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投稿日:2021年02月23日
ルーフェンは、不満げな表情で黙ったトワリスには目もくれず、ファフリに話しかけた。
「そんなことよりさ、ファフリちゃんって、いくつなの?」
「じゅ、十六、ですけど……」
「へえー、じゃあ、ちょうど俺の十個下か。いやぁ、まさかミストリアの次期召喚師が、こーんな可愛い女の子だったとはねえ。獣人っていうと、皆、筋骨隆々としてる印象だったし、てっきり、むっきむきのおっさんかと思ってたよ」
ははっと笑うルーフェンに、ファフリが曖昧な微笑みを返す。
明らかに困った様子のファフリだったが、そんなことには構わず、ルーフェンは話し続けていた。
しばらくは、そうしたルーフェンの一方的な雑談を見守っていたトワリスだったが、やがて、耐えかねたように、厳しい口調で言った。
「あの、いい加減にしてください」
ルーフェンが、ぴたりと口を閉ざす。
トワリスは、ルーフェンを睨むと、不機嫌そうに言った。
「そうやってふざけるのも、大概にしてください。こっちは、真剣に話してるんですよ。少しは真面目に聞いたらどうなんですか」
「…………」
ルーフェンは、微かに目を細めると、トワリスのほうを見つめた。
そして、小さくため息をつくと、含み笑いした。
「……真面目に、ねえ……」
そう呟いてから、天井の方をじっと見つめる。
そうしてルーフェンは、いらいらとした様子のトワリスに再び向き直ると、肩をすくめた。
「じゃあ、真面目に聞くけどさ。……トワは、なんでユーリッドくんとファフリちゃんを、わざわざ生かして連れてきたわけ?」
瞬間、トワリスの目が、大きく見開かれる。
ユーリッドとファフリも、苦い顔つきになると、トワリスを見た。
「そ、それは……」
口ごもったトワリスに、ルーフェンは、追い討ちをかけるように言った。
「まさか、同情して助けたとか言わないよね? ……君は一体、何のためにミストリアに渡ったの? 敵国と見なされたミストリアを、探るためだろう。それなのに、その次期召喚師を救うために動いてるなんて、それこそ、場合によっては売国奴と指差されてもおかしくない」
「…………」
言葉を失ったトワリスから視線を外し、ルーフェンは、続いてファフリに目をやった。
「ファフリちゃんも、さっき、ミストリアの現状をどうにかしたいとか言ってたけど、それってつまり、父親であるリークス王を殺して、王位を簒奪するってことだよね?」
「え……」
動揺の色を見せたファフリに、ルーフェンは呆れたように苦笑した。
「なに、その意外そうな顔。だって、そうだろう? ミストリアの情勢を変えるのも、サーフェリアに対して協力体制をとるのも、国王でなければできないことだ。つまり、君は自分の父親を殺して、ミストリアの統治者として君臨するつもりなんだと思ったんだけど、違うの?」
「…………」
ファフリは俯いて、つかの間、床の一点を見つめていた。
だが、やがて、ルーフェンと目線を合わせると、弱々しい口調で言った。
「……確かに、一番確実なのは、その方法なのかもしれない……。だけど、私には召喚術の才能がないし、お父様には、きっと勝てないわ。……でも、でもね、私のお父様は、ミストリアのことを、本当に強く想っているお方なの。だから、今回の奇病のことも、サーフェリアのことも……ミストリアのためになることだからって言えば、私の話を聞いて下さると思う」
「……それ、本気で言ってる?」
びくりと身体を揺らしたファフリに、ルーフェンは嘲笑するように言った。
「お父様は、国を強く想っているから? 綺麗事すぎて、反吐(へど)が出るね。俺は、ファフリちゃんのことも、リークス王のこともよく知らないけど、話を聞く限りじゃあ、とても話を聞いてくれるような父親には思えないんだけど。現に、話を聞いてくれなかったから、こうして殺されかけて、サーフェリアまで逃げてきたんだろう? ねえ、ユーリッドくん」
突然話を振られて、ユーリッドが顔をしかめる。
ルーフェンは、ふっと笑みをこぼして、続けた。
「君はさっきから、ずーっと浮かない顔しているけど、ファフリちゃんの意見に対して、何か言いたいことでもあるんじゃないの?」
「…………」
ルーフェンを睨む、ユーリッドの顔つきがますます険しくなる。
しかし、そんなことには構わず、ルーフェンは再びため息をつくと、更に言い募った。
「全く、どいつもこいつも、現実味のない夢物語ばっかりで、笑っちゃうね。悪いけど、勝率の低い賭けに出るほど、サーフェリアも馬鹿じゃないんだ。確かに、獣人襲来の件は一度水に流して、ミストリアに恩を売っておくと言うのも、まあ、損な話じゃない。だけどそれは、ファフリちゃんが確実に国王として即位し、いずれ恩を返してくれることを前提として考えたときの話だ。……でも、実際はどう? ファフリちゃんには、父親を討つ覚悟もない。それどころか、ユーリッドくんと、意見の擦り合わせすら出来てない。とてもじゃないけど、ミストリアをどうこう出来るとは思えないし、そんな君達に手を貸したところで、サーフェリアに得があるとも思えないんだよね。明日までは、俺の権限で君達を生かすことはできるけれど、審議会でどう判断されるかは、また別の話だよ。……正直俺は、君達を生かすより、殺してしまった方が、よほどサーフェリアにとっては良いと思ってる」
涙をこらえているような顔で、押し黙っているファフリを、ルーフェンは見つめた。
「……残念ながら、優しさと正義感だけの無能な召喚師なんて、不必要なんだ。いい加減、現実を見て、どういう心持ちで在るべきなのか、考えた方がいい。……ああ、それとも、もう現実を見るのは嫌になったのかな?」
ルーフェンは、寝台の脇に、荷物と共に置いてあったトワリスの双剣を一本抜くと、それをファフリの喉元に突きつけた。
それには、流石にユーリッドとトワリスも表情を強張らせたが、ルーフェンはそれを無視して、続けた。
「ねえ、ファフリちゃん。もう死んだほうが楽になるんじゃないかと、思ったことはない?」
ファフリの瞳が、ふっと揺れる。
その鳶色の瞳を見て、ルーフェンは口の端を上げた。
「君を逃がすために、犠牲になった人達の気持ちを考えると、言い出せなかっただろう? 君は悪くないとか、生きていてもいいとか、そういう言葉はかけられたことがあったとしても、死んでいいよって言ってくれる人は、いなかったんじゃない?」
「…………」
「……望むなら、今ここで、俺が君を殺してあげるよ」
そう言って、ルーフェンが、ファフリの喉元に、ぐいっと刃を押し付けたとき。
ユーリッドが、力任せにルーフェンの胸ぐらを掴み上げて、壁際に追いやった。
勢いのあまり、ルーフェンが取り落とした剣が、床に落ちて、金属音を響かせる。
だんっ、と背中を壁に打ち付けて、ルーフェンは、思わず呻き声をあげた。
「ってて……ったく、この馬鹿力──」
「お前、ふざけんなよっ!」
ルーフェンの言葉を遮って、鋭い怒声を放つ。
ユーリッドは、ルーフェンの胸ぐらを掴む手に、ぎゅっと力を込めた。
「さっきから黙って聞いてりゃ、急になんなんだよ! そんな、追い詰めるような言い方、しなくたっていいだろ!」
つかの間、痛みに顔を歪めていたルーフェンだったが、ユーリッドの怒りの表情を見ると、ふっと鼻で笑った。
「……追い詰める? 俺は、言われた通りに、真面目に意見しただけなんだけど。なに、全部図星だった?」
「……っ」
ユーリッドは、ぎりっと歯を食い縛って、俯いた。
「……確かに、お前の言ってることは、正しいよ……」
ぽつんと呟いて、目を伏せる。
「だけど、実の父親に命を狙われて、城から逃げてきて……。そんな苦しい状況でも、ファフリは必死に前を向いて、悩んで、生き延びようとしてきたんだよ! それをそんな風に、簡単に分かったみたいに言うな!」
激しい、けれどどこか悲しさを孕んだような口調で言われて、ルーフェンは一瞬口をつぐんだ。
しかし、すぐに可笑しそうに眉をあげると、意外そうに言った。
「……へえ、ただの護衛かと思ったら、随分とファフリちゃん想いなんだね。でもこれは、一時休止のきく子供の追いかけっこじゃないんだ。召喚師同士の争い、場合によっては、他国との関係をも揺るがす、大事だよ。君みたいな甘っちょろい思考の持ち主が、口を出せるような簡単な事態じゃない。君が思っているよりずっと、ファフリちゃんの置かれている立場は重いんだ。ファフリちゃんは、君とは違う。ミストリアの、次期召喚師なんだ」
「……だから、何だよ」
低い声で言い返して、ユーリッドは、再び顔をあげた。
「召喚師だから、なんだよ。召喚術が使えるってだけで、召喚師ってのは、心まで強くなるのか? ……少なくとも、ファフリは違う。ファフリは、俺たちと一緒で、泣くし、悩むし、誰かに助けを求めたくなることだって、あるよ」
ユーリッドは、胸ぐらを掴む手から少し力を抜くと、まっすぐにルーフェンの目を見た。
「俺は、召喚師みたいな強い力は持ってない。でも、ただの護衛だから引っ込んでろって言われて、簡単に引き下がれるわけあるか。なんと言われようと、ファフリが望む限り、俺は口も出すし、手も出すよ。ファフリは、次期召喚師である前に、俺の大切な幼なじみだ。助けようとして、何が悪い!」
「…………」
はっきりと、ユーリッドはそう言い放った。
ルーフェンは、そんなユーリッドを見つめていたが、やがて、意地の悪い笑みを浮かべると、突然、ユーリッドの狼の耳をわし掴んだ。
「隙あり!」
「ぶぎゃっ!」
短い悲鳴をあげて、ユーリッドがルーフェンから跳ぶように離れる。
ルーフェンは、ようやく解放された襟元を正しながら、満足げに言った。
「いやー、一回でいいから、触ってみたかったんだよね。ユーリッドくんの、その耳」
「お、おまっ、いきなり何して……!」
耳をおさえながら、ユーリッドが動揺して、ぱくぱくと口を動かす。
先程までの緊張感は、どこへやら。
ルーフェンは、からからと笑った。
「きゅ、急に耳を掴むとか、お前、失礼にも程があるだろ!」
「ぇえー? 昨日助けてあげた、命の恩人である俺に対して、胸ぐらを掴んでくるほうが失礼だと思いまーす」
飄々と言ってのけるルーフェンに、ユーリッドが抗議しようとしたとき。
突然、腹に太い腕が回されたかと思うと、ユーリッドは、ハインツの右腕に軽々と持ち上げられた。
「なっ、離せ!」
咄嗟に、ハインツに殴りかかろうもするも、それを見ていたルーフェンが、ユーリッドに向けて指先を動かす。
すると、まるで両手首を石で固められてしまったかのように、腕が重く、動かなくなった。
「はいはい、暴れなーい。それ、鎖じゃないんだから、力ずくじゃとれないよ」
「はあ!?」
脚をじたばたさせながら、ユーリッドがルーフェンを睨む。
ハインツは、そんなユーリッドを抱え直すと、続いて、長椅子の上で呆然としていたファフリを、左の小脇に抱えた。
「おいっ、ファフリにまで何するんだよ!」
抵抗を続けるユーリッドを横目に、ルーフェンは咳払いすると、楽しそうに言った。
「明日まで客室に泊まらせてあげようと思ってたけど、なんかユーリッドくんが反抗的だし、二人は今晩、地下牢に閉じ込めます」
「なっ……!」
ユーリッドとファフリの表情に、焦りが浮かぶ。
ルーフェンは、悔しそうなユーリッドに顔を近づけて、続けた。
「言っておくけど、逃げようとか考えても無駄だよ? 王宮には、俺も宮廷魔導師もいるんだから、大人しくしててね。明日、審議会の時間になったら、迎えに行ってあげるから。じゃ、ハインツくん、あとよろしくー」
そう言って、ルーフェンが部屋の扉を開けると、ユーリッドとファフリを両脇に抱えたハインツが、どすどすと足音を立てて部屋を出ていこうとする。
しかし、その途中で、ルーフェンが何かを思い出したように、ファフリを見た。
「ああ、そういえば、ファフリちゃん。行く前に一つ、良いことを教えてあげるよ」
ハインツが立ち止まって、ルーフェンとファフリの目が合う。
ルーフェンは、微かに目を細めると、静かに言った。
「君はさっき、召喚師として才能がないと言っていたけれど、召喚術を使うのって、本当はとても簡単なんだよ。つまり、君は召喚術が使えないんじゃない。使わないんだ」
ファフリは、眉をしかめると、覇気のない声で返した。
「……そんなはず、ないわ。まだ城にいたとき、皆に、早く召喚術を身に付けろ、身に付けろって言われて、私、たくさん練習したもの。でも、本当に、使えるようにならなきゃって思ってたけど、全然できるようにならなかった」
「使えるようにならなきゃっていう焦りと、使いたいという欲望は違うよ、ファフリちゃん」
ルーフェンは、薄い笑みを浮かべて、ふうっと息を吐いた。
「ねえ。君は……自分の父親が、召喚術を行使する姿を、見たことがある?」
ファフリの返事を待たずに、ルーフェンは続けた。
「見たことがあるとしたら、君はその時、どう思った? 悪魔の力で、敵を蹴散らすその力を見て。自分も、あんな風になりたいと思った? それとも、恐ろしいと思った……?」
「…………」
ファフリの目が、わずかに見開かれる。
その瞳に宿る、不安定な光を見ながら、ルーフェンは言った。
「地下牢は、とっても静かなところだ。考えごとがあるなら、捗ると思うよ。……それじゃあ、また明日ね」
ユーリッドが文句を言おうと口を開く前に、ハインツが再び歩き出す。
ファフリは、遠くなっていくルーフェンの姿を、ぼんやりと見つめていた。
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