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投稿日:2021年02月23日




†第四章†──対偶の召喚師
第三話『偽装ぎそう



 地下牢に連れて来られてから、どれくらいの時間がたったのか。
ユーリッドは、誰かが近づいてくる気配を感じて、はっと目を覚ました。

 牢の中で眠りについたのは良いが、浅い眠りだったのだろう。
ファフリも、ユーリッドが起きたのと同時に目を開けると、緊張した面持ちになった。

「……時間。出てきて」

 ユーリッドたちの牢を開けて、そう告げてきたのは、ハインツだった。
時間、とは、おそらく審議会が始まる時間、ということだろう。

 二人は、強固な手枷をはめられて、ハインツと共に謁見の間へと向かった。

 薄暗い地下牢を出て、王宮の長廊下を歩いている間、ユーリッドとファフリは、一言も話さなかった。
黙ったまま俯いて、抵抗することもなく、ただハインツの言う通りに歩いた。

 謁見の間に足を踏み入れてしまえば、沢山の騎士や魔導師が警備に回っているだろうし、もう後戻りできなくなるだろう。
今、廊下から謁見の間に着くまでの、このわずかな時間が、逃げられるかもしれない最後の機会だというのに、それでも何故か、抵抗しようという気は失せてしまっていた。

 やがて、重々しい大扉の前に到着すると、両脇にいた門衛が、ゆっくりと扉に手をかけた。
扉が開くと、中から明るい光が漏れてくる。
その光は、謁見の間に並ぶ多くの燭台から出ているものであり、大理石の壁にかかった紅色の錦布を、きらきらと輝かせていた。

 広間の四方には、沢山の臣下たちがはべり、奥の一段高くなった玉座には、サーフェリアの国王、バジレットが鎮座していた。
彼女の下手には、大司祭モルティスと召喚師ルーフェンが座っており、その周りには、騎士や魔導師たちも佇んでいる。
よく見れば、玉座の前には、既にトワリスもひざまずいていた。

「前に進め!」

 門衛の騎士たちに、乱暴に背中を押される。
その勢いのまま、ユーリッドとファフリが謁見の間に入ると、全員が、さっと目をあげて二人を見た。

 ユーリッドとファフリは、騎士たちに促されて進むと、トワリスの後ろに並んで、跪(ひざまず)いた。
すると、バジレットが鋭い目を細め、凛とした口調で言った。

「面を上げよ」

 ユーリッドとファフリが、言われるまま、顔をあげる。
バジレットは、無表情で言った。

「……まずは、度重なる我らの無法な振る舞いを詫びよう、ミストリアの王女殿下。このような事態は異例ゆえ、許して頂きたい」

 バジレットが、二人の顔をそれぞれ見つめる。
その詫びの言葉とは裏腹に、彼女は、ユーリッドとファフリの側に控える騎士を、下げようとはしなかった。
ミストリアの要人としては認めるが、やはり警戒を解く気はない、ということだろう。

 続いて、バジレットが侍従に合図をすると、侍従は、錦布の包みを持ってきた。
その包みをバジレットがとると、中から出てきたのは、ハイドットの剣だった。
トワリスが、証拠品として献上したものだ。

 バジレットは、ハイドットの剣をとって見てから、それを再び侍従に手渡すと、冷たい声で言った。

「そなたたちの事情は、トワリスから聞いておる。ハイドットのことも、ミストリアには、サーフェリアと交戦する意思がないということも、全てな。しかし、その奇病とやらにかかった獣人たちによって、サーフェリアの民の命が失われたことは、紛れもない事実。我らとて、無用な争いを避けたいところであるが、そなたたちの処遇に関しては、こちらで改めさせてもらう」

「…………」

 老齢を感じさせない、鋭い薄青の瞳で見つめられて、ユーリッドとファフリは、ただ黙っているしかなかった。
二人は、目を伏せて跪いたまま、一度もバジレットのほうを見なかったが、バジレットはそれを気にすることもなく、平坦な声で続けた。

「……では、審議を始めよう。まずは教会より、意見を申してみよ」

「はっ」

 下座に控えていたモルティスが、席を立って、一歩前に出る。
モルティスは、恭しく頭を下げると、バジレットの前で畏まった。

「イシュカル教会、大司祭モルティス・リラードより、陛下に申し上げます」

 モルティスは、ユーリッドとファフリを、強く睨み付けた。

「我々は、この獣人たちを、速やかに処分するべきだと考えております。ミストリアに交戦の意志がない以上、確かに、はるか遠い西国へサーフェリアが遠征するというのは、時間や労力も考慮して、得策とは言えぬのかもしれません。しかし、だからといって、このままこの獣人たちのサーフェリアへの滞在を、見過ごすというのは、如何なものでしょうか。先程陛下も仰ったように、こちらには、獣人によって命を奪われた者達がおります。彼らの無念を晴らすためにも、ミストリアにサーフェリアの権威を示すためにも、我々は、毅然たる態度を持ち、この獣人たちに相応の罰を与えるべきなのです。獣人は今や、民たちの不安を煽る危険な存在でしかありません。このような分子を、わざわざ残す意味があるとは思えませぬ。陛下、どうか我らサーフェリアの民のために、賢明なご判断を」

 モルティスが再び畏まって、バジレットを見る。
バジレットは、それに対して頷きを返すと、続いてルーフェンに視線をやった。

「召喚師よ、そなたの意見を聞こう」

「…………」

 話を振られても、ルーフェンは、返事もしなかったし、席から立つこともしなかった。
その無礼極まりない態度に、その場にいた全員の視線が、ルーフェンに注がれる。
ずっと俯いていたユーリッド、ファフリ、トワリスの三人も、思わずルーフェンを見た。

「……そうですねえ……」

 呟いて、ルーフェンが横目にユーリッドたちを見る。
それから、真剣味のない口調で言った。

「……そこのファフリちゃんが、いずれミストリアの王になる可能性があるなら、恩を売っておくというのも、悪くはないと思いますがね。まあでも、大司祭様の仰る通り、彼らの存在が、民の不安を煽る存在だということは確かです。殺しておいた方が、無難でしょう」

 賛同されたにも拘わらず、モルティスが顔をしかめる。
ルーフェンは、薄く笑んだまま、そんなモルティスを見ていた。

 双方の意見を聞き、バジレットが口を開こうとしたとき。
トワリスが叫んだ。

「陛下、お待ちください!」

 突然の発言に、場の視線がトワリスに集中する。
トワリスは、深く息を吸って、まっすぐにバジレットを見つめた。

「……大司祭様や召喚師様が仰ることは、ごもっともです。しかし、次期召喚師であるファフリは、元々ミストリアの国王リークスに、命を狙われていたのです。そんな彼女を、私達が殺したところで、ミストリアの思う壷になるだけではないでしょうか。確かに、ミストリアと交戦するならば、次期召喚師を殺すことが、相手の戦力を削ることにもなりましょう。ですが、先程のお話にも出た通り、ミストリアに交戦の意志がないとなれば、遠征する分サーフェリアが不利になるだけです。となれば、やはり交戦は避けるべきであり、わざわざミストリアの戦力を削る必要もありません。それに、ファフリたちを殺したところで、国王リークスは何とも思わないでしょう。サーフェリアの権威を示すことには、ならないのです」

 かすれた声で、必死に話しながら、それでもトワリスは、バジレットから目をそらさなかった。

「ユーリッドとファフリは、むしろミストリアの国王とは敵対する存在です。二人が、サーフェリアに害を成すはずがありません。無茶な申し出をしていることは、充分承知しております。ですがどうか、ご慈悲を。温情を施しては頂けないでしょうか」

「お前の意見など聞いてはおらぬ!」

 バジレットが何かを言う前に、トワリスの声を、モルティスが遮る。
モルティスは、忌々しげな表情を浮かべると、バジレットに向き直った。

「陛下! お耳を傾ける必要はございません。この宮廷魔導師の娘は、獣人混じりです。サーフェリアに忠誠を誓った身でありながら、獣人たちをかばっている辺り、どうにも疑わしい。陛下にご報告した内容も、真実かどうか、信用できませぬ。この者が売国奴であるという可能性が完全に否定できない以上、その証言を聞き入れる必要など──」

「私は売国奴じゃありません!」

 強く言い放ったトワリスに、一瞬、モルティスは口をつぐむ。
しかし、すぐに鼻で笑って見せて、モルティスは、トワリスに近づいた。

「売国奴ではないなどと、どの口が言っている。現にそなたは、こうして獣人をミストリアから連れ帰ってきているではないか! 任務を果たしたふりをして、何か企んでいるのではないか?」

「違います!」

 否定したトワリスに、モルティスは、ますます嘲笑を深める。

「ふん、そうしてすぐに牙を剥くところも、獣そのものではないか。さあ、言ってみよ、己は売国奴なのだと」

「──違いますっ!」

 血を吐くようなトワリスの叫びが、室内に響く。

 トワリスは、モルティスの顔を見ている内に、底冷えするような悲しさが胸を覆ってきた。

 売国奴の疑いを晴らすために、危険を冒してミストリアに渡ったというのに、まるで信じてもらえる気配がない。
このように頭ごなしに否定されては、これ以上、モルティスには何を言っても無駄だろう。
そう思うと、言い返す言葉を考える気力が、徐々になくなっていった。

 一瞬の沈黙の後、口を開いたのは、ユーリッドだった。

「……違うよ。トワリスは、売国奴じゃない」

 普段のユーリッドからは想像できない、静かな声。
ユーリッドは、無感情な瞳でモルティスを見つめると、言った。

「トワリスは、ミストリアにいる間も、ずっとサーフェリアのことを想って動いてた。出会った当初は、俺たちを殺そうと考えてたことも、あったんじゃないかな」

「ユーリッド……」

 トワリスが、動揺した様子で振り返る。
ユーリッドは、それに対して、少し困ったように笑った。

「ごめん、トワリス。俺、なんとなく気づいてたんだ。……でも、結局トワリスは、俺たちを殺さなかった。それどころか、俺たちが生き延びられるように、手を貸してくれた。だけどそれは、サーフェリアを裏切ろうとしてたわけじゃない。単純に、トワリスは優しいから、俺たちを見捨てないでいてくれただけだ。あんた、それくらい、分からないのか?」

 ユーリッドの物言いに、モルティスの眉がぴくりと動く。
モルティスは、一瞬、ユーリッドを怒鳴り付けようとして、しかし、咳払いして息を整えると、怒りを抑えた声で言った。


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