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投稿日:2021年02月23日





 行きよりもゆっくりと下山し、リリアナの家に戻ってくると、扉の前に、ユーリッドが立っていた。
朝焼けに照らされたその表情には、ひどく疲れが滲んでいる。
しかし、その視線は忙しなく周囲を探っているようで、どこか落ち着かない様子だった。

 ファフリは、慌ててユーリッドに駆け寄った。

「ユーリッド、どうしたの? まだ立っちゃ駄目だよ、安静にしてないと……」

 ユーリッドは、ファフリの姿を認めると、一瞬安堵したように表情を和らげたが、すぐに転げるように走ってくると、眉をつり上げて怒鳴った。

「どうしたの、じゃないだろ! どこ行ってたんだよ!」

 ファフリが、びくりとして体を縮める。
よく考えてみれば、何も告げずに家を出てきてしまっていたのだ。
心配をかけて当然の状況だった。

「ご、ごめんなさい……サーフェリアの召喚師様を探しに、山に行っていたの」

 ユーリッドは、それを聞くと、溜めていた息を長々と吐き出して、その場にへろへろとへたり込んだ。

「……それならそうと、言ってくれよ……。起きたら、隣にいたはずのファフリがいなかったから、俺はてっきり、何かあったんじゃないかと……」

「ご、ごめんね。夜中だったし、ユーリッドを起こしちゃいけないと思って……」

 言いながら、憔悴しきった顔つきのユーリッドを見て、ファフリの胸に、じわじわと罪悪感が湧いてくる。
同時に、なんともいえない暖かさが心に広がってきて、ファフリはユーリッドの手をきゅっと握った。

 まだ全身傷だらけで、立つのも辛いだろうに。
格好が寝巻きのままであることから察するに、ユーリッドは、ファフリの不在に気づいてすぐ、寝床から飛び出してきてくれたのだろう。
それが、とても嬉しかったのだ。

 おぼつかない足取りのユーリッドを補助して、家の中に戻ろうとすると、勢いよく扉が開いて、リリアナとカイルが出てきた。

「ああ! よかった、ファフリちゃん、見つかったのね!」

「……はい。騒いじゃってすみません。召喚師を探しに、山に行ってたみたいで」

 車椅子を操作してこちらに向かってきたリリアナに、ユーリッドが説明する。
どうやら、ユーリッドだけでなく、リリアナやカイルにも心配をかけてしまっていたらしい。

 申し訳なくなって、ファフリはすぐに頭を下げた。

「勝手なことをしてしまって、本当にごめんなさい……。夜に目が覚めたら、あの山に明かりが見えたの。それで、もしかしたらサーフェリアの召喚師様がいるかもしれないって思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃって……」

 ファフリがそう言うと、リリアナとカイルは、驚いたように目を見開いた。

「明かりって、本当に?」

 カイルの問いに、ファフリが頷く。

「うん。でも、見つかったのはお屋敷だけで、明かりも見当たらなかったし、きっと私の見間違いだったんだわ。それか、魔導師の人と会ったから、その人が使ってた焚き火とか松明の明かりを見て、屋敷から出ている光だと勘違いしたのかも……」

 それを聞くと、リリアナは訝(いぶか)しげに眉をひそめた。

「待って。その魔導師の人って……魔導師団所属の?」
 
「え? う、うん……」

 怪訝そうに見つめられて、ファフリは思わず言葉を濁した。

「……多分、そうだと思うわ。前にカイルくんが言っていたような、黄色いローブを着ていたし、魔導師団の方ですかって聞いたら、そうだって答えていたもの」

 その答えを聞いて、リリアナとカイルの表情が、ますます不可解そうに歪む。
カイルは、一度リリアナと顔を見合わせると、ファフリに視線を戻して言った。

「そいつ、本当に魔導師だったの? 前にも言ったけど、ヘンリ村の付近にシュベルテの奴等が来ることなんてそうそうないし、あの山は、それこそヘンリ村の奴でも近づかないような場所だよ。夜中に、魔導師がうろついてただなんて、正直信じられないんだけど」

「…………」

 改めてカイルに指摘されて、ファフリは考え込んだ。
確かに、言われてみれば、何故魔導師があんな真夜中に、人気のない外れの山にいたのだろうか。
巡回しているようにも見えなかったし、そもそも、空腹で倒れるような状態で彷徨(うろ)いていたなんて、よく考えれば違和感しかない。

 もしかして、魔導師だというのは嘘だったのではないだろうか。
そんな不安に駆られて、ファフリはおずおずと顔をあげた。

「そう、ね……ローブを見て、魔導師だって思い込んじゃったんだけど、確かに、ちょっと怪しい男の人だったかも……。何日も空腹状態だったって言ってたし、なんか怖い冗談とか言ってくるし、急に触ってくるし……」

「触る!?」

 大人しく話を聞いていたユーリッドが、驚いて声をあげた。

「さ、触るって……大丈夫か? ファフリ、何か変なことされたのか?」

 本気で動揺したユーリッドに、ファフリは急いで首を横に振った。

「あっ、別に、何か嫌なことをされた訳じゃないの。ただ、初対面なのに距離が近かったから、ちょっとびっくりしただけで……」

「それ、全然大丈夫じゃないだろ……」

 その“男”とやらを怪しむように、ユーリッドが言う。
一方のリリアナとカイルは、なんとも言えない表情で、ファフリに話の続きを促した。

 ファフリは、昨晩のことを思い出しながら、続けて言った。

「でも本当に、嫌な感じはしない人だったのよ。怪しいって言うよりは、不思議って表現の方が合ってるのかな。雰囲気も普通じゃなくて、あと、すごく綺麗な人で……。私も、最初はちょっと変だなって思ったけど、すごく優しかったし、悪い人だとは思わなかった」

「…………」

 リリアナは、みるみる悩ましそうな顔つきになると、ファフリに問いかけた。

「あ、あの、ファフリちゃん……もしかしてその人って、こう、肩につかないくらいの銀髪で、瞳は銀色だった……?」

「え? うん、そう……銀髪だったわ。そういえば、瞳も銀色だった。リリアナさん、知り合いだったの?」

 きょとんとした表情で聞き返してきたファフリに、リリアナとカイルは同時にため息をついた。
状況が飲み込めず、二人の様子を伺うユーリッドとファフリに、カイルは言った。

「……知り合いもなにも、そいつがルーフェンだよ。お目当ての、サーフェリアの召喚師だ。銀の瞳といったら、召喚師一族の証だし、間違いない」

「えぇ!?」

 ユーリッドとファフリの驚きの声が、見事にそろった。
 
「だ、だけど、それが本当なら、どうして召喚師様が一介の魔導師の格好なんてしていたの? しかも、あんな真夜中に一人で出歩いて……普通、そんなことは許されないでしょう……?」

 同じ召喚師の血を継ぐ者として、戸惑いを隠せないファフリに、カイルが呆れたように答えた。

「だからさ、あいつは普通の召喚師じゃないんだって。召喚師らしい威厳とか風格なんて、ルーフェンにはあってないようなもんだ」

「とにかく、自由がお好きな方なのよ。ルーフェン様は」

 続けて、リリアナが苦笑する。
ファフリは、それでも信じられないといった面持ちで、リリアナとカイルの話を聞いていた。

 もしミストリアで、ファフリが夜中に一人で抜け出そうものなら、城中大騒ぎになって、家臣たち総出で捜索が行われるだろう。
追われる身となった今では、当然家臣たちに心配されるようなことはないのだろうが、ミストリアではそれほど、召喚師とは重要視されている存在なのだ。

 王族と召喚師一族が、同一視されているか否かという点でも明らかだが、サーフェリアとミストリアでは、同じ召喚師と言えど、置かれる立場がかなり違うようだ。

 そこまで考えて、ファフリはあることを思い出すと、はっと顔をあげた。

「あっ、そうだ! 王都に行かないと!」

「王都って……シュベルテ?」

 尋ねてきたリリアナに、ファフリが頷く。

「昨晩、その……ルーフェン様に、言われたの。召喚師に会いたいなら、シュベルテにおいでって。そうしたら会えるからって」

 それを聞くと、リリアナは、考え込むようにして俯いた。

「そう……。魔導師だと偽ったりして、ルーフェン様がなにを考えてるのかは、相変わらず分からないけど、本人がそう言ってるなら、シュベルテに行くべきよね……」

 でも、と口ごもって、リリアナは申し訳なさそうに眉を下げた。

「本当なら、一緒に着いていって、シュベルテまで案内してあげたいところなんだけど……ごめんね。私達ヘンリ村の人間は、できれば王都には顔を出したくなくて……」

 言いづらそうにそう告げたリリアナに、カイルが口を開きかける。
しかし、何も言うなという風に目配せされて、カイルは押し黙った。

 二人の訳ありげな雰囲気に、ファフリが何を言うべきか探していると、不意に、ユーリッドが口を開いた。

「──大丈夫。それなら、俺とファフリで行きます。王都はここから近いみたいだし、確かにサーフェリアのことはよく分からないけど、きっとなんとかなる」

 そう言いきったユーリッドに、ファフリが心配そうに言った。

「でも、ユーリッドはまだ怪我が全然治ってないのに……。駄目だよ、私一人で行くわ」

 ユーリッドが、にっと笑った。

「いや、一緒に行こう。平気だよ、俺、身体は頑丈だから。正直、そのサーフェリアの召喚師っていうのも、なんか怪しいし……。俺は、ファフリの護衛なんだから、これ以上寝てられない」

「ユーリッド……」

 ファフリは、頷くことができず、ユーリッドを見つめたまま、しばらく黙っていた。

 ひどく、不安だったのだ。
サーフェリアには、父王リークスはいないと分かっているけれど、もし、また何かに襲撃されて、自分のせいでユーリッドが致命傷を負ってしまったら──。
そう考えると、不安で不安で堪らなかった。

 だがそれは、きっとユーリッドも同じ気持ちなのだ。
先程ファフリを心配して、扉の前でずっと帰りを待っていてくれたことを考えると、ユーリッドもまた、たとえ己の命をなげうつことになっても、ファフリには傷ついてほしくないと、そう願ってくれているのかもしれない。
そう思うと、また一人で行くとは言えなかった。

 長い沈黙の末、ゆっくりとファフリが頷くと、ユーリッドはほっとしたようにうなずき返した。
それを見ながら、両手を合わせて、リリアナが深々と頭を下げる。

「協力するって言ったのに、本当に本当にごめんね! 二人とも、絶対に無理はしちゃ駄目よ。シュベルテに行ってみても、ルーフェン様が見つからなかったり、危ないと思うようなことがあったら、すぐに帰ってきてね。私、お昼ご飯作って待ってるから!」

 早口で言ったリリアナに、改めて礼を述べる。
それからファフリは、黙ったまま、気まずそうな顔をしているカイルに微笑みかけて、向き直った。

「ありがとう……。私達のことは、心配しないで。リリアナさんとカイルくんこそ、もし、私達がいない間に誰か来ても、私達のことは知らないって言ってね」

 ファフリの言葉に、リリアナが一瞬悲しそうな表情を浮かべる。
しかし、すぐに分かったと頷くと、ファフリとユーリッドの手を固く握った。

「私達は、ファフリちゃんとユーリッドくんの味方だからね! また、いつでも頼ってね。帰り、絶対待ってるから」

 リリアナの瞳に浮かぶ、澄んだ光を見つめながら、ユーリッドとファフリは再度お礼を言った。

 二人は、一度家の中から荷物とってくると、シュベルテへと向かう準備を始めた。


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