし、ファフリが召喚師一族だから民を助けなきゃっていう使命感で、そんなことを言ってるなら、俺はやっぱり賛成できない。召喚師だとか召喚師じゃないとか、そんなの、どうだっていいじゃないか。俺もアドラさんも、ファフリが次期召喚師だから、一緒に着いてきたわけじゃないんだぞ……? ファフリに、生きて幸せになってほしいから、着いてきたんだ」

「…………」

「もちろん、召喚師っていう役割は、やめたいからやめられるってほど甘いもんじゃないって、俺も分かってる。だけど、それでも! そんな召喚師の柵(しがらみ)から解放されてほしいって……普通の民として幸せを見つけてほしいって、お妃様はそう願ったから、ファフリを城の外に逃がしたんだ! ……俺やアドラさんだって、そう思ってるよ。ファフリが笑って、楽しく過ごせる未来があるなら……それを実現させたいって思うから、ここまで戦ってきたんだ!」

 ファフリは、なにも答えない。
ユーリッドは、悲痛そうな表情を浮かべて、更に言い募った。

「ファフリが……奇病のことを見過ごせないって言う気持ちも、確かに分かるよ。でも、俺たちがミストリア城に行ったって、殺されるだけだ。……殺されに行くなんて、俺は絶対認めない」

 最後にそれだけ言って、ユーリッドは再び座りこんだ。
ファフリは、涙を堪えたような表情で、黙ったまま俯いている。

 その時だった。
突然、地面が激しく揺れ始めて、石床がべこりと沈んだ。

「地震……!?」

 立っていられなくなって、体勢を崩したファフリを受け止めると、ユーリッドが叫ぶ。
そして、揺れが止まった、と思った刹那、砕け散った石床の破片が飛んだと思うと、地面から、巨大なモグラのような生物が現れた。

「────!」

 それは、モグラのようではあるが、体表は溶け出した蝋のように皮膚が剥き出しており、前肢に備わった爪は、異常なほど長く、鋭く尖っている。
こんな生物は、見たことがない。

「なっ、これも奇病にかかってるのか……!?」

「でも、魔力なんて使ってないだろ!」

 焦ったように、ユーリッドとトワリスが言う。
その横で、ファフリは、この広場から更に奥へと続く通路を見つめると、はっと息を飲んだ。
通路の向こうに、ファフリともトワリスとも違う、けれど、かつて感じたことのある別の魔力を感じたからだ。

「とにかく逃げるぞ!」

 ユーリッドの掛け声と共に、三人は通路の奥に向かって駆け出した。

 化物は、足先の爪で地面を破壊しながら、凄まじい勢いで突進してくる。
いずれ追い付かれてしまうことは目に見えていたが、隠れる場所などない通路では、とにかく走るしかなかった。

 やがて、化物がすぐ後ろに迫ってきたことを悟ると、トワリスは振り返って、持っていた松明を投げつけ、一気にそれを魔力で爆発させた。
しかし、炎の勢いが足りず、化物の体表には着火しない。

 トワリスは、舌打ちして双剣を抜刀すると、自分めがけて降り下ろされた脚の爪を避けるのと同時に、爪が地面にめり込むのを見るや否や、飛び上がって、化物の背に剣を刺した。
それによって、のけぞった化物の背後に回ると、今度は、ユーリッドが後肢に剣を突き立てる。

 ギャアアッという断末魔が響いて、地面がぶるぶると震える。
そして、傷口から緑色の体液を振り撒きながら、化物が動きを止めたとき、トワリスとユーリッドは、再び逃げに徹するべく、化物から距離をとった。

 しかし、次の瞬間。
三人は、全身にぶわっと鳥肌が立つほどの、鋭い殺気を感じた。
これは、化物から発せられているものではない。
戦闘慣れしたトワリスやユーリッドでさえ、動けなくなるほどの殺気だった。

 まるで、心臓を鷲掴みにされたような、そんな恐怖に縛られながらも、咄嗟に、三人は地面に伏せた。
すると、目の前が光った、と思ったときには、爆音が耳をつんざいて、続いて巻き起こった爆風に、三人は吹っ飛ばされた。

 何が起こったのか分からぬまま、緩慢な動きで顔をあげる。
しかし、しばらくは、突如起きた強烈な光と爆音のせいで、目も耳も使い物にならなかった。

 やがて、肌がちりちりと焼けるように痛みだすと、徐々に全身の感覚が戻ってきて、その時、三人はようやく立ち上がることができた。


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