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投稿日:2021年02月23日
ルーフェンは、明るい声で続けた。
「まあ、実を言うと、こんなに上手くいくとは思ってなかったんだけどね。君達がサーフェリアに来たこのタイミングで、教会が公開処刑を行って、獣人二人分の焼死体が手に入ったのは偶然。審議会でも、正直手探り状態で、どう君達を殺す展開に持ち込むか、賭けに近い部分もあったんだけど、なんだかんだで上手くいった。どうやら、運がユーリッドくんとファフリちゃんに味方してたらしい」
ふっと微笑んで、ルーフェンがファフリを見る。
ファフリは、なにも言わずに、微かに目を伏せた。
「そうか……じゃあルーフェンは、最初から俺達を助けてくれるつもりでいたんだな。悪かったよ、その……昨日、胸ぐら掴んだりして」
幾分か、身体の痛みが和らいできたのか。
腰を擦りながら、よろよろと立ち上がると、ユーリッドは申し訳なさそうに言った。
「ほんっとそうだよねー。だから言ったじゃん、命の恩人である俺に対して、失礼じゃないかって」
わざとらしくため息をつくと、やれやれといった風に、ルーフェンが述べる。
ユーリッドは、一瞬むっとしたような顔になったが、すぐに反論を飲み込むと、口を閉ざした。
そんなユーリッドを見て、ぷっと吹き出すと、ルーフェンはおかしそうに続けた。
「冗談。いーよ、別にそんなこと。そもそも、君達を助けようとする素振りなんて、見せるつもりはなかったからね。二人には、審議会で追い詰められて、本気で焦ってもらわなきゃ、周りを騙すことなんて出来なかったんだ」
「……分かってる。けど、悪趣味だな。お前」
どこか呆れたように、ユーリッドが詰めていた息を吐く。
同時に、全身の緊張がほぐれてきて、ようやく自分達はまだ生きているのだという実感が湧いてきた。
ルーフェンは、穏やかな口調で言った。
「とにかく、さっきも言ったけど、君達はもう死んだことになったんだ。サーフェリアに滞在しても、文句を言う奴は誰もいない。でも、だからといって、時間が無限にある訳じゃないし、いつまでもサーフェリアで匿ってやれるわけじゃない。今後の身の振り方は、ちゃんと自分達で考えるんだよ」
ユーリッドとファフリが顔をあげて、こくりと首肯する。
ルーフェンは、東門とは反対の森の奥を示して、続けた。
「それまでは、俺の家を隠れ家として使っていい。あそこを知っている奴はほとんどいないし、知っていても、俺が認めなきゃ自力でたどり着けないようになってる。家の場所は……ファフリちゃん、分かるね? あと、理解してると思うけど、不用意に外を出歩いたりするのは禁止だよ。必要なものがあれば、トワやハインツくんに頼んで。王宮に没収された君達の武器や荷物も、後でハインツくんに届けさせるから」
次いで、東門の方に体を向けると、ルーフェンは、顔だけ振り返った。
「じゃ、慌ただしいようだけど、これで大体事態は把握してくれたかな。あまり長時間姿をくらましていると怪しまれるから、質問がなければ、俺はもう王宮に戻るけど、大丈夫?」
ユーリッドは、再び頷くと、微かに笑って見せた。
「ああ。助けてくれて、ありがとう。なんとなくだけど、状況は分かったよ。悪いけど、もうしばらく世話になる」
ユーリッドの言葉に、ルーフェンも笑みを返す。
今まで沈黙を貫いていたファフリは、一歩前に出ると、躊躇いがちに口を開いた。
「あの……ルーフェン様……」
「ん?」
ファフリは、胸の前で、ぎゅっと手を握った。
「私、昨日、色々考えてみたんです……。その、どうしたら召喚術を扱えるようになるのかな、とか。私に、ミストリアを救うほどの力があるのかな、とか……。でも、そうしたら、考えれば考えるほど、どうすれば良いのか分からなくなっちゃって……」
か細い声でそう告げたファフリに、ルーフェンは、ゆっくりと答えた。
「……力なら、あるでしょ? だってファフリちゃんは、召喚師一族の血を引いているんだから」
「…………」
俯いて、再び何も言わなくなったファフリに、ルーフェンは言い募った。
「君がこれからどうするべきかなんてのは、俺や、別の誰かが決めることじゃない。それこそ、もしファフリちゃんが、自分の役割も、母国も全部投げ捨てたって、俺は悪いとは思わないよ。その先にあるものだって、楽なものではないだろうけど、嫌々召喚師としての運命を受け入れたって、きっと後悔ばっかりになる」
ファフリは、尚も口を閉じたままで、どう返事をするべきか迷っているようだった。
ルーフェンは、しばらくファフリを見つめていたが、やがて小さく笑うと、突然、ファフリの肩に手を回した。
「まあ、そーんな悲しそうな顔しないでよ。俺達、同じ召喚術の才を持つ者同士だろう? 本来交わるはずのない……世界にたった四人しかいない召喚師の内の二人、俺とファフリちゃんが、今ここに存在している。これって、どこか運命的だと思わない? 折角だから、仲良くしようよ。なんなら、ルーフェン様なんて堅苦しい呼び方はやめて、親しみを込めてルーフェンお兄さんと──」
「距離が近いっ!」
ファフリとの距離をぐいぐい詰めていくルーフェンに、ユーリッドが思わず蹴りを入れる。
軽く吹っ飛んだルーフェンは、地面に打ち付けた腰を擦りながら、大袈裟に声をあげた。
「いったーっ! あのさぁ、昨日も思ったけど、俺は人間だよ? ユーリッドくんみたいな馬鹿力に殴られたり蹴られたりしたら、全身複雑骨折になっちゃうよ」
「手加減ならしてるだろ! この程度で骨折するわけあるか!」
ファフリをかばうように立って、ユーリッドが声を荒らげる。
ルーフェンは、服の汚れを払いながら立ち上がると、息を吐きながら首を振った。
「だからさー、ユーリッドくん基準で考えないでよ。俺の身体は君と違って繊細なわけ。優しくしてくれないと、簡単に折れちゃうんだから」
「うるさい! そもそも、ファフリにやたらめったらベタベタするほうが悪いんだろ!」
「えー、なになに。俺のファフリに触るなって?」
「ばっ、そんな言い方してない!」
顔を赤くして憤慨するユーリッドを、明らかに楽しんでいる様子のルーフェン。
ファフリは、言い争う二人を見つめながら、やがて、くすくすと笑い始めた。
「……ありがとう、二人とも。ごめんね、私、暗い顔ばっかりしてて……」
どこか悲しそうに微笑んで、ファフリが言う。
ユーリッドは、ルーフェンとの言い合いを中断すると、首を横に振った。
「気にするなよ。状況が状況だし、一番辛いのは、ファフリだと思うから」
「ユーリッド……」
ファフリは、躊躇いがちに頷くと、ルーフェンのほうへ向き直った。
「ルーフェン様……じゃなくて、じゃあ、ルーフェン、さん。助けてくれて、本当にありがとうございました。あの……また、会えますか?」
ルーフェンは、小さく頷くと、肩をすくめた。
「君達がミストリアに戻る時がきたら、俺の力が必要だろうしね。ま、可愛いファフリちゃんのためなら、いつだって会いに来るよ。後でもう一度、様子を見に行くつもりではあるし」
片目をつぶって見せたルーフェンに、ファフリが微かに笑みを返す。
二人は、再度ルーフェンに礼を述べると、ヘンリ村のほうへと歩いていったのであった。
ヘンリ村近くの山頂にある、ルーフェンの家の前で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきて、トワリスは顔をあげた。
ハインツに支えてもらいながら、腰かけていた岩から立ち上がると、山道を登ってくる、ユーリッドとファフリの姿が見える。
その瞬間、トワリスの心に残っていた不安は、全て取り払われた。
「トワリスー!」
手を大きく振りながら、ユーリッドがこちらに駆けてくる。
ファフリも、疲労した顔つきではあるが、ぱっと表情を明るくすると、歩いてきてトワリスに抱きついた。
「やっぱり無事だったんだね、良かった……」
肩に顔を埋めるファフリの頭を撫でながら、トワリスがほっと呟く。
ユーリッドも、安堵した様子で笑った。
「ああ、ルーフェンが助けて、ここまで連れてきてくれたんだ」
「うん……私も、事情はハインツから聞いた」
すぐ隣にいるハインツを見て、トワリスは答えた。
ユーリッドとファフリを、審議会の場で処刑したと見せかけることで、サーフェリア中の目を欺く──。
このルーフェンの計画には、どうやらハインツも関わっていたようで、王宮からの脱出後、ルーフェンがユーリッドたちを自分の家に匿うつもりであることは、ハインツも知っていた。
故に、宮廷魔導師の駐屯地に寄った後、ハインツは、トワリスをここまで連れてきていたのである。
相変わらず、一言も発さないハインツを見て、ファフリは頭を下げた。
「あの……貴方も、私達のこと助けくれて、ありがとうございます。ルーフェンさんとトワリスの、仲間なんでしょう?」
ファフリに次いで、ユーリッドもハインツに視線をやった。
「俺からも、礼を言うよ。本当にありがとう。えっと……」
そう言って、言葉を止めたユーリッドに対し、それでも返事をしないハインツに、トワリスは苦笑した。
「名前は、ハインツね。私と同じ、サーフェリアの宮廷魔導師。ごめん、ちょっと人見知りなんだ」
「お、おお、そうか……」
この巨漢に似合わない、人見知りという紹介をされて、ユーリッドは差し出そうとした手を、思わず引っ込めた。
正直この外見に、人見知りだなんて言葉は合わないと思ったが、そういえば昨日、トワリスと再会したときも、ハインツは部屋の隅で縮こまっていた。
獣人だから嫌われているだけなのかと考えていたが、トワリスの言葉通り、単に緊張して上手く話せなかっただけだったのかもしれない。
ハインツは、隠れるようにトワリスの後ろに回ると、小さく頭を下げた。
もはや、ただの頷きともとれる挨拶であったが、ユーリッドとファフリには、ちゃんと通じたらしい。
二人は、一瞬互いに顔を見合わせると、微笑んでから、ハインツにおじぎを返したのだった。
少し談笑したあとは、ルーフェンの家に入り、それぞれ休むことにした。
普段はルーフェンが放置しているため、どこか埃っぽい、殺風景な屋敷であったが、野宿に比べれば、十分に居心地の良い寝床である。
特に、ユーリッドとファフリは、精神的にも肉体的にもかなり疲れていたようで、山の稜線から細い月が覗く頃には、毛布にくるまって、深い眠りに落ちていた。
トワリスも、寝台に腰掛けてハインツと話している内に、いつの間にか、うつらうつらしていた。
しかし、ふと、家の外に誰かの気配を感じて、意識を覚醒させた。
それはハインツも同じようで、二人は、一度窓から外を確認すると、すぐに家から出た。
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