トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月23日





 扉を開けると、予想通り、濃い夜闇の中に、ルーフェンが立っていた。
ルーフェンは、トワリスとハインツを見ると、微かに肩をすくめた。

「ごめん、起こした?」

 トワリスは、首を横に振って、ルーフェンをまっすぐ見た。

「いえ……。あの、ユーリッドとファフリのこと、本当に助かりました。私が勝手に、ミストリアから連れてきちゃったのに……」

 ルーフェンは、小さく笑うと、側にある木に寄りかかった。

「いいよ、ファフリちゃん可愛いし。それに結果的には、ミストリアとの交戦も避けられた。他国の召喚師と話せるなんて、滅多にない機会だし、あのまま見殺しにするのも気が引けたからね。何より、ファフリちゃん可愛いし」

「……助けた動機が不純なことはよく分かりました」

 楽しげに答えたルーフェンに、冷たい視線を向けて、トワリスが返事をする。
そういう男なのだということは当然知っているが、ふざけているとしか思えない答えに、呆れるしかなかった。

 しかし、すぐに真剣な表情に戻ると、トワリスは言い募った。

「でも……私が言うのも失礼な話ですけど、本当に大丈夫ですか? 審議会には、大勢が出席していましたし、全員の目を欺くことが出来たかどうか……」

「いや、出来てないだろうね」

 拍子抜けするほど、ルーフェンはあっけらかんと返事をした。

「処刑までの流れは問題なし、ユーリッドくんとファフリちゃんに代わる焼死体も用意した。けど、死体をすり替えるのに移動陣を使ったし、第一、あの炎自体が召喚術で作り出した幻でしかない。それなりに魔術の才能がある奴……少なくとも、ジークくんあたりは、今回の処刑が偽装だって気づいてるんじゃないかな」

「……そう、ですよね……」

 トワリスは、昼間に駐屯地で、ジークハルトに言われた言葉を思い出して、眉を寄せた。

 ルーフェンの言う通り、たとえユーリッドたちの生存を確信してはいなかったとしても、此度の処刑に、違和感を感じた者はおそらくいるだろう。
他にどうすることも出来なかったとはいえ、もしその人物が、感じた違和感を国王や教会に報告したとしたら──。
そう考えるだけで、とてつもなく大きな不安感が、トワリスの胸を覆う。

 だが、思い詰めた様子でうつむくトワリスの額を、ルーフェンは、指で思いっきり弾いた。

「いたっ」

「別に、そんな心配しなくたって平気でしょ」

 訝しげに睨んでくるトワリスを見て、ルーフェンが、からからと笑う。

「とりあえず、時間稼ぎにはなるんじゃないかな。サーフェリアの、特にシュベルテの人間は、召喚師の話題には触れたがらないだろうし。召喚師が処刑を偽装した、なんてことが明るみに出るまでには、時間がかかるはずだから、それまでに、ファフリちゃんたちをどうにかサーフェリアから出せばいい」

「そんな……だけど、もしそれで、ルーフェンさんが罪に問われたりしたら……」

 それでも、納得がいかないといった表情のトワリスに、ルーフェンは苦笑した。

「仮にそうなったところで、俺は痛くも痒くもないよ。別に、召喚師としての地位に執着してはいないし。大体、考えてもみな。もし俺が罪人扱いされるって分かってたら、トワはファフリちゃんたちをミストリアで見捨てられたわけ?」

「それは……分からない、ですけど……」

 うっと言葉を詰まらせて、言いにくそうに答えたトワリスに、ルーフェンはぷっと吹き出した。

「でしょ? どんな結果になるにしろ、トワなら、絶対サーフェリアにユーリッドくんとファフリちゃんを連れてきていたんだと思うよ。普段は模範的な癖に、時々突拍子もないことやらかすからねー、トワは。今日だって、正直一番の不安要素はトワだったもん」

「……え、私?」

 不思議そうに瞬いたトワリスに、ルーフェンは、大袈裟な身振り手振りを付け加えて答えた。

「だってどうせ、『私のせいでファフリたちが殺されたらどうしよー』とか、『いざとなったら二人を連れて王宮から逃げ出すしかない!』とか、色々思い詰めてたんでしょ? だから、審議会で二人の処刑が確定したとき、いつトワが暴れ出すかと冷や冷やしてたんだから。俺だって、殴られるどころか切り刻まれるんじゃないかと──」

「なっ、そんなことしませんよ!」

 心外だ、という風に顔をしかめて、トワリスはルーフェンの言葉を遮った。
そして、一息つくと、ルーフェンから目をそらして、ぼそぼそと言った。

「……私だって、ちゃんと分かってたんですから」

 少し驚いたように眉をあげたルーフェンに、トワリスは続けた。

「確かに、その……。ルーフェンさんが、ユーリッドたちに、『手を貸したところでサーフェリアに得があるとは思えない』って言ったときは、ちょっと混乱しましたよ。……だけどあのとき、ルーフェンさん、天井の方を少し気にしてましたよね? それで、分かったんです。天井裏で、誰かがルーフェンさんや私達を、見張ってるんだろうって」

 トワリスは、真剣な顔つきになると、ルーフェンを見つめた。

「気配の消し方からして、素人じゃありませんでした。多分、教会に属する間諜が潜り込んでいた、ってところですよね。そのことに気づいていたから、ルーフェンさんは、ミストリアに味方するつもりはないと、あの場で意思表示したんでしょう? 私達の話を、あえてその間諜に聞かせることで、こちらは元々ユーリッドたちを処刑するつもりだったんだって、教会に信じこませるために」

 トワリスは、表情を緩めた。

「途中でそのことに気づいたので、私、ルーフェンさんが二人を助けてくれるつもりだってことは、ちゃんと分かってました。具体的に、どうするつもりなのかっていうのは、予測できませんでしたけど。だから、審議会でも、ルーフェンさんに気絶させられたふり、したんですよ。何より、私が初めて目を覚ました夜に、『大丈夫だから何も心配しなくていい』って、ルーフェンさんが言ってくれてましたから、色々と不安なことはありましたけど、心配で思い詰めたりはしてなかったです」

「…………」

 安心したような、穏やかな表情のトワリスを、ルーフェンは、黙ってみていた。
しかし、やがて意味ありげな笑みを浮かべると、口を開いた。

「……なんだ、あの夜のこと、覚えてるんだ? 少し意識が朦朧としてるみたいだったから、覚えてないかと思ってたのに」

「……はい?」

 あの夜、というのは、話の流れからして、トワリスが初めてサーフェリアで目を覚ました時のことを指しているのだろう。
だが、何故ルーフェンが、こんな怪しい笑みを浮かべているのかが分からない。

 なんとなく身を引くと、ルーフェンは、更に笑みを深めて言った。

「いやー、あの時のトワちゃんは流石にしおらしくて、可愛げあったなー」

「!?」

 トワリスが、目を見開いて硬直する。
ルーフェンは、うんうんと頷きながら、あの夜の光景を思い出すように目を閉じた。

「俺が部屋から出ていこうとしたら、『ルーフェンさん、寂しいから行かないで』って引き留められて──」

「はあ!? そんなこと言ってませんっっ!」

 思いがけず、声が裏返るほどの大声を出して、トワリスの顔が真っ赤になる。
同時に、ルーフェン目掛けて拳を振り上げようとしたトワリスを、慌ててハインツが止めた。

「トワリス、怪我、怪我……!」

 まだ支えなしでは歩けないほど、トワリスの怪我はひどい状態だというのに、殴りかかりでもしたら、傷が開くかもしれない。
ハインツは、トワリスを背後から抱き抱えて、身動きがとれないようにしたが、ルーフェンは、そんな二人を見て、爆笑していた。

「他にもさ、俺が『寝るまでここにいてあげるから』って言ったら、すごーく嬉しそうに──」

「してませんっ!」

「えー? してたしてた。トワ、忘れてるだけじゃないの?」

「嘘つくな馬鹿! 絶っっ対そんなこと言ってませんし、してませんっ!」

「二人とも、仲良く、仲良く……」

 明らかに遊んでいるルーフェンに、今にも飛びかかりそうなトワリス。
それを必死になだめようとするハインツに、ルーフェンは言った。

「ハインツくん、大丈夫大丈夫。別に喧嘩してる訳じゃないよ。トワの言う馬鹿は、愛情表現だから」

「どれだけお気楽な脳みそしてるんですか! この阿呆召喚師! からかいに来ただけなら、王宮に戻って仕事して下さい!」

「おー、怖い怖い」

 ハインツに抱えられつつも、全力で威嚇してくるトワリスに、降参だという風に両手をあげると、ルーフェンは言った。

「んじゃ、まあ本当に様子を見に来ただけだったし、トワにぶん殴られる前に、退散しようかな」

 くすくすと笑いながら、次いで、ハインツの方を見る。

「ハインツくんも、流石に明日には、一度駐屯地に戻った方がいい。……トワもね。ユーリッドくんとファフリちゃんの存在は、匂わせないように」

「……そんなこと、分かってます」

 トワリスとハインツが、同時に頷く。
それからトワリスは、はっと何かを思い出したように、懐から、赤い木の葉の模様が描かれた栞を取り出した。
ミストリアのロージアン鉱山で、読んだ手記の中から出てきたものである。

「あの、そういえば、これ……」

 そう言って、栞を見せると、ルーフェンも、驚いた様子で瞠目した。

「この、葉の模様って……」

 呟いたルーフェンに、トワリスは首肯した。

「私の、お母さんの脚に彫られていたものと同じ模様です。この栞、ハイドットについて調べていた時、ミストリアの鉱山で見つけた手記の中から、出てきたものなんですけど……この葉の模様の横に、スレインって名前が入れられてますよね。手記によれば、そのスレインっていうのは、当時鉱山で働いていた獣人の一人で、ハイドットの廃液を不法流出させることに耐えかねて、途中で姿を消したって記されていたんです。だから、もしかして、私の母親って……」

「…………」

 ルーフェンは、何かを考え込むようにうつむくと、微かに目を細めた。

「……ごめん、サーフェリアに漂着した獣人の記録は、ほとんど残っていないし、その時のことは、俺も前に調べた以上のことはよく知らないんだ。ただ、その鉱山とやらの情報を掘り下げれば、当時のことをさらに詳しく調べることは可能だと思う」

 ルーフェンの言葉に、トワリスは、持っていた栞をぎゅっと握りこんだ。
そうして、しばらく黙り込んでいたが、やがて首を横に振ると、静かな声で答えた。

「いえ……やっぱり、いいです。調べたところで、何かが変わるわけでもないですし……。急にこんなこと言って、すみません」

 存外、穏やかな口調で返してきたトワリスに、ルーフェンは一息つくと、軽い調子で答えた。

「……まあ、事実がどうだったのかは分からないけど、トワの母親でしょ? 強い獣人(ひと)だったんじゃないの。悪政とか周囲の反応なんて物ともせずに、周り蹴り飛ばして、サーフェリアに来たんだよ、きっと」

「だから、私を何だと思ってるんですか……全くもう」

 問答する気も失せたといった様子で、トワリスが、はあっと息を吐く。
そして、ハインツに支えてもらいながら踵を返すと、最後に顔だけ振り向いて、ルーフェンを見た。

「……とにかく、ファフリたちのことは、ありがとうございました。私も、結局謹慎食らったので、しばらくは大人しくしてます。……ルーフェンさんも、色々と気を付けて下さい」

「りょーかい」

 ルーフェンが苦笑しながら返事をすると、トワリスは、相変わらずむすっとした顔つきのまま、家の中に入っていった。

 最後に、ルーフェンがハインツの方に目をやると、その視線を受けて、ハインツは無言でこくりと頷いたのだった。


- 75 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数100)