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投稿日:2021年02月23日






 ユーリッドとファフリは、ヘンリ村から小さな山を一つ越え、リリアナたちにもらった地図を頼りに、シュベルテへと向かった。

 獣人としての特徴は、頭巾と外套で隠し、怪しまれない程度に、周囲を警戒しながら歩いていたが、人間たちは、道行く赤の他人など気にも止めないらしい。
二人は、昼前には、シュベルテの入口である東門にたどり着いた。

 シュベルテは、巨大な防壁で外郭を覆われた、扇状に広がる大きな街だ。
その防壁には、東西南北それぞれに門があり、その門から続く大通りを北へと上がっていくと、王宮にたどり着ける。
また、防壁沿いの道や大通りには、沢山の露店が並んでおり、街全体に、ミストリアの王都ノーレントとは比べ物にならないほどの、大規模な市場が展開されていた。

 目が回りそうなほどの人混みに揉まれながら、ユーリッドとファフリは、ひとまず王宮のほうへと向かっていた。
はぐれないよう、ユーリッドがファフリの手を引いていたが、密度が高すぎて、すれ違う度に人とぶつかるので、疲労から手がちぎれそうであった。
これなら、険しい山道を進む方が、まだましだとさえ思う。

「……ファフリ、そのルーフェンとかって言う奴とは、どこで会えるんだ?」

「わ、わかんない……」

 喧騒に飲まれないよう、大きな声で問いかけるユーリッドに、ファフリが困ったように返した。

 正直、王都とは言っても、ノーレントほどの規模だろうと思っていたから、こんなに大きくて人が多い街だとは思わかなかったのだ。
昨晩出会った、ルーフェンと思しき男の口ぶりからしても、まるで簡単に会えるような言い方であったから、ファフリもあまり気にしていなかった。
しかし、よく考えてみれば、時間も場所も決めずに、こんな巨大な街で、目当ての人物と会えることなど、ほとんど不可能に近い。

 一旦、シュベルテから出ようとも思ったが、一度入った人混みから抜けることは困難で、思うように動くこともままならない。
海の真ん中に、突如放り込まれたかの如く、二人は、しばらく人の波の間で揺れているしかなかった。

 やがて、流されるままに大通りを登っていくと、少し開けた広間に出た。
そこは、市場通りとはまた違う、殺伐とした熱気に包まれている。

 広間の中心で、何か催し物でも行われているのだろうか。
そう思って、なんとか背伸びして様子を伺おうとしたユーリッドだったが、そのとき、すぐ隣にいた人間たちの話し声を聞いて、ぎくりとした。

「おい、獣人の処刑だってよ!」

「ほんとかよ! 俺、本物の獣人を見るの初めてだ!」

 その興奮したような声は、ファフリの耳にも入ったらしい。
二人は、思わず顔を見合わせると、無理矢理人の間を縫って、前のほうにせり出した。

 目の前に、かろうじて広間の中心部が見える位置まで進むと、人と人の間から、特別に設けられた処刑場が見えた。

 石床にうずたかく積まれた薪と、その上に突き出す一本の太い金属棒。
そこに鎖で縛り付けられていたのは、紛れもない、二人の獣人だ。
彼らは、ぐったりとして、死んだように動かなかった。

(…………)

 あの獣人たちは、トワリスやリリアナの言っていた、サーフェリアに襲来した獣人なのだろう。
人間たちからすれば、罪もない町人を襲った憎悪の対象。
しかし、ユーリッドとファフリの目には、奇病にかかった挙げ句、キリスによって異国へと流されてしまった、哀れな同胞としか映らなかった。

 二人は、殺到する見物人を抑え込む騎士達の声を聞きながら、ただ呆然と、目前の光景を見つめていた。

「──これより、蛮行を働いた罪で、獣人の処刑を行う!」

 処刑場の横にいた騎士から宣言がなされると、それまでざわついていた見物人たちが、一斉に口を閉ざした。
興奮と好奇が混ざったような眼差しは、一様に、縛られる獣人たちに向けられている。

 騎士が、鉄鎧に包まれた右手を、大きく振り上げ、張りつめた緊迫感の中、静かに下ろす。
その瞬間、脇に控えていた魔導師が、大量の薪に魔術で火を放ち、すると、獣人たちは、あっという間に炎に飲まれた。

「────っ!」

 刹那、広間全体に炎の熱気が広がり、続いて、獣人たちの断末魔と、見物人たちの喚声がわき上がる。
奇病が進行してしまった獣人は、もう痛みや苦しさなど感じないだろうから、この断末魔は、おそらく魔術に反応して暴れているだけなのだろう。
だが、その悲痛な叫びをあげる姿は、焼き焦がされる苦痛に、見悶えているようにしか見えなかった。

 程なくして、再び処刑場の脇に控える騎士が、口を開いた。

「──静まれ! 大司祭、モルティス・リラード様からのお言葉である!」

 その言葉と共に、見物人たちの前に姿を現したのは、紫を基調とした祭服を身に纏う男──モルティスだった。

 モルティスは、燃え盛る獣人たちを背に立ち、大きく手を広げると、見物人たちに語りかけた。

「諸君! 此度の処刑をこのように面前で行う理由は、他でもない。我が国の民が、この野蛮な獣人共の毒牙にかかり、犠牲となってしまったが故だ! 皆も知っての通り、西国ミストリアの醜悪な奸計(かんけい)により、罪もない我ら人間の尊い命が、失われたのだ!」

 その力強い声に同調して、再び見物人たちがざわつき始める。
そのざわめきは全て、獣人によって引き裂かれた町民を思う声であり、また、ミストリアを非難する声でもあった。

 モルティスは、背後でもがき苦しむ獣人たちを一瞥すると、自然と浮かんだ笑みを隠しもせずに、再び口を開いた。

「我らが全知全能の女神、イシュカル神は、かつて、世界に存在する四種族を隔絶することで、世に平穏をもたらした。その神より定められし聖なる均衡、隔たりを侵し、異国へと攻めこんできた獣人共の罪は、万死に値する! 故に我らは、このサーフェリアに侵入した獣人共を全て捕らえ、裁き、そして残るは、今ここで処されている二匹のみ! その鋭い牙と爪を以て、我らを脅かしていた獣人の脅威は、ようやく去るのだ!
イシュカル教会は、ミストリアの恫喝どうかつに屈することなく、戦い続けることを、改めてここに宣言する!」

 朗々とした力強いモルティスの演説は、見事に見物人たちの心を奮い立たせた。

「野蛮な獣人には死を!」

「サーフェリアに永久の繁栄を!」

 わき上がった歓声が広間に木霊し、見物人たちの熱気は、ますます膨れ上がっていく。

 その異様な盛り上がりの中で、怒りのような、悲しみのような複雑な感情を抱えながら、ユーリッドは、ただ燃え尽きようとする同胞を見つめていた。
しかし、ふと、傍らにいるファフリが、辛そうに耳を塞いでいるのを見て、強く彼女の腕を引いた。

「……行こう。ここを離れよう、ファフリ」

 疲弊しきったような表情で顔をあげたファフリが、微かに頷く。
そうして、人の波から抜け出そうとした時。
何かが軋むような、嫌な音がして、ユーリッドは再度処刑場に目をやった。

 ぎしぎしと、獣人たちがもがき動く度に、何かが音を立てている。
それが、獣人たちを縛る鎖から出ているものだと気づくと、ユーリッドは硬直し、瞠目した。

「……まずい、あんな弱い鎖じゃ……」

 ユーリッドの呟きに、ファフリも反応する。
二人は、その場にいる誰もが気づいていない、処刑場の異変を感じとると、思わずその場に立ち尽くした。
──獣人を、金属棒にくくりつけている鎖が、弱すぎるのだ。

 もちろん、処刑されているのが人間であれば、問題ない強度の鎖ではあるのだろう。
だが、二人もの獣人を押さえつけておくには力不足だと、火を見るより明らかであった。

 獣人にも、様々な特徴を持った者がいるが、力の強い者であれば、細い鎖など簡単に引きちぎってしまう。
そういった獣人の特性を、人間は理解できていないのである。


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