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投稿日:2021年02月23日





「その……サーフェリアの召喚師様は、どんなお方なんですか?」

 いてもたってもいられず、そう尋ねると、リリアナ、カイル、ダナの三人は、それぞれ顔を見合わせて、一瞬沈黙した。
だが、やがてカイルがファフリのほうを見て、躊躇いがちに口を開いた。

「そう、だね……なんていうか、言動を見てると、一見すごく馬鹿っぽい奴なんだ……」

「…………」

「…………」

 ファフリとユーリッドが、真剣な顔つきで息を飲む。
カイルは、続けてなにかを決心したように、言った。

「……で、実際話してみると、本当に馬鹿なんだ……」

「…………」

「…………は?」

 思わず、ユーリッドが間抜け声を出す。
すると、ダナがぶほっと吹き出した。

「まあ要するに、馬鹿ってことだの」

 つかの間、部屋が静寂に包まれる。
そして、一拍置いた後、不安げな表情に逆戻りしたファフリとユーリッドを見て、リリアナが慌てたように付け足した。

「だっ、大丈夫! 馬鹿と言っても、本当は頼れる人なのよ! 確かにちょっと阿呆っぽいっていうか、不真面目なところはあるわ。なんか空気読めないし、うるさいし、正直鬱陶しいし、トワリスにもよく殴られてる。だけど、きっと頼りになるわよ!」

「……姉さん、頼れるという根拠を何一つ言えてないよ」

 カイルが、呆れた様子でため息をつく。
リリアナは、ますます不安そうな顔つきになったユーリッドとファフリを見て、更に焦ったように捲し立てた。

「と、とにかく! 今は、冷めないうちに昼食を食べましょう! お腹が減ってちゃ、なにもできないんだから! 話はそれからよ」

 先程カイルが取り上げたリゾットを持って、リリアナが、ユーリッドとファフリにそれをずいと手渡す。
濃厚なチーズの匂いを放つそれは、二人にとっては未知の食べ物であったが、使われている食材自体は、ミストリアのものとそう違いはないようで、口にすることに抵抗はなかった。

 カイルとダナは、リリアナの勢いに押されて、躊躇いながら皿を受けとるユーリッドとファフリを見て苦笑すると、自分達も、食卓についたのだった。

 リリアナの作ったリゾットは、本人が自信作だと豪語していただけあり、本当に美味しかった。
一口食べれば、身体だけでなく心までじんわりと温かくなるようで、ファフリに食べさせてもらっていたユーリッドも、最初は遠慮がちに食べていたファフリも、途中からは、会話すら忘れて頬張っていた。

 食事が終わり、リリアナが用意した茶で一服すると、ダナは、トワリスに何かあれば知らせるように、とだけ告げて、自宅へと帰っていた。
ここは、リリアナとカイルの家であって、ダナは呼ばれて来ていただけだったようだ。

 そんなダナを見送って、戻ってきたカイルは、ユーリッドの寝台脇の椅子に座ると、小さく嘆息した。

「それで、さっきの話の続きだけど。まずは、ルーフェンを探すってことでいいわけ?」

 その言葉に、食器を回収していたリリアナが頷く。

「いいんじゃないかしら。ここで燻っていても、仕方ないもの。ルーフェン様に相談すれば、きっとどうにかしてくれるわよ」

 リリアナは、幾分か緊張のほぐれてきたユーリッドとファフリに目を向けて、微笑みながら言った。
しかしカイルは、腕を組むと、小さく唸った。

「でもさ、数日前にちょろっと森の方を見てきたけど、やっぱりルーフェンの奴、いなかったよ。あの幽霊屋敷、全然見えなかったし」

 それを聞いて、考え込むようにしながら、リリアナが返事をする。

「そう……。となると、シュベルテのほうにもいないってことね……」

 ファフリは、微かに首を傾けると、カイルに問いかけた。

「サーフェリアの召喚師様は、この近くに住んでいるの?」

 カイルはまあね、と告げて、部屋の窓から見える、小高い山を指差した。

「普段いるのは、王宮なんだけどさ。あそこにほら、山が見えるだろ? あの山に、今は使われてないボロ家があるんだけど、なんかルーフェンの奴、その家を気に入ってて、よくそこに出入りしてるんだよ。つっても、なんの術かけてんだか、ルーフェンが近くにいないと現れない、気味悪い家なんだけどな」

 だから俺たちは幽霊屋敷って呼んでるんだ、とカイルが加える。
リリアナは、その会話を聞きながら、困ったように眉を下げた。

「けれど、いないとなると、どうしましょう。二人のことを助けたいのは山々だけど、私達じゃ、ルーフェン様を探すくらいしかできないし……。トワリスは、どうするつもりだったのかしら。何か聞いてる?」

 そう聞かれて、ユーリッドとファフリは一度顔を見合わせてから、 申し訳なさそうに俯いた。

「いや……俺たちも、逃げるのに必死で、話す余裕なんてなかったんだ。トワリスがサーフェリアから来たことも最近知ったし、そもそも、サーフェリアに渡ったってこと自体、さっき理解したし……」

 ユーリッドの言葉に、リリアナも悲しそうな表情になった。

「ううん、いいのよ。……そうよね、そんな危ない状況だったんなら、仕方ないわ。トワリスも、きっと咄嗟に判断して、二人をここに連れてきたのよ」

 リリアナが、横たわるトワリスを一瞥する。
カイルは、沈んだ雰囲気に似合わぬ淡々とした態度で言った。

「まあ、こうして考えていたところで、結論は変わらないか。とりあえず俺と姉さんは、トワリスが目覚めるのを待ちながら、ルーフェンを探す。で、あんたたち二人は、とにかく身を潜める。特に、黄色っぽいローブを着た魔導師団の奴等と、いかつい鉄鎧を来た騎士団の奴等には、絶対に見つからないこと。ヘンリ村の中だったら心配はいらないと思うけど、それっぽい奴等を見たら、すぐ逃げろよ。あいつらに見つかって、万が一獣人であることがばれでもしたら、教会に知らされて即地下牢行きだからな」

 年下とは思えない、しっかりとしたカイルの物言いに、ユーリッドとファフリが大人しく頷く。
リリアナも、もう少し何か出来ないかと悩んでいたようだったが、やがて、異論はないといった風に首肯した。

「ひとまず、カイル。もう一度、森の方を見てきてちょうだいよ。もしかしたら、今日はルーフェン様が帰ってるって可能性もあるでしょ?」

「……まあ、そうだね」

 カイルは、一度窓の外へと視線をやると、気だるそうに腰を上げた。
それを見て、ファフリもぱっと立ち上がる。

「あの、サーフェリアの召喚師様を探しに行くなら、私も行きたいわ」

 その場にいた全員が、驚いた様子でファフリを見た。
ファフリは、頑なな面持ちで続けた。

「会ってみたいの……私の一族と同じ力を持つ、サーフェリアの召喚師様に。それに、私はちゃんと歩けるもの。リリアナさんとカイルくんばかりに、負担をかけるわけにはいかないわ」

「それなら、俺も行く……!」

 慌てたように口を出して、ユーリッドが起き上がろうとする。
しかしその瞬間、全身に激痛が走って、ユーリッドは顔をしかめた。

 リリアナは、ユーリッドをなだめるように寝台に近づくと、心配そうにファフリを見つめた。

「駄目よ、危険だわ。ファフリちゃんだって怪我が完治したわけじゃないんだし、ここはミストリアではないんだもの。そんな、私達は負担だなんて思ってないから、気にしないで」

「でも……」

 リリアナの言葉に対し、納得がいかないといった表情で、ファフリが口ごもる。
すると、カイルが嘆息して言った。

「俺についてルーフェンを探すくらいなら、いいんじゃない。ヘンリ村の中なら、魔導師や騎士の連中は来ないはずだし。それにあんた、ミストリアの次期召喚師なんだろ? それなら、ルーフェンが近くにいるかどうか、魔力で分かるかもしれない」

「ちょっと、何言ってるのよカイル!」

 リリアナがきっと眉を吊り上げて、カイルを睨む。
カイルは、そんな叱責など物ともしない様子で、リリアナのほうを見た。

「別に問題ないだろ、姉さんは過保護なんだよ。魔導師でもない俺たちじゃ、ルーフェンの魔力を感じ取ったりは出来ないんだし。今は少しでも、ルーフェンが早く見つかる方法をとるべきだと思うけど?」

「そ、それは、そうだけど……」

 言葉を詰まらせるリリアナに、カイルが肩をすくめる。
ユーリッドは、視線だけ動かして、カイルに尋ねた。

「なあ、今、魔導師や騎士はこのヘンリ村に来ないって言ったよな? それって、どういう意味だ?」

 カイルは、呆れたように息を吐いた。

「どうって、言葉通りの意味だよ。ヘンリ村は、王都シュベルテの支配下からは外れている村だからね。魔導師団や騎士団の守護対象からも、当然除外されてるってわけ。だから、ヘンリ村を出ない限りは連中に見つかる可能性も低いし、はっきり言って、ルーフェンを探しにあの山を見に行くくらい、簡単なお散歩みたいなもんだよ。姉さんも大概だけど、あんたも過保護すぎだね」

 カイルの刺々しい物言いに、ユーリッドが思わずむっとする。
しかし、言い返す前にファフリに手を握られて、ユーリッドは、ファフリのほうに視線を移した。

「ユーリッド、お願い。私、足手まといになりたくないの。これまでユーリッドとトワリスには、たくさん守ってもらったんだもの。大したことはできないけど、今度は、私が二人の役に立ちたいわ」

「ファフリ……」

 ユーリッドは、不安げな面持ちで、しばらくファフリを見つめていた。
しかし、やがて目を伏せると、わかった、と小声で呟くように言った。

 ユーリッドの返事が決まると、カイルは、リリアナに視線を戻した。
リリアナは、少しばつの悪そうな表情を浮かべた。

「まあ……ユーリッドくんが良いって言うなら、良いわよ」

「あっそ」

 カイルは、そっけなく返すと、続いてファフリを見る。

「んじゃ、さっさと行くよ。言っておくけど、勝手な行動はしないでよね」

「う、うん」

 ファフリが頷いて、さっさと歩き始めたカイルの後を追う。
ユーリッドは、二人が扉から出ていって消えるまで、その後ろ姿を心配そうに見つめていた。


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