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投稿日:2021年02月23日







 魔法陣の光に包まれ、一瞬の浮遊感の後、ユーリッドは、背中から硬い石床に落下して、思わず呻いた。
同時に、土埃とかび臭さが鼻をついて、げほげほと咳き込む。

 そうして、ゆっくりと身を起こすと、ユーリッドは、今度は自分が全面石造りの奇妙な空間にいることに気づいた。

 石室の中は、滅多に人が出入りしないのか埃っぽく、所々蜘蛛の巣がはっている。
石床の中心には、微かに光を放つ、大きな魔法陣が描かれていて、それは、先程ルーフェンが発現させたものによく似ていた。

 天井裏の次はなんだ、という風に、呆然としていると、やがて、足元の大きな魔法陣の光が、徐々に弱まっていき、消えた。
すると、石室が真っ暗になる前に、すぐ側にいたらしいルーフェンが、空中で指を動かす。
その指の動きに連動するように、石壁に設置されていた燭台の蝋燭が、次々と火を灯した。

「ここ、は……?」

 久々に声を出して、ユーリッドが尋ねる。
ルーフェンは、倒れているファフリの額に手を当てながら、静かな声で答えた。

「王宮の裏口付近にある、地下道だよ。ここには、瞬間移動できる魔法陣、移動陣が敷かれてるんだ。質問は後で聞くよ。……ファフリちゃん、悪いけど起きて」

 矢継ぎ早に述べて、ルーフェンがファフリの肩を揺らす。

 今は、立ち話をしている暇などない、ということか。
ユーリッドも、未だ詳しい状況は分からないものの、審議会で死んだことになっているはずの自分達が、王宮の人間たちに見つかったらまずいことくらいは、理解していた。

「召喚術を使ったあとは、しばらくファフリは起きないよ。魔力の消耗が、激しいんだと思う。これまでも、召喚術を使ったあとは、長時間目を覚まさなかったんだ」

 ファフリを起こそうとするルーフェンに、ユーリッドがそう告げると、ルーフェンは、微かに目を細めた。

「……魔力の欠乏だけじゃ、長時間意識を失ったりはしないよ。多分、意識が混濁してるんだろう」

「意識が混濁?」

 眉をしかめるユーリッドには答えず、ルーフェンは、ファフリの頭の上に手をかざした。

「……中にいるのは、誰だ」

 鋭く、冷たい声で、ルーフェンが問いかける。
すると、ファフリの体から黒い煙のようなものが立ち上ぼり、ぼんやりと鳥のような姿を象った。

 鳥の形になった煙は、ぽっかりと空いた穴のような目でルーフェンを見つめながら、石壁全体を這うように羽を伸ばし、どんどんと巨大化していく。
その巨体から放たれる、あまりにも禍々しい妖気に、ユーリッドは、思わず後ずさった。

「……ユーリッドくん、大丈夫だから、あまり動揺しないで」

「い、いや、そんなこと、言われても……」

 ルーフェンの言葉に、なんとか声を絞り出して、反論する。
動揺するな、と言われても、こんな奇妙な鳥なんて、今まで見たことがないのだ。
平静を保っていろという方が、無理な話である。

 鳥は、鋭い爪や嘴を持っているわけでも、地を震わせるような咆哮をあげるわけでもない、影のような不確かな存在であった。
しかし、見ているだけで、全身が凍てついてしまうほどの恐怖を感じる。
それは、強敵を目の前にして、死を覚悟したときに感じる恐ろしさとは違う。
身を内側から貪られ、絡め取られ、成す術もなく吸い込まれてしまいそうな、形容しがたい恐怖であった。

 ルーフェンは、覆い被さるように広がった鳥を見上げて、小さく息を吐いた。

「……ハルファス、ちょうど審議会の時に召喚されていた悪魔か……。邪魔をするな、今すぐ主の意識を解放しろ」

 昨日までの飄々とした態度からは想像もできない、強い口調で、ルーフェンが言い放った。
だが、鳥の影──ハルファスは、威嚇するようにルーフェンを包み込むと、その身体を飲み込もうとばかりに、嘴を大きく開く。

 ルーフェンは、目前まで迫るハルファスの双眸をきつく睨み付けると、憎悪が滲んでいるとさえ感じられる、地を這うような低い声で告げた。

「……召喚師一族に歯向かう気か? 使役悪魔の分際で、つけあがるなよ……!」

 ずん、と空気が重くなって、石室全体が、ルーフェンの魔力に満たされる。
ゆらゆらと揺れていたハルファスは、それと同時に動きを止め、何かを見定めるように、ルーフェンを見つめた。

 次いで、ルーフェンは更に放出する魔力量をあげると、強く言い募った。

「もう一度言おう、邪魔だハルファス。大人しく引っ込んでいろ……!」

 瞬間、突風に掻き消された煙の如く、ハルファスの姿が薄れる。

 ユーリッドは、呆然とその様子を見つめていたが、やがて、ハルファスが完全に消え去ると、恐る恐る声を出した。

「い、今のが、悪魔……? ルーフェン、倒したのか?」

 ルーフェンは、ふうっと息を吐いて小さく笑うと、肩をすくめた。

「まさか。本当の使役主でもないのに、そんなこと出来るわけがないさ。一時的に威圧して、大人しくさせただけだよ。ハルファスがもう少し気の強い悪魔だったら、逆に隙をつかれて取り込まれてたかもね」

 ハルファスと対峙していた時とは異なる、軽い口調でルーフェンが言う。

 取り込まれていたかも、だなんて、何故そんな風に笑いながら言えるのか、正直理解できなかった。
しかし、身体の力を抜くと、ユーリッドも、ひきつった笑みを返した。

 ユーリッドがルーフェンの側にいくと、倒れていたファフリの瞼が震えて、微かに目を開いた。
ファフリは、覗き込んでくるユーリッドとルーフェンの顔を、つかの間ぼんやりと見つめていたが、ふと身動ぐと、唇を動かした。

「……ここ、どこ……?」

 ユーリッドは、ファフリを安心させるように、穏やかな声で答えた。

「王宮近くの地下道だって。俺も状況はよく分からないんだけど……」

 そう言って、ルーフェンのほうを見ると、ルーフェンは少し考え込むように俯いてから、ファフリの手を握った。
そして、ゆっくりとファフリの手を引いて立たせると、続いてユーリッドの手に、ファフリの手を握らせる。

「話は後、もう一度飛ぶよ。二人とも、絶対にお互いの手を離さないように」

「と、とぶ……?」

 先程まで眠っていたファフリが、戸惑ったように声をあげた。
しかし、何かを発言する間もなく、ルーフェンが地面の移動陣に手をかざす。

 ユーリッドは、ルーフェンが再び瞬間移動するつもりなのだと悟ると、握っていた手に力を込め、反対の手で素早くファフリを抱き寄せた。
刹那、魔法陣が眩い光を放ち、三人はその光に飲まれる。

 同時に襲ってきた強い向かい風に煽られつつ、何か見えない力に引っ張られるのを感じながら、ユーリッドとファフリは、じっと目を閉じていた。

 全身を嬲る強風から解放され、次にファフリたちが着地したのは、シュベルテの東門近くにある、移動陣の上であった。

 周囲は森に囲まれ、長い街道の続く先には、城下町へと繋がる石造りの大きな門──東門がある。
その門の向こうでは、遠目からでも分かるほど沢山の人間たちが、賑やかに往来していた。

(ここ……ミストリアからサーフェリアに渡ってきたときに、初めて着地したところね)

 辺りを見回しながら、ファフリはそう確信した。
ルーフェンによって連れてこられたのは、かつて、サーフェリアに来た際に着いた、移動陣の上のようだ。

 あの時は、冷たい雨に打たれながら、瀕死のユーリッドとトワリスを残し、ひたすらリリアナたちの家を目指して、死に物狂いで走ったのだった。
ファフリは、久々に拝んだ太陽の光に目を細めながら、そんなことを思い出していた。

 その時だった。
突然、ファフリを強く抱いていた腕が、するりと離れる。

 ユーリッドは、そのまま仰向けに地面に倒れると、苦しげに呻いた。

「いっ、だぁあぁぁ……」

「ユ、ユーリッド! どうしたの!?」

 涙目になって喘ぐユーリッドに、ファフリが屈みこんで様子を伺う。
見たところ、真新しい傷も見当たらないし、怪我を負ったという訳ではなさそうだ。
しかし、倒れたまま動けなくなっているところを見る限り、相当な激痛がユーリッドを襲っているのだろう。

 どうして良いか分からず、何も出来ずにいると、同じく傍に着地していたルーフェンが、くすくすと笑った。

「大した距離移動してないから、平気だと思ったんだけど、やっぱり痛むみたいだね。大丈夫?」

「全っ然大丈夫じゃない! 身体がすっげえ痛え!」

 大して心配している様子もなく、軽い調子で尋ねてくるルーフェンに、ユーリッドが怒鳴るように返事をする。
大きな声が出せるなら、そこまで深刻な状態ではないと安堵しつつ、ファフリは、心配そうにルーフェンを見た。

「あの……やっぱり痛むって? ルーフェン様が使った瞬間移動と、関係があるの?」

 ファフリの質問に、ルーフェンは頷いた。

「ああ。移動陣っていうのは、言っちゃえば、時空をねじ曲げて物質を転送する、無茶苦茶な魔術だからね。俺やファフリちゃんならともかく、魔力耐性の低い奴には、身体に相当な負荷がかかるらしいよ。ユーリッドくんなんか獣人だし、魔力への耐性なんてないに等しいから、しばらく動けないかもね」

 尚も笑顔で告げるルーフェンに、ユーリッドは、顔をしかめた。

「身体に負荷って……でも、ミストリアからサーフェリアに渡ってきたときとか、さっき変な屋根裏から地下道に移動した時は、こんな痛み感じなかったぞ」

 ユーリッドのぼやきに、ルーフェンは眉をあげた。

「君達がサーフェリアに来たときに使った移動陣は、俺が作ってトワに渡したものだからね。サーフェリアに来たときも、先程地下道に移動したときも、全て俺の魔力に十分依存した形で移動陣を使ったから、負担はぜーんぶ俺が受けるんだよ。でも、そんなこと毎度繰り返してたら、俺も身体がもたないし、今の移動は、俺一人が移動する分の魔力だけ使って、君たち二人を無理矢理引っ張りあげたわけ。だから、負担は移動する人数全員に平等にかかるってこと。それが、ユーリッドくんにはきつかったみたいだね。ファフリちゃんが平気なのは、流石に召喚師一族ってところだけど」

「な、なんだって? 魔力が?」

 捲し立てるようなルーフェンの説明に、ユーリッドが困惑した表情で返す。
そもそも、魔術などとは縁遠い生活を送ってきたのだ。
いきなり瞬間移動なんてものを経験した上に、魔力の依存がどうのと長々言われても、自分の頭では理解できる気がしなかった。

 ファフリは、神妙な面持ちで、ルーフェンを見た。

「要は、三人が移動するのに十分な魔力を使わなかったから、負荷が術者以外にもかかった、ということですよね」

「そうそう、その通り」

 頷き返して、ルーフェンは大袈裟に肩をすくめた。

「十分な魔力を使わなかった、といっても、本来は人一人移動させるのだって、何人もの魔導師の力を要するんだ。その点、俺は君達二人を謁見の間からここに連れてくるまで、四回も移動陣を使って、召喚術まで行使したんだからね? 大いに感謝して労っていいよ」

 へらへらと笑いながら、ルーフェンが軽口を言う。
ユーリッドは、その時、はっと顔を強ばらせると、真剣な顔でルーフェンを見つめた。

「謁見の間から、って……じゃあ、やっぱり俺達を焼き殺そうとして、ここまで連れてきたのは、お前なんだな。結局、どういうことだ? 俺達をどうするつもりなんだよ」

 眉を寄せ、険しい表情を浮かべて、ユーリッドが上体を起こす。
ファフリも、そんなユーリッドの傍で不安げな顔つきになると、ルーフェンに視線をやった。

「状況が状況だから無理もないけど、そんなに警戒しないでよ。むしろ命の恩人だって、感謝されたいくらいなのに」

 見るからに不信感を募らせている二人に、ルーフェンは苦笑した。

「君達二人の処刑は、審議会が始まる前から、決まっているようなものだった。俺やトワが反発したところで、それは覆らないし、万が一処刑は免れたとしても、地下牢にぶちこまれて監視されるのが落ちだ。だから俺が、表向き二人を殺したんだよ。死んだとあっちゃ、君達を狙う輩はもういないだろう? ユーリッドくんは聞いたと思うけど、面倒な教会の奴等も、完全に君達二人は死んだと思い込んでる。つまり、これでユーリッドくんもファフリちゃんも、晴れて自由の身、ってわけ」

 ユーリッドとファフリが、同時に目を大きく開いて、顔を見合わせる。
次いで、ユーリッドは考え込むように俯くと、再び表情を曇らせた。

「表向き殺した……って、でもそれって、あの審議会の場にいた全員を騙したってことだよな? 爆発を起こした瞬間に、俺達をあの屋根裏に移動させたなら、謁見の間に死体だって残らないだろう?……大丈夫なのか?」

 訝しげに問うたユーリッドに、ルーフェンは、呆れたように息を吐いた。

「それくらい、ちゃんと対策をとってるよ。死体なら置いてきたさ。獣人の焼死体、二人分ね」

「置いてきた…… って、どうやって」

 ぞっとしたような顔のユーリッドを見て、ルーフェンはにやっと笑った。

「覚えてない? 初めて俺達が会った時、城下での公開処刑で焼け死んだ、二人の獣人のこと。あの死体を処理せずにとっておいて、君達の死体として代用したんだ」

「……ってことは、俺達を焼き殺す直前に、俺ら二人と死体を、移動陣で入れ換えたのか?」

「そういうこと」

 納得したように、ユーリッドは声をあげた。
そういえば確かに、あの処刑場での騒ぎの後処理をしたのは、ルーフェンであった。
正直、同胞の死体を代わりに使われただなんて、あまり良い気はしないが、今はそんな綺麗事を言っている場合ではないだろう。


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