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投稿日:2021年02月23日




「な、んだったんだ……今の……」

 呆然とした様子で立ち尽くして、ユーリッドが言う。
不思議なことに、周囲を見回すと、先ほどの化物がどこにもいなかった。
忽然と、消えてしまったかのようだ。

 トワリスは、ふと、通路の岩壁が完全に崩れ去っていることに気づくと、ゆっくりとそちらに歩いていった。
どうやら、先の爆発で岩壁の一部が消し飛んだらしい。

 崩壊した岩壁の先には、別の広場──洞窟のような空間が広がっていた。
洞窟の壁には、最初に通った坑道と同じように、所々ハイドットの結晶が形成されている。

(ここは……採掘場……?)

 ふと、鉱山の全体図を見たときに、今いる鉱夫たちの生活圏と、ハイドットの岩壁があった坑道の間に、採掘場があったことを、トワリスは思い出した。
壁が崩れたことで、この通路と採掘場が、繋がってしまったのだろう。

 身を乗り出して、採掘場を見回してから、トワリスは、さっと身構えた。
奥の方に、三人の人影が見えたからである。

 一人は、背の低い猫の獣人、もう一人は、長い黒髪を持った中性的な顔の人物、そして、その真ん中に立つ大柄な鳥人の男は、通常では考えられない量の魔力を身に纏っていた。

(もしかして、さっきの爆発は、この鳥人が……?)

 そうだとしか、考えられなかった。
あの爆発は、相当な魔術の使い手でなければ、起こせないものだ。

 そして、ミストリアでこんなにも膨大な魔力を持つ獣人を、トワリスは、ファフリ以外に一人しか知らない。

 嫌な汗が、じっとりとこめかみに流れる。

 鳥人の男は、鳶色の目を細めて、じっとこちらを見た。

「まだ化物の生き残りがいたのかと思えば……何故、お前たちがここにいる」

 地を這うような、低い声。
その瞬間、トワリスと同様に採掘場に脚を踏み入れたファフリとユーリッドが、目を見開いて、身を凍らせた。

「なっ……どうして……!」

 尋常ではない動揺ぶりで、ユーリッドが後ずさる。
それを最後に、男の鳶色の瞳に捕らえられたまま、足がすくんで、なにも考えられなくなった。

 ファフリは、異常なほど震えた手で口元を覆うと、ひどく怯えた声で、言った。

「お父、様……っ」

 ファフリは、瞠目したまま、その場に崩れ落ちた。
まるで、床に全身を縫い付けられてしまったかのように、声も出なかったし、動けなかった。

 このただならぬ威圧感を感じながら、トワリスは、小声でユーリッドに言った。

「お父様って……まさか……」

 ユーリッドは、小刻みに震える拳をぎゅっと握って、答えた。

「あいつが、リークス王──ミストリアの、現召喚師だ……」

 その瞬間、トワリスも、思わず目を見開いて、再びリークスの方へ視線を向けた。
最悪だ、と思った。
召喚師を相手に、敵うはずがない。

 立ち竦んで、動かない三人を見下ろしながら、リークスは一歩、こちらに踏み出した。
その重々しい足音が、三人を縛る緊張に、更なる重圧を与える。

 このままでは、ファフリとユーリッドは、確実に殺される。
リークスは、まだ一言も発していなかったが、身に纏う雰囲気だけで、それが分かった。

 トワリスは、ぐっと唇を噛むと、足に力を込めた。
とにかく、時間を稼がなければ、と思った。
逃げる時間を──。
逃げる手立てを、考える時間を──。

「────っ」

 震える足で床を蹴って、前に出ると、トワリスはリークスの前でひざまづいた。

「……お初にお目文字つかまつります。私、サーフェリアから参りました、トワリスと申します。ご無礼を承知で、ミストリアの国王陛下に、申し上げたいことがございます」

 切迫した声でなんとか言葉を紡ぎだし、顔をあげると、背後で、ユーリッドとファフリがはっと息を飲む音がした。
リークスも、すっと目を細める。

「サーフェリアだと……?」

「──はい」

 額に、冷たい汗が噴き出してくるのを感じながら、トワリスは言った。

 本当は、たとえ任務が失敗に終わったとしても、自分がサーフェリアから来たことを明かすなんて、したくはなかった。
もしリークスが、サーフェリアに敵意を持っていたとしたら、ファフリやユーリッドだけでなく、自分も確実に殺されるからだ。

 しかし、二人を見殺しにすることなど、今更できない。
仮に、自分が見逃されることになったとしても、二人が殺されるくらいなら、可能性は低いが、全員が生き延びる方に賭けてみようと思った。

 すなわち、今、時間を稼いでいる内に、何かしら手立てを考えて、三人全員でこの場から逃げる、という可能性だ。

 それに、ホウルやファフリの話を聞く限りは、このリークスという召喚師は、サーフェリアに攻撃をしかけようという強い意志があるようには思えなかった。
召喚師である以上、国同士の争いなど起こせば、利益よりも犠牲のほうが多いことなど分かっているだろうし、おそらく、彼がこだわるのは、あくまでミストリア内のことだ。
だったら、むしろ素直に事情を話してみれば、なにか聞き出せるかもしれない。
いわば、これは分の悪い賭けだった。

 リークスが、腹に響くような、太い声で問う。

「……そなた、獣人ではないのか」

 必死に頭を回転させながら、トワリスは、はい、と答えた。

「三十年ほど前に、ミストリアから、何名かの獣人が海を渡って、サーフェリアに来たのはご存知でしょうか。私は、その獣人の内の一人と、人間の混血です。故に、生まれも育ちも、サーフェリアなのです」

 無表情でこちらを見下ろすリークスに対し、声が震えるのを自覚しながら、トワリスは続けた。

「今回、私がミストリアに参りましたのは……南大陸における、奇病の感染者のことです。彼らは、半年以上前から、突如としてサーフェリアに現れるようになり、何人もの人間を襲い、殺してきました。これは、サーフェリアの魔力に誘き寄せられた獣人たちが、ただ偶然に海を渡ってきたのか、それとも、ミストリアが故意に、サーフェリアを襲わせるために獣人たちを送り込んだのか……この、真相を、お聞かせ願いたく、馳せ参じた次第でございます」

 トワリスが言い終わると、不意に、リークスが険しく眉を寄せた。
その鋭い目付きに、トワリスは一瞬身構えたが、リークスが視線を向けたのは、すぐ側にいた、気の弱そうな猫の獣人であった。

「キリス」

 その呼び声と共に、リークスの凄絶な眼差しを受けて、キリスは震え上がった。
キリスは、直ぐ様トワリスの前に飛び出し、床に額を擦り付けるように土下座をすると、弱々しい声で言った。

「もっ、申し訳ございません、申し訳ございません……! どうぞ、お許しください……それは、この私、キリスが故意にしでかしたことでございますっ」

 予想外の展開に、トワリスは目を丸くして、キリスを見た。

「全て、私がやったことなのでございます……! 病にかかった獣人たちを舟にくくりつけ、サーフェリアの方角に向けて、海に放ちました。奴等は刺しても斬っても、死にませぬ。故に、我々では手に負えず、海に流せば、ついでにサーフェリアにとって脅威になるのではと……出来心で! もう、誓って、絶対に致しませぬ! ですから、どうか、お許しください……!」

 キリスは、何度も何度も指の短い手を擦り合わせながら、トワリスに頭を下げた。

 彼の言うことが本当なら、つまり、一連の出来事は、リークスの意思ではなく、このキリスという男が水面下で行ったこと、ということになる。

 思わぬことにトワリスが思考を停止させていると、リークスが、力任せに、キリスの頭を踏みつけた。
みしっ、と嫌な音がして、キリスが短く悲鳴をあげる。
リークスは、苦虫を噛み潰したような顔でキリスを見ると、次いで、トワリスに目をやった。

「サーフェリアに、交戦の意思はあるのか」

 トワリスは、慌てて首を振ると、慎重に言葉を選びながら、答えた。

「い、いえ……ミストリアにそのご意志がないのであれば、サーフェリアも、交戦は望みません」

 そう答えると、リークスは一瞬沈黙して、キリスから足をどかした。
そして、トワリスの横に移動すると、言った。

「……ミストリアも、交戦は望まぬ。獣人を送るような真似も、二度とせぬ。……これで良いな」

 その問いかけに対し、トワリスは、大人しく肯定の意を示すしかなかった。
しかし、まだ肝心なことは、何一つ思い付いていない。

 予想以上に、時間が稼げなかったことに焦って、トワリスが身を起こすと、そのとき既に、リークスの足は、ファフリとユーリッドの方に向かっていた。

 どうにかして、また時間を稼がなければ──。
そう思って、立ち上がると、リークスは、そんなトワリスの心境を察していたかのように、トワリスを眼光鋭く睨み付け、言った。

「──話が済んだのなら、サーフェリアに帰るが良い。私の邪魔をするなら、殺す」

 まるで、全てを見透かすような言葉に、身体が動かなくなる。
それでも、ぐっと唇を噛んで、やむ無く双剣に手をやろうとした、その時だった。
トワリスは、不意に、ぞわっと背筋が泡立ったのを感じた。

 しかし、振り返ったときには、既に遅く。
瞬間、胸から肩にかけて熱い衝撃が走り、同時に、膝が砕けて力が抜けた。

「……っ、かはっ……」

 喉の奥から、鉄の臭いが込み上げてくる。
ごぷり、という嫌な咳と共に、口から鮮やかな血液が滴った。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、胸の内からどんどんと体温が抜けていくのを感じて、トワリスは、すぐに胸部を斬られたのだと悟った。

 自分の名前を叫ぶ、ユーリッドの声がする。
だが、もうそちらを見る力はなかった。

 踏ん張りがきかず、重力のまま地面に倒れ込むと、頭上から、くつくつという笑い声が聞こえてきた。

 黒髪の、男とも女ともつかぬ、中性的な顔が、こちらを覗き込んでくる。
トワリスは、視線だけを動かして、その橙黄の瞳を見つめ返すのが、精一杯であった。

「……親子の対面を邪魔してやるな。出来損ないの娘と、死に損ないの父親、どちらが生き残るのか……見物ではないか」

「……はっ……っ」

 声を出しても、掠れたうめきにしかならない。
トワリスは、とにかく、必死に呼吸を繰り返すことしかできなかった。

 すると、不意に振り返ったリークスが、トワリスたちの方を見た。

「エイリーン殿、あまり手を出さないで頂きたい」

「…………」

 エイリーンは、リークスの言葉に、一瞬不愉快そうに顔を歪めた。
だが、ふと袖を口元に持ってくると、まあ良い、とだけ呟いて、トワリスから離れた。


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