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投稿日:2021年02月23日






  *  *  *


 微かに、誰かの話し声がする。
自分にのし掛かる、暖かい重みを感じて、ユーリッドはのろのろと目を開けた。

 ぼんやりとした頭で、周囲を見回すも、辺りは真っ暗で、何もわからない。
しかし、自分にのし掛かって倒れているのが、ファフリであることに気づくと、ユーリッドははっと目を見開いた。

「ファ──」

 ファフリ、と名前を呼ぼうとして、突然、背後から伸びてきた手に口を押さえられる。
驚いて、一瞬動きを止めると、目の前の暗闇に、ふわりと光る文字が浮かんだ。

──静かに。動かないで。

 ユーリッドは、その文字を読んでから、ゆっくりと後ろを向いた。
すると、光る文字に照らされた、ルーフェンの顔が視界に映る。

 ユーリッドは、自分の口を押さえるルーフェンの手を、無理矢理引き剥がすと、小さくも鋭い声で言った。

「おいルーフェン、どこだよ、ここ!」

「…………」

 ルーフェンは何も答えず、しっと人差し指を口元に当てる。
とにかく今は、喋るなということなのだろう。

 仕方なく押し黙ったユーリッドだったが、その代わり、倒れているファフリを引き寄せると、警戒したようにルーフェンから身を引いた。

 よく考えれば、自分達は、先程まで行われていた審議会の場で、このルーフェンに焼き殺されたのではなかったか。
確かに感じた、身を焦がす灼熱を思い出して、ユーリッドはファフリを抱く手に力を込めた。

 今がどういう状況で、何故自分達が再び目を覚ましたのか。
理解できなかったが、また次に、いつルーフェンが襲い掛かってくるとも限らない。

 そんなユーリッドの警戒心を感じたのか、ルーフェンは苦笑して、もう何もしない、という風に両手を上げた。
それから再度、喋らないようにと人差し指を口元にやると、今度は地面を指差して、手招きをした。
どうやら、こちらに来いと言っているらしい。

 ユーリッドは、鋭い目付きのまま、しばらくルーフェンを睨んでいた。
だが、やがて、ファフリを静かにその場に寝かせると、ゆっくりとルーフェンに近づく。
そして、ルーフェンが指差す地面に視線をやると、そこには、板と板をずらしたような、僅かな細長い隙間があった。

 その隙間から漏れ出る、微かな光に誘われるように、隙間を覗き込むと、眼下に、見知らぬ部屋の床が見えた。

(そうか、ここ、天井裏だったのか……)

 辺りが真っ暗で、何もないことを妙に思っていたが、ここが天井裏であると考えれば、それも頷ける。
眼下にある部屋も、ユーリッドには見覚えのない部屋だったが、高級そうな調度品や、磨かれた大理石の壁と床が見えるところからして、王宮のどこかにある一室なのだろう。

 謁見の間で行われていた審議会で、ルーフェンに焼き殺されたかと思いきや、何故か王宮にある別の一室の、天井裏に移動したらしい。
ユーリッドもファフリも、今まで気絶していたわけだから、普通に考えて、移動したのはルーフェンの仕業だろう。

 状況が分からず、自分達がここにいる理由を問いかけようと、ユーリッドがルーフェンに視線を移したとき。
部屋の方から、ばんっと大きく扉を開ける音がして、ユーリッドは、再び隙間から部屋の中を見た。

 そういえば、目を覚ました時も、誰かの話し声が聞こえていた。
隙間が狭いため、広範囲を見渡せず気づかなかったが、部屋には数人、誰かがいるようだ。

(あれは……審議会の時にいた、教会の奴らか? それと、大司祭の……)

 勢い良く扉を開け、部屋に入ってきたのは、大司祭モルティスだった。
審議会の場から、この部屋に直接やってきたのだろうか。

 モルティスは、苛々とした様子で床を踏み鳴らし、力任せに壁を蹴る。
天井板の隙間からではよく見えなかったが、佇んでいた他の司祭たちは、そんなモルティスに対し、恭しく頭を下げた。

「くそっ、一体どうなっておる! 召喚師はミストリア側につくのではなかったのか!」

 口汚く叫びながら、モルティスは、飾ってあった皿を取り上げ、地面に叩きつけた。
皿の割れる派手な音に、びくりと震えながら、司祭たちが慌てて言葉をかける。

「し、しかし、大司祭様。昨日、獣人やトワリス卿と面会していた際も、召喚師は『ミストリアに加担する気はない』というようなことを、はっきり本人たちに告げておりました。獣人たちを地下牢に閉じ込めたのも、召喚師の意思です。ですから、その……」

「それは真であろうな!? ミストリアに加担するつもりはないのだと、召喚師は確かにそう申したのか!」

 険しい表情のモルティスに詰め寄られ、司祭は、何度も頷いた。

「召喚師を監視していたイシュカル教会の間諜(かんちょう)が、そのように報告していますから、事実かと……。他にも、召喚師の動向を見張るようにと命じた者はおりますが、召喚師が獣人に手を貸すような素振りを見せたとの報告はありません。此度の審議会で、ミストリアの次期召喚師を処刑したのも、召喚師本人が、元々そのつもりだったからだとしか……」

「…………」

 司祭の言葉を聞くと、モルティスは顔を歪め、詰め寄っていた司祭からよろよろと離れた。
そして、部屋に置かれた椅子に座り込むと、長いため息をつく。

 そうして頭を抱えるモルティスに、司祭の一人が、困ったように言った。

「ですが……結果的には、これでよかったのではないでしょうか。ミストリアの次期召喚師は死に、サーフェリアに襲来していた獣人達も、根絶やしに出来たとのこと。完全にとは言えないものの、これで、獣人たちの驚異は去ったと言えるのでは……」

「そんなことは、どうでも良いのだ……」

 司祭の言葉を遮り、モルティスは、再び息を吐いた。

「……獣人のことなど、端からどうでも良い。問題なのは、召喚師が我らイシュカル教会と同様の意見を述べ始めたことだ」

 椅子の肘掛けに、とんとんと人差し指を打ち付けながら、モルティスは言った。

「召喚師は、ミストリアに交戦の意思があるか確かめるべきだと、ずっと主張し続けていた。つまり、ミストリアとの争い、衝突を避けたがっていたのだ。故にあのまま、ミストリア側の肩をもつような態度を続けていれば、いずれは陛下の中で召喚師の地位は陥落。結果、我らイシュカル教会が台頭していたはずなのに……。召喚師め、今になって、自らの立場が惜しくなったか」

「…………」

 ぎりっと奥歯を噛みしめ、悔しげに唸るモルティスを、司祭たちは、戸惑った様子で見つめた。

「……大司祭様、恐れながら、これ以上は……。あの召喚師(死神)が、我らイシュカル教会と肩を並べ、権力を貪っていることは見過ごせません。しかし、あまり執拗に活動すれば、召喚師にこちらの動きを悟られる可能性があります」

 躊躇いがちな司祭の申し出に、モルティスは何も言わず、しばらく考えこんでいた。
だが、司祭の言い分はもっともだと思ったのか、やがて、椅子から立ち上がると、吐き捨てるように言った。

「分かっておる。……召喚師を、監視から外せ」

 司祭たちは、驚いたように目を見開いた。

「監視まで外して、よろしいので?」

 モルティスは頷いて、司祭たちのほうに向き直った。

「これ以上監視したところで、意味はないだろう。それに、今回の審議会が、全く無意味だったという訳ではない。まさか召喚師が、ミストリアの次期召喚師を陛下の御前で、あのように無惨に焼き殺すとは……。正直予想外ではあったが、あれでルーフェン・シェイルハートの残虐さと本質を、再認識した者は多いはずだ」

 今まで、モルティスたちの会話を黙って聞いていたユーリッドだったが、ここで、ルーフェンの名前が出たことに、ふと眉を寄せた。

 会話の所々に出ていた、“召喚師”というのが、ルーフェンを指しているのだということは、なんとなく分かっていた。
だが、同じ人間同士、サーフェリアを守る権力者同士であるのに、監視をするだの、地位を陥落させるだの、出てきたのは信じられない言葉ばかりだ。

(……でも、そうか。そういえばカイルたちも、教会と召喚師は敵対関係にある、って言ってたな)

 リリアナとカイルの言葉を思い出しながら、顔をあげると、ユーリッドは、傍らにいるルーフェンを見た。
天井裏は暗いため、表情まではっきりとは分からないが、どうやらルーフェンも、モルティスたちの会話に耳を傾けているようだ。

 ルーフェンは、ユーリッドの視線に気づくと、静かに身じろぎ、その腕を掴んだ。
続いて、倒れているファフリの腕も掴むと、声には出さずに何かを唱える。

 すると、何をする気なのかと問う間もなく、足元に魔法陣が展開した。

 魔法陣から発せられた、眩い光に包まれて、ユーリッドは、咄嗟に目を閉じた。
 


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