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投稿日:2021年02月23日






 いまいち事態が飲み込めず、唖然としていたファフリだったが、そうなっているのは、ファフリだけではなかった。
その場にいた全員が、突然現れたルーフェンを、ぽかんとした表情で見つめていたのだ。

 しかし、そんな空気は長くは続かず。
ジークハルトは、ずんずんとルーフェンに近づいていくと、おびただしいほどの殺気を纏って言った。

「……おい、お前、今までどこほっつき歩いてた」

 その低く、どすの利いた声に、近くにいたファフリも、思わず固まる。
しかしルーフェンは、全く物怖じしない様子で、呆れたように言った。

「だからさぁ、ジークくん恐いって。四六時中そんな鬼の形相でいたら、皆に嫌われちゃうよ?」

「その呼び方やめろっつってんだろ!」

 ジークハルトが、ルーフェンを鋭く睨みつける。
それとは対照的な態度のルーフェンは、からからと楽しげに笑った。

「えー、長い付き合いなんだし、別にいいじゃん。ジークハルトくんって、なんか長くて呼びづらいんだもん」

「だもん、とか言うな気色悪い。串刺しにするぞ、この阿呆召喚師!」

 もはや、じゃれあいなのかどうか分からない不穏な二人のやりとりに、ますます混乱が広がる。
ルーフェンは、それでも調子を崩さず、平然と周囲に告げた。

「まあまあまあ、皆、とりあえず落ち着いて。ほら、ハインツくんとそこの少年も、喧嘩はやめて。穏便にいこうよ」

 ルーフェンの言葉に、ハインツの攻撃がぴたりと止むと、ファフリは、慌ててユーリッドの元に駆け寄った。
ユーリッドは、腹を押さえながら片膝をついたが、ひとまず大丈夫だという意思をファフリに伝えた。

 ルーフェンは、続けて辺りを見回し、未だに燃え続ける処刑場や、焼け焦げた獣人の死体などを見遣ると、最後にモルティスのほうへと歩いていった。

「……なんだか妙に騒がしいと思って来てみれば。これはどういうことでしょう? 獣人の処理は魔導師団の職務であり、私の管轄です。街中で公開処刑を行うなど、全く聞いていなかったのですが?」

「…………」

 モルティスは、気に食わないといった表情を隠しもせず、しばらくルーフェンを睨んでいた。
しかし、やがて小さく鼻で笑うと、綽々しゃくしゃくとした態度のまま、肩をすくめて見せた。

「これは失礼、召喚師殿。しかし、我ら教会と騎士団が最も優先すべきことは、民達の心身を護ること。民達が今、求めるのは、襲い来る脅威に勇敢に立ち向かい、打ち倒す勇士なのです。他国を恐れ、足踏みをしているだけの守護者ではありませぬ」

 モルティスの明らかな皮肉に、ルーフェンは薄い笑みを浮かべた。

「……お戯れを。確かに仰る通り、最優先事項は民の守護ですが、陛下が提示された二月は、まだ経っておりません。それにも拘わらず、貴殿は独断で魔導師団を動かし、このような場を設けられた。これは、陛下と私、双方の意向を無視したことと同然であり、王族と召喚師一族をないがしろにしたととられてもおかしくはない行為ですよ。それが分からない貴殿ではないでしょう? ……守護、というよりは、何か別の思惑がおありのように感じてしまうのは、私だけでしょうか?」

 忌々しそうに顔をしかめて、モルティスが目を細める。
そうして、両者共に、しばらく睨み合っていたが、やがて、ルーフェンが何かを思い出したように、ぽんっと手を打った。

「ああ、そういえば」

 ごそごそと自分の懐を漁って、小さな女神像の首飾りを、モルティスの前に出す。
その瞬間、モルティスが初めて表情を崩し、ぎょっとした様子で目を見張った。

 ルーフェンは、顔面に微笑みを貼り付けたまま、悠々と述べた。

「この前、貴殿のお友達が私の元に来ましてね。呪われた悪魔使いだとか騒ぐし、急に斬りつけてくるしで、随分物騒なお友達だったので、それなりの対処をさせてもらいました」

 ルーフェンは、モルティスの側に寄ると、小さな声で言った。

「……貴殿が、腹の底で何を思おうが自由ですが、あまり目立つ真似はしないほうがいいと思いますよ。イシュカル教会が、召喚師の暗殺を目論んでいる……なーんて噂がおおやけに広まってしまったら、流石にまずいでしょう?」

「…………」

 ルーフェンは、小像の首飾りを奪おうと伸びてきたモルティスの手をかわすと、一歩下がった。
そして、首飾りを懐にしまいこむと、にこりと笑った。

「獣人の件に関しては、私に一任頂けますね?」

 選択権のないその問いに、モルティスが小さく舌打ちする。
そして、やむを得ず眉根を寄せると、周囲に散らばっていた騎士達に声をかけた。

「……行くぞ」

 騎士達は、びしっと直立して姿勢を正すと、列を整えながら、モルティスの指示に従う。
そうして、王宮の方へと撤退していく一団を見送ると、ルーフェンは、くるりと振り返って、ユーリッドとファフリのほうを見た。

「さーてと。これで二人の命運は俺次第ってことになったけど。そっちの男の子は手当てが必要そうだし、ひとまず王宮においで」

 穏やかな口調で言われて、ユーリッドとファフリは、周囲を見回した。
騎士団が去った今でも、見物人たちが未だに騒ぎ立てながら、こちらの様子を伺っている。

 ルーフェンが、片膝をつくユーリッドに手を差し出そうとしたとき。
それを制して、ジークハルトが厳しい声で言った。

「おい待て。こんな得たいの知れない奴ら、王宮に招き入れてたまるか」

「えー、大丈夫大丈夫。だって、大体素性は見当ついてるし。ね?」

 ルーフェンに視線を投げられて、ユーリッドとファフリは、一瞬言葉を詰まらせた。

 暗に、早く素性を明かせと言われているのだろうが、そう易々と正体を明かして良いのか、分からなかったのだ。
だが、リリアナたちの話では、警戒するべきは教会側の人間であり、ひとまずは召喚師であるルーフェンを頼るようにと言われていた。
それに、下手に正体を隠すような真似をして、再び敵対視されては敵わない。

 そう思い直すと、ユーリッドは、眼光鋭く睨んでくるジークハルトを一瞥して、ゆっくりと立ち上がった。

「……えっと、俺はユーリッド。こっちはファフリで、ついこの前、ミストリアから渡ってきたんだ」

 続いて、ファフリが一歩前に出ると、ルーフェンを見た。

「私、ミストリアの次期召喚師なんです。昨晩、少しお話ししたからご存知だとは思うんだけど、ずっと、サーフェリアの召喚師様を探してて……」

 そのとき、ジークハルトが、持っていた短槍──ルマニールを一転させると、ファフリをかばうように前に出たユーリッドの首元に、その穂先を突きつけた。

「……そんなことは分かってんだよ。何故、どうやってサーフェリアに来た。言え」

「…………」

 凄まじい剣幕で睨まれて、思わず息を飲む。
ユーリッドは、じっとりと全身に冷や汗が流れ出してくるのを感じながら、口を開いた。

「……これまでの経緯は、話すと長くなる。それに、誰彼構わず話してもいいっていう内容じゃないんだ。でも、俺達は決して、サーフェリアに害を成すつもりで来た訳じゃない。ここに来た経緯も、盗み聞きされるような心配がない場所でなら、ちゃんと話すよ」

 ジークハルトの眉間の皺が、さらに深くなる。
本当に喉を掻き斬られるのではないかと、ユーリッドはひやひやしたが、次に口を開いたのは、ルーフェンだった。

「確かに、ここじゃあ誰が聞いてるか分からない。懸命な判断だよ。……それなら、聞き方を変えよう」

 ちらりと笑って、ルーフェンが口の端を上げる。

「君達をここに連れてきたのは、誰だい?」

 まるで、誰かと一緒に来たことを分かっていたかのような口ぶりに、ユーリッドは目を見開いた。
ファフリは、左耳の耳飾りに触れると、ユーリッドと目を見合わせてから、答えた。

「……トワリスよ」

 その一瞬だけ、ジークハルトが目を細める。
傍らに佇んでいたハインツも、仮面で隠されて表情は分からなかったが、動揺した様子でユーリッドたちを見た。

 その緊張状態のまま、五人は、しばらくの間沈黙していた。
だが、やがて、ジークハルトが嘆息すると、ユーリッドに突きつけていたルマニールをどかした。

「……なるほどな。なんとなく、状況が読めた。それで、連れてきた張本人は何してる」

 ジークハルトの問いに、ファフリが眉を下げる。

「トワリスは、ひどい怪我をしてて……もう三日も眠っているわ。お医者様は、そろそろ目を覚ましても良いはずだって仰っていたけど……。今は、リリアナさんたちが──」

「いや、いい」

 ファフリの言葉を遮って、ルーフェンが口を出した。

「場所まで言わなくてもいい。生憎、俺も君達も、敵が多いからね。ユーリッドくんの言う通り、これ以上は聴衆が少ない場所で話した方がいい」

 こくりと頷いて、口をつぐんだユーリッドとファフリを見てから、ルーフェンは、今度はハインツのほうに視線をやった。

「ハインツくん、トワを王宮に連れてきて。トワの居場所は、さっきの話でわかるね? ……で、ジークくんは、ユーリッドくんとファフリちゃんを王宮へ。俺も、この場を収めたらすぐに行くから」

 ハインツが、無言で首肯する。
ジークハルトは、返事の代わりに鼻を鳴らすと、ルマニールの発現を解いた。

 ルマニールは、ジークハルトによる重金属の合成魔術で産み出された、魔槍である。
その具現化、消失は、ジークハルトの意のままに操れるのだ。

 ルーフェンは、軽い口調に戻ると、最後にユーリッドとファフリを見た。

「そういえば、こちらの自己紹介がまだだったね。あの大きいのがハインツで、こっちの目付き悪いのがジークハルト・バーンズ。二人とも、トワと同じ、王宮に仕える宮廷魔導師だ」

 ルーフェンは、にこりと微笑んだ。

「そして、俺がルーフェン・シェイルハート。昨晩は偽ってしまったけれど、正真正銘、このサーフェリアの召喚師だよ。以後よろしくね」



To be continued....


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