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投稿日:2021年02月23日




†第一章†——安寧の終わり
第一話『隠伏いんぷく


 ファフリが目を覚ましたのは、真夜中だった。
扉の向こうから、誰かの足音が近づいてくる。
こんな夜更けに誰だろうかと、ファフリは静かに身を起こした。

「……姫様」

 軽く扉が叩かれて、聞き慣れた声が耳に入る。
ファフリはその声に喜びの色を浮かべると、慌てて手櫛で羽毛の混じる髪を整えた。

「ユーリッド? どうぞ」

 そっと扉が開き、燭台を持った人狼の少年が入ってきた。
その後ろに、更に鷲の頭を持つ大男と、妃の姿を認めて、ファフリは目を見開いた。

「アドラさん、お母様まで。どうしたの?」

 思いの外、深刻そうな表情で入ってきた三人に、ファフリは問うた。
真夜中の訪問という時点で、何か重要なことなのだろうという見当はついていた。

「ファフリ、身体はもう大丈夫?」

「はい、大丈夫です。少しまだ頭痛がするけれど、きっと朝には元気になると思う」

「そう、それなら良かった」

 重々しい雰囲気を振り払う様に、ファフリはにこりと笑って答えた。
けれど妃のいつもとは違う、まるで病人のように青白くやつれた顔を見て、すぐに黙り込んだ。

「……ファフリ、よくお聞きなさい。今から言うことは、とても大切なことです。母の一生の願いと思って、言う通りにするのです」

 ファフリは、あまりの妃の気迫に、ただこくりと頷いた。

「貴方も今年で十七になります。次期召喚師として、父であるリークス王からも魔力を引き継ぎ、いよいよ召喚術を用いてこのミストリアを守るようにならねばなりません。しかし、貴女はまだ悪魔の召喚すら出来ていない。王の魔力は日に日に減っていっているにも拘わらず、です。この現状は、理解できていますね?」

「……はい。でもだから、毎日こうやって召喚術の練習を……。今日はまた倒れちゃったけど、いつか私だって、お父様みたいに——」

「いいえ、もう、遅いのです」

 低くそう呟いた妃を、ファフリは見つめた。
妃はそれに応えるかのように、鋭くファフリを見つめ返した。

「貴女はお父様に、命を狙われています。このままでは魔力ばかりを貴女に奪われて、実際に我が国を守れる召喚師の力がなくなってしまう。そう考えて、王は貴女を殺そうとしているのです」

「え……?」

 言っている意味が分からないといった様子で、ファフリはすがるように妃を見た。
妃の目に、再び強い光が宿る。

「貴女が死ねば、魔力は王に戻ります。王はそれから、また新たに自らの子として、召喚術の才を持つ子をもうける気です」

「お、お父様が……? そんな、嘘!」

 震える声で叫んだファフリの口を手で塞ぎ、妃は娘を強く抱き締めた。

「でも、そんなこと、させません……! 貴女は紛れもなく私と王の子、誇り高き次期召喚師です。だから、この城から逃げなさい。今すぐに。今日で、母とはお別れです」

 妃は語尾を震わせ、けれどすぐその震えを喉に押しこめると、後ろに控えるアドラとユーリッドを睨むように見た。

「この子を、どうか守って。城には二度と戻ってきては駄目。どこか遠くで、暮らしてほしい、生きていてほしい……! お願い」

 アドラとユーリッドは、妃の目をまっすぐに見つめ、「命に変えても」とかしこまった。

 それからアドラは、固まったままのファフリを担ぎ上げると、自分の被っていた黒い頭巾をファフリに被せた。

「……手はず通り、我々は地下道から外へと抜けます。そうしたら、すぐに姫の寝所に火をかけてください。後々焼け跡から死体が見つからぬと疑われはしましょうが、ひとまず姫は死んだことにせねばならない。よろしくお願い致します」

「ええ、分かっています」

 アドラの言葉に、妃が頷く。
ユーリッドはその様子を見てから、扉の外を見回した。

「アドラ団長、行きましょう。夜が明けてからでは遅い」

「……アドラ、ユーリッド、頼みましたよ。さあ、行って!」

 妃の目から、大粒の涙が幾筋もこぼれた。



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