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投稿日:2021年02月23日






 次にトワリスが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。

 ゆっくりと目を開けると、自分の顔をユーリッドとファフリが覗き込んでいて、トワリスは目を瞬かせた。

「……ユー、リッド? ファフリ?」

 トワリスが名前を呼ぶと、二人は顔を見合せ、嬉しそうにはにかんだ。

「トワリス! おはよう!」

 ファフリが声をあげて、トワリスの首元に抱きつく。
ユーリッドも、目に安心したような光を宿して、ほっと胸を撫で下ろした。

「大丈夫か? 傷は痛まないか?」

 抱きついてくるファフリの背中を撫でながら、トワリスは苦笑した。

「ありがとう、大丈夫だよ。ユーリッドとファフリは? 怪我、治ったの?」

 二人は、もう一度顔を見合せてから、微笑んで頷いた。

「ああ。正直、痛いところはたくさんあるけど、俺は大丈夫。すぐ良くなるよ」

「私も、二人に比べたら、大した怪我なんてしてなかったし……。サーフェリアに来たあとね、リリアナさんとカイルくんが、とっても良くしてくれたの。王宮でも、ルーフェン様がひとまず泊まっていっていいって、客間を用意してくださったし、私たちは平気よ」

「そっか……」

 あどけない笑顔で、そう言ってくるユーリッドとファフリを見て、トワリスは、心が暖かくなるのを感じた。

 リークスに殺されてしまうかもしれないと思い、あの時、咄嗟に判断して、二人をサーフェリアに連れてきてしまったが、獣人であるユーリッドたちを、サーフェリアに連れてくるなんて、後々多くの問題が出てくるだろう。
それでも、こうしてまた笑い合う二人を見ていたら、あの時の判断は、間違っていなかったのだろうと思えた。

「……リリアナたちにも、ちゃんと後でお礼を言いに行かなきゃな」

 そう呟いて、トワリスが身を起こそうとすると、すぐ隣から大きな手が伸びてきて、起き上がるのを助けてくれた。
あまりにも静かなので気づかなかったが、ハインツが傍らで座り込んでいたらしい。

 ハインツは、トワリスが寄りかかっていられるように、壁と背の間に枕を挟み込んでくれた。

「ハインツ……久しぶり。ずっとついていてくれたの?」

 優しく尋ねると、ハインツはこくりと頷いた。
それから側の机にある深皿と木匙を取ると、トワリスに渡す。

「起きたら、食べさせろって、言われた」

 相変わらずの、ぼそぼそとした小さな声で言われて、深皿を受け取ると、中には粥が入っていた。
トワリスがいつ目覚めるか分からなかったから、少し前に用意したのだろう。
粥は、作りたてというよりは、生温くなっている。
だが、少量木匙ですくって食べると、心なしか懐かしい味がして、鼻の奥がつんとした。


「そういえば、二人は? なにか食べた?」

 ふと思い付いて、トワリスが問うと、ファフリが身を起こして頷いた。

「ええ、侍女さんに用意してもらって、頂いたわ」

「そう。ならいいけど……」

 ファフリの返事を聞いて、トワリスは、安堵の息を漏らした。
いくら獣人が相手とはいえ、流石に王宮も、いきなり食事に毒を盛るような軽率な真似はしていないらしい。

 歓迎はされていないにせよ、ファフリとユーリッドは、一応宮殿に引き入れられているのだ。
王宮側も、今のところは、ファフリたちを他国の要人、あるいは、トワリスと共にミストリアの事情を把握する、重要な参考人くらいには認識しているようだ。

 トワリスが食べ終わると、ユーリッドとファフリは、サーフェリアに渡ってきてから、王宮に至るまでの経緯を話した。
トワリスは、黙って二人の話を聞いていたが、一通り話が終わると、申し訳なさそうに言った。

「そうか……二人とも、ごめん。いきなりサーフェリアに連れてきた挙げ句、ちゃんと説明もできないまま、私だけこんなに寝込んじゃって……。ただですら、この国じゃ獣人は敬遠されてるっていうのに、司祭達にまで正体がばれたってなると、私たちと教会のいざこざにまで、貴方達を巻き込むことになっちゃうね」

 ユーリッドが、首を横に振った。

「なに言ってるんだよ。トワリスがいなきゃ、俺たちは確実にミストリアで死んでたんだ。そもそも、俺たちが先にトワリスを巻き込んじゃったんだし、そんなこと、気にしないでくれ」

 それに同調して頷き、ファフリも柔らかい笑みを浮かべた。

「そうよ。トワリス、本当にありがとう。……それに、召喚術のこととか色々お話ししてみたくて、ルーフェン様にお会いしたいって思ったのは、私よ。いつまでも、リリアナさんたちにお世話になって、隠れているわけにはいかなかったし、サーフェリアに来た以上、こうして王宮にご挨拶することになるのは、必然だったのだと思うわ」

「それは、そうかもしれないけど……」

 不安げに俯いて、トワリスは、言葉をこぼした。

 挨拶をして、二人のサーフェリアへの滞在が許されるのならば、もちろんそれが一番良いだろう。
だが、この状況では、よほど上手く立ち回らない限り、国王や教会がユーリッドとファフリを認めるとは思えなかった。

 トワリスも、入手してきた情報──此度のサーフェリアへの獣人の襲来は、宰相キリスが独断で行ったことであり、召喚師リークスには、交戦の意思はなかったのだということを、当然提示するつもりではある。
しかし、たったそれだけでは、国王も教会も納得しないだろう。
そもそも、売国奴と疑われていたトワリスへの信用は、今のサーフェリアにおいて、ないに等しい。
トワリスの意見など無視し、ユーリッドとファフリを殺した方が、不安要素の排除という意味でも、ミストリアの戦力を削ぐという意味でも、よほど有益なように思えた。

(……巻き込みたくなかったけど、やっぱり、ルーフェンさんの力を借りるしか……)

 そう考えたところで、トワリスはふと顔をあげると、寝台横に座るハインツの方を見た。

「ところで、ルーフェンさんって、今どこにいるの?」

 ハインツは、むっくりと起き上がると、扉の方に歩いていった。

「……ルーフェン、呼んでくる」

 言いかけて、ハインツが取っ手に手をかけた瞬間。
部屋の外側から、勢いよく扉が開けられて、ハインツの顔面に直撃した。

 ハインツ以外の三人の注目を浴びながら、扉を開けて入ってきたのは、ちょうど話題に出ていた、ルーフェンだった。

「えっ、なになに、皆でお出迎え? ……あ、ハインツくん、ごめん」

 立ったまま、無言で顔面をおさえるハインツに、ルーフェンが軽い口調で謝る。
それから、持っていた手提げ籠(かご)をファフリに渡すと、笑顔で言った。

「はい、これプレゼント。食べていいよ、ファフリちゃん」

「あ、ありがとうございます……」

 戸惑いながら受け取った籠の中には、一口サイズの焼き菓子が入っていた。

 食べていいよ、などと言ったにも拘わらず、その籠から数枚焼き菓子をとると、それをぽりぽりと食べながら、ルーフェンはトワリスの寝台にどかりと座った。

「……あの、なんですか、それ」

 トワリスが冷めた目付きで言うと、ルーフェンはにこりと笑った。

「なにって、クッキーだけど。街で遊……巡回してたら、露店のお姉さんがくれたんだよね。だから、様子を見がてら、ファフリちゃんにもお裾分けをしようかと。トワも食べる? はい、あーん」

「いるか!」

 伸びてきたルーフェンの手を払って、トワリスが怒鳴り付ける。
この男は、どうしていつもこう緊張感がないのかと考えると、頭が痛くなった。

 ルーフェンは、部屋の真ん中にある長椅子を、ユーリッドとファフリに勧めた。

「ほらほら、二人も食べなよ。美味しいよ。……あ、残り十枚だから、ユーリッドくんが食べていいのは二枚ね」

「なんでだよ」

 思わぬ差別にユーリッドが突っ込むと、ルーフェンはからからと笑った。

「えー、だって俺はファフリちゃんのために持ってきたんだし、野郎に贈り物する趣味はないしー」

「…………」

 いまいちルーフェンの扱いに困りながら、ひとまずユーリッドとファフリは、長椅子に腰かける。
そんな二人を見ながら、トワリスは呆れたようにため息をついた。

「……まあ、いいです。ちょうど良かった。ファフリたちのことで、話があるんです、ルーフェンさん」

 トワリスがそう告げると、ファフリとユーリッドは顔をあげ、扉の側に佇んでいたハインツも、再び寝台横に来ると、その場に座り込んだ。
ルーフェンは、焼き菓子を食べていた手を止めた。

「話って、何の?」

「俺たちが、サーフェリアに来た経緯と、今後どうするかって話だよ。昨日、獣人の処刑場で騒ぎがあったときに、ちゃんと説明するって言っただろ」

 ユーリッドが答えると、ルーフェンは、ああ、と声を漏らして、寝台に座り直した。

「……そういえば、まだ聞いてなかったね。いいよ、話して」

 ユーリッドとファフリ、トワリスの三人は、それぞれ互いの話を整理しながら、これまでの旅のことを、ルーフェンに詳しく語った。
ルーフェンは、珍しく横槍をいれることなく、静かに聞いていたが、話が終わる頃には、どこか退屈そうな表情をしていた。

「ふーん……それで、ファフリちゃんは、奇病に冒されたミストリアを、どうにかして救いたい、と」

「はい」

 ルーフェンの取りまとめに、真剣な顔つきで、ファフリが首肯する。
その傍ら、腑に落ちない面持ちのユーリッドを、ルーフェンはじっと見つめていた。

 トワリスは、微かに身を乗り出した。

「とにかく、一時的にリークスから身を隠すためにも、ファフリたちがサーフェリアに滞在することを、陛下に許可してもらいたいんです。だからまずは、ミストリアには、サーフェリアと交戦する意思はないんだってことをお伝えして、なんとか、ファフリたちに敵意はないってことを証明したいんですけど……」

 続いて、ファフリが口を開いた。

「キリスがサーフェリアに獣人を送って、ルーフェン様や人間たちを襲わせたっていうことに関しては、本当にごめんなさい……。簡単に許してもらえることじゃないって、分かってるわ。だけど、ここで両国が敵対しても、犠牲が増えるだけで、サーフェリアにとっても良いことはないと思うの。厚かましいことをお願いしてるっていうのは重々承知だけれど、もし、サーフェリアにいることを許してくださるなら、もう二度と、サーフェリアには迷惑をかけないって誓うわ」

 ルーフェンは、しばらくつまらなさそうに肘をついて、ぼんやりと話を聞いていた。
だが、やがて寝台から立ち上がると、ぐっと伸びをした。

「……まあ、どうしても陛下を説得したいっていうんなら、今のトワとファフリちゃんの言い分を、明日の審議会で話せばいいよ。ミストリアに敵意はありませんよー、争うよりもミストリアに恩を売っておいたら得ですよーって。ハイドット云々に関する証拠は、ちゃんとあるんだろう?」

 ルーフェンに尋ねられて、トワリスは頷いた。

「はい。私が持ってきた荷物の中に、ちゃんと入ってます」

 そう言って、リリアナの家から、トワリスと共にハインツが運んできてくれた荷物を示す。
ルーフェンは、小さく欠伸をすると、ふうっと息を吐いた。

「そう。じゃあ、奇病のこととかハイドットに関しては、ちゃんと信憑性があるっていうんで信じてもらえるだろうし、そんな感じで、とりあえず明日、頑張って説得してみればいいんじゃない?」

「いいんじゃない、って……」

 あまりにも軽いルーフェンの受け答えに、トワリスが眉をしかめる。
確かに、ユーリッドたちをサーフェリアに連れてきてしまったのは、トワリスの勝手な判断だし、ルーフェンからしたら、そんな厄介事に付き合う義理はないのかもしれない。
だが、仮にも話を聞こうと承諾したなら、もう少し、ちゃんと受け答えするなり、助言をくれたりしても良いのではないだろうか。


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