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投稿日:2021年02月23日




 ハインツたちが出ていってしまうと、トワリスが我に返って、ルーフェンに言った。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」

「んー?」

 間延びした声で返事をして、ルーフェンが振り返る。
トワリスは、寝台の上で、今にも転げ落ちそうなほど前のめりになっていた。

「地下牢って、それじゃあ、扱いが罪人と同じじゃないですか……! ユーリッドとファフリが、一体何をしたって言うんです! 二人をサーフェリアに連れてきたのは、私です! 責任は取りますから、だから──」

「トワ、落ち着いて」

 取り乱すトワリスを見て、ルーフェンは、深くため息をついた。

「責任とるって、なに? 今度は、ユーリッドくんとファフリちゃんを連れて、三人で亡命でもするつもり?」

「……っ」

 トワリスの顔から、みるみる血の気が失せていく。
ルーフェンは、小さく肩をすくめて、扉の取っ手に手をかけた。

「君も、頼むから余計なことはしないでね。まあ、その怪我じゃ、大したことは出来ないだろうけど。わかった?」

 それだけ言い捨てると、ルーフェンも、部屋を出ていってしまった。

 先程まで騒がしかった室内に、しん、と静寂が訪れる。
トワリスは、しばらく扉の方を見つめていたが、ひゅっと息を吸うと、思わず口元を手で押さえた。

 国王、教会、そして召喚師──。
この三勢力が、ファフリたちの排除を望んでいるというなら、審議する理由など、どこにあるというのか。
ファフリたちは、確実に殺される──明日の審議会は、死刑宣告も同然である。

(どうしよう、私が、連れてきたせいで……)

 別に、最初からルーフェンを宛にしていたわけではなかった。
ルーフェンも、サーフェリアの召喚師であるし、自らの国を守るために、危険な侵入者を消そうとするのは当たり前のことだ。
しかし昨晩、心配いらないとトワリスに告げていたから、てっきり、ルーフェンは味方をしてくれるものだと、心のどこかで安心してしまっていたのかもしれない。

 もしかして、昨晩ルーフェンがこの部屋に来たのは、夢だったのだろうか。
そんな考えに至るも、机にある溶けた蝋燭を見て、トワリスはその考えを振り払った。
トワリスが眠るとき、わざわざ明かりを持ってきてくれるのは、ルーフェンしかいない。

 初めから、ファフリたちを殺すつもりでいたなら、どうしてルーフェンは、トワリスに心配いらないなどと言ってきたのか。
流石に一晩で意見が変わった、ということはないだろうし、昨晩からのルーフェンの態度の一変ぶりは、やはり不自然だ。

 その時、不意に、何か気配が動いたような気がして、トワリスは顔をあげた。
本当に、微かな気配だ。
普段なら、気のせいだったかと思い過ごしてしまいそうなほどの、わずかな気配。

 だが、トワリスは、先程ルーフェンが、一瞬だけ天井を気にしていたことを思い出すと、はっと目線をあげた。

──そうすれば、きっと君が心配しているようなことにはならないから。

──君も、頼むから余計なことはしないでね。

 記憶の糸を手繰って、ルーフェンの言葉を思い出す。
トワリスは、天井を見つめて、微かに瞠目した。


  *  *  *


 地下牢に到着すると、ハインツは、ユーリッドとファフリを、牢の中に放り投げた。
とんできたファフリを咄嗟に受け止めて、ユーリッドは、大声で言った。

「おい、待ってくれ!」

 鉄柵をつかんで、牢の錠を閉めるハインツを見る。

「ルーフェンが言ってた、明日の審議会って、俺たちを殺すか生かすかってことか? 明日の、いつから?」

 早口で捲し立てたユーリッドに、ハインツは、返事をしなかった。
黙ったまま、しっかり牢の鍵が閉まったかを確認すると、ユーリッドを一瞥して、そのまま去っていく。

 ユーリッドは、その後ろ姿を見送ると、はぁっとため息をついて、納得いかない様子で言った。

「……ったく、いきなりなんなんだよ。ルーフェンのやつ、昨日まで普通に話してたのに、急に掌返したみたいにして……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、その場に座り込む。
続いてユーリッドは、向かいで俯いているファフリに気づくと、慌てたように言った。

「ファフリ、大丈夫か? あんなやつの言うことは、気にするなよ。ルーフェンは、俺たちのこと、よく知らないんだし……」

「……うん」

 か細い声でそう答えてから、ファフリは、膝を抱えてその場に座った。

「……でも、ルーフェン様の言ってることは、その通りだなって思ったわ」

「…………」

 ファフリの言葉に、思わずユーリッドが言葉を詰まらせる。
ファフリも、同じように黙りこんで、抱いた膝の間に顔を埋めた。

 この地下牢には、二人の他に、誰もいないらしい。
一度話すのをやめてしまうと、石壁に設置された灯りに、ふらふらとたかる虫の羽音が、微かに聞こえてくるだけであった。

 しばらく沈黙が続いたあと、ふと、ファフリが顔をあげた。

「……ユーリッド。私ね、ルーフェン様の言う通り、子供の頃に、お父様が召喚術を使ったところ、見たことがあるんだ」

 はっと目をあげたユーリッドに、ファフリは続けた。

「……八歳か、九歳くらいの時だったかな。臣下の一人に、ずっとお父様に楯ついていた獣人(ひと)がいたらしくて、お父様は、彼を召喚術で殺してしまったの。遠くから見ただけだったけど……すごく、怖かった。いつか、私もあんなことをしなければならないのかしらって思ったら、本当は、とても嫌だった」

「…………」

 黙って耳を傾けるユーリッドを、ファフリは見つめた。

「でも別に、召喚師になりたくなかったわけじゃないの。一方で、国を統率して護っているお父様を、尊敬していたし、私も召喚師になったら、頑張ってミストリアをもっと素敵にしようなんて、夢見てたこともあったのよ。……笑っちゃうよね。今じゃ私、ミストリアの役立たずな邪魔者なのに」

 ユーリッドは、気まずそうに口を開いた。

「……もし、こんな風に命を狙われたりしていなければ、その夢を、まだ叶えたいって思うのか?」

 ファフリは、一瞬考えた後、薄く笑みを浮かべた。

「……どう、かな。なんかもう、色々分からなくなっちゃった。もちろん、ミストリアから奇病がなくなって、皆が幸せになれたら、嬉しいよ。……でも、その時にミストリアを統治している国王は、私であるべきなのかな……?」

「ファフリ……」

 悲しげに顔を歪ませたユーリッドを見てから、ファフリは、目を閉じて、湿った石壁に寄りかかった。

「……ユーリッド。私、本当はね。お父様とお話ししたの、ロージアン鉱山で襲われたあの時が、初めてだったんだ」

「…………」

「産まれてから、私のお世話をしてくれていたのは、乳母のメリルさんと、侍女や教育係の皆で……お父様とは、ほとんど関わったことがなかったの。……お見かけしたとしても、御簾(みす)ごしよ。おかしいでしょう? お父様はミストリア想いだとか、尊敬してるだとか、散々言っていたくせに、本当は私、お父様がどんなお方なのか、よく知らないのよ」

 ファフリは、小さく鼻をすすった。

「……だからね、お父様に命を狙われているって知ったとき。びっくりしたけれど、同時に、ああ、やっぱりそうだったんだって、冷静に受け入れられたの。だって、これまでお父様は、私と一度も会おうとしてくれなかったんだもの。……自分が愛されていないのは、薄々、気づいていたわ」

 ファフリは、目を閉じたまま、再び膝の間に顔を埋めた。

「でも私は……そのことを、どうしても認めたくなかった。それでね、お父様は責任感の強い、立派な召喚師だから、きっと、娘の私よりミストリアを優先したんだって、勝手にそう思い込んだの。私のことを捨てたんじゃなくて、ミストリアのために、仕方なくそうしたんだって。お父様のことをよく知らないくせに、そうやって無理矢理言い聞かせて、弱い自分の存在を、正当化したんだよ。……馬鹿みたいだよね。私はずっと、夢物語ばかり語って、現実から目をそらしてきたんだよ」

 目頭が熱くなって、涙が出そうになった。
今、こんな情けない顔で頭をあげたら、きっと、ユーリッドは困った表情になるだろう。
いつもそうだ。
小さい頃から、ファフリが泣くと、ユーリッドは焦ったような、困ったような顔になってしまう。

 ファフリは、すっと大きく息を吸うと、精一杯笑顔を作って、顔をあげた。

「ごめんね、今更こんな話して。ユーリッドは、これ以上お父様に関わるのは危険だって、前々から忠告してくれていたのに、その度に、私がそんなはずないとか言って、振り回して。……本当に、ごめんね」

 そう言って、ユーリッドの顔をみたとき、ファフリは驚いた。
ユーリッドが、押し黙って、涙を流していたのである。

 ユーリッドは、涙をぬぐいもせず、声もあげることなく。
ただただ悲しそうに、静かに泣いていた。


To be continued....


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