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投稿日:2021年02月23日





 マリオスは心配していたようだったが、見習い兵としての生活は、ユーリッドにとって、本当に楽しいと思えるものだった。
もちろん、教官にしごかれるのは怖いし、毎日のように地味で疲れる雑用をこなさなければならないのは、正直嫌気が差すこともある。
だが、それ以上に、同期の仲間たちと話したり、ふざけたりするのは面白かったし、マリオスが帰ってきた夜には、そんな同期たちとの下らないやりとりを、父に話したりできるのも、とても嬉しかった。

 初めて経験するはずのことに、何故か見覚えがあったり、そういう奇妙な違和感を感じることもあった。
しかし、どれもこれも、悪夢のせいだと思いながら、一日一日を過ごしていく内に、いつの間にか、日々に感じる疑問を気にしなくなっていた。

 そんな、ある日。
マリオスの登城後に、ミストリア城へと向かうと、兵団の共用の炊事場で、普段寮で暮らしている、イーサたち同期の見習い兵に会った。

「ん? ユーリッド、お前、なんでいるんだよ。今日は休みだぞ」

「御前会議で、皆出払ってるからなぁ」

 そう言われて、ユーリッドは、ああ、と声をあげた。
なんとなく習慣的に登城してしまったが、思えば、今日は月に一度の御前会議が行われる日だ。
兵団の重役たちも当然召集されてしまうため、この日だけは、訓練兵や見習い兵たちにも、休暇が与えられるのであった。

 何故そんなことを忘れていたのだろう、と思い悩むユーリッドであったが、ふと、目の前のイーサがにやにやと笑っていることに気がついて、思わず後ずさった。
イーサは、腰かけていた手洗い場の縁からぴょんと飛び降りると、ユーリッドの首に手を回した。

「察しが悪いなぁ、二人とも。ユーリッドは、御前会議の日は、愛しの次期召喚師様に会いに行くんだよ」

「い、愛しの!?」

 突然のイーサの発言に、ユーリッドが目を剥く。
次期召喚師といえば、ファフリのことだろうが、もちろん、ユーリッドとファフリはただの友達同士だ。
愛しの、だなんて付けられるような間柄ではない。

 しかし、慌てるユーリッドを面白がるように、他の同期たち二人も、すぐに薄笑いを浮かべた。

「ははぁ、なるほど。そりゃあ、引き留めて悪かったなぁ、ユーリッド」

「さっさと行ってやれよ。お姫様、きっと待ってるぜ」

 わざとらしい口調で、二人がユーリッドをからかう。
ユーリッドは、ぶんぶんと首を振った。

「ばっ、別に俺とファフリは、そんな関係じゃ──」

「隠すなよ、水臭い。いいじゃんか、次期召喚師様に会うのを許されてるなんてさ。流石、マリオス団長の息子様は違うよなー」

「だから違うって!」

 必死に否定するも、イーサは相変わらずのにやにや顔で、ユーリッドのこめかみをぐりぐりと拳で押してくる。
他の二人も、実に楽しげにその様を見て、笑っていた。

 確かにユーリッドは、御前会議の日になると、ファフリに会いに行くことが多かった。
一介の見習い兵に過ぎないユーリッドが、次期召喚師に謁見するなど、本来ならば許されないことだ。
しかし、城の者達も、日頃一人きりで過ごすことが多いファフリには、同世代の話し相手が必要だと思ったのだろう。
ミストリア兵団長の息子という肩書きも手伝ってか、ユーリッドだけは、ファフリに会いに行っても、見逃されているようだった。

 自分を押さえ込んでくるイーサを振り払って、ユーリッドは、痛むこめかみを擦りながら言った。

「全く……何を勘違いしてるのか知らないけど、俺とファフリは友達だって言ってるだろ。会いたいなら、お前達も会いに行こう。きっと、ファフリは喜ぶよ」

 ユーリッドは、大真面目に言ったつもりであったが、イーサたちは、ますます笑みを深めるだけであった。

「いやぁ、熱い二人の邪魔をするなんて野暮はしないよ。なあ?」

「そうそう! 俺たちのことは気にせず、いってこいって!」

 尚も茶化してくる同期たちに、言い返す気力もなくなってくる。
本気で言い返せば言い返すほど、彼らのからかいの的になってしまうだろう。

 ユーリッドは、やれやれとため息をつくと、囃し立てる同期たちの声を背に、その場を去ったのであった。



 正式に召喚師として即位するまでは、公に姿を出すことはない。
そんな次期召喚師、ファフリと出会ったのは、ユーリッドが六歳の頃だった。

 当時は、城に行ったことなどなかったユーリッドであったが、一度だけ、ミストリア兵団長の親族として、召喚師リークスに晩餐に招かれたことがあったのだ。
その際、晩餐が始まるまでの時間、他の使用人の子供たちと庭園で遊んでいた時。
離れの塔からこちらを見るファフリに気づいて、ユーリッドが声をかけたことが、きっかけだった。

 戸惑うファフリを遊びに誘って、初めて塔から連れ出したときは、当然、他の家臣たちにひどく叱られた。
そして、二度とこのような真似はするなと、何度も釘を刺された。

 だが聞けば、ファフリは就寝するとき以外、ずっとこの塔に籠って、勉強やら魔術の練習やらをさせられているらしい。
外出が許されるのも、年に数日だけで、もちろん、同年代の友人と話したこともない。
だから、こんな風に遊んだのは初めてで、とても楽しかった。
ありがとう、そう言って、再び塔に連れ戻されていくファフリの寂しそうな笑顔が、ユーリッドは忘れられなかった。

 数日経ってから、御前会議のために登城するマリオスに着いて、ユーリッドは、再度城を訪れた。
前に遊んだ使用人の子の手拭いを借りて、そのまま持って帰ってきてしまったから、返したい。
そんな嘘をついて、またファフリに会いに行ったのだ。

 家臣に見つかれば、怒鳴られるのは分かっていたが、ファフリの日頃な窮屈を生活を思うと、いてもたってもいられなかった。
別に、自分にできることはないが、もし一瞬でも会えたら、「頑張れよ、きっとまた遊ぼうな」、その一言だけでも伝えて、元気付けてあげたい。
そんな思いで、ユーリッドはこっそりとファフリのいる塔へと忍び込んだ。

 しかし、すぐ捕まるだろうというユーリッドの予想に反して、ファフリとは、案外すんなり会えた。
しかも、塔の見張りを行っていた兵に見つかったときも、「塔からは出るなよ」と一言注意されただけで、ファフリと引き離されるようなことはなかった。

 今思えば、その時すでに、マリオスが家臣たちに口添えしてくれていたのだろう。
だが、六歳だったユーリッドは、とりあえずよく分からないが、自分とファフリは会うことを許されたらしいと喜んで、それ以来、御前会議のある日には、ファフリを訪ねるようになった。

 訪ねるといっても、塔から出ることは許されていないから、ほんの数刻、他愛もない話をするだけである。
それでも、ファフリには良い気晴らしになっていたようだし、ユーリッド自身も、ファフリに会いに行くことは楽しみになっていた。

 この習慣は、ユーリッドが十歳になり、見習い兵として兵団に入団した今も健在で、今日のように御前会議がある日には、ユーリッドは、ファフリに会いに行っていた。

 いつも通り、城の離れにある塔に行き、今や顔を見るだけで通してくれるようになった、見張りの兵たちにも挨拶をする。
そして、塔の一室の扉を叩くと、案の定、ファフリは勢いよく扉をあけた。

「ユーリッド! おはよう!」

 ばっと飛び出してきたファフリが、ユーリッドに抱きつく。
それを受け止めてから、ファフリの明るい笑顔にほっとしつつ、ユーリッドも笑みを向けた。

「おはよう、ファフリ。元気だったか?」

「うん! ユーリッド、会いに来てくれて嬉しい!」

 そう言って、抱きついた腕にぎゅっと力を込めてから、ファフリはユーリッドから離れた。
いつもなら、「俺も嬉しい」と返すところだが、先程イーサたちに、愛しの次期召喚師様だなんだとからかわれたばかりだ。
別にやましいことなど何もないが、妙な気恥ずかしさが込み上げてきて、ユーリッドは返事ができなかった。

「今日は、何してたんだ?」

 ファフリの部屋に入り、分厚い絨毯の上に胡座をかくと、ユーリッドは尋ねた。

 室内には、沢山の魔導書やら教本やらを溜め込んだ大きな本棚と、ファフリの勉強机しかない。
遊び道具など一つもないので、ユーリッドは、ここにくると、とりあえず絨毯の上に腰を下ろして、ファフリの話を聞いたり、逆に、ユーリッドから巷(ちまた)の話題を、ファフリに話して聞かせたりした。

 ファフリは、勉強机の椅子に座ると、机に置いてあった一冊の本をとって、ユーリッドに見せた。

「今日はね、朝のお祈りを済ませた後、ずっとこの絵本を読んでたの。この前、お父様に頂いたのよ」

「お父様……って、リークス王に?」

 嬉しそうに父親の話をするファフリの姿に、妙な違和感を感じて、ユーリッドは眉を寄せた。
何故違和感を感じたのかは、分からない。
だが、この違和感は、マリオスが生きていることを信じられなかった、あの時に感じた違和感によく似ていた。

「ファフリ、国王様と、そんなに仲良かったっけ?」

 思わず問いかけると、ファフリは、不思議そうに首をかしげた。

「当たり前じゃない。だって親子だもの。私、お父様のこと大好きよ」

「……。そっか……」

 胸の中で、何かがざわりと音を立てる。
しかし、折角ファフリが楽しそうに話しているのに、それをわざわざ遮る必要はないと、ユーリッドは、わき上がる違和感を振り払った。

「それで、その絵本は、どんな話なんだ?」

 話を変えて、ファフリに聞くと、ファフリはにこりと笑って、ユーリッドの隣に腰かけた。

「魚人族の女の子が、地上に住む獣人に恋をしてしまうお話なの。すごく、ロマンチックでしょう?」

 ファフリはそう言って、物語の世界観に浸るように、絵本をぎゅっと抱き締める。
ユーリッドは、へえ、と相槌を打つと、人魚の描かれた絵本の表紙を見た。

「でも魚人族じゃ、地上には出られないだろう? 恋するって言っても、相手と話したり、一緒にいたりすることはできないんじゃないのか?」

 ファフリは、こくりと頷いた。

「そう、そうなの。だからね、この魚人族の女の子は、不思議な薬の力で、地上を歩ける二本の脚を手にいれるのよ。それで、相手の獣人と、恋人同士になるの。でもその薬の効力は、一日しか持たなくて、最終的に女の子は、海の泡になって、消えちゃうんだ」

「ええ? なんかすごい悲しい話だな……」

 怪訝そうに言ったユーリッドに、ファフリは、くすりと笑った。

「うん。……私もね、最初はそう思って、なんだか悲しい気持ちになったわ。でもこの物語は、きっとこの主人公の夢のお話なんだわって考えるようにしたら、素敵な物語だって思えるようになったの」

「夢……?」

 聞き返したユーリッドに、ファフリは首肯した。

「そう、夢。この物語は、地上に憧れていた主人公が見た、夢のお話だったのよ。夢の中で主人公は、地上の男の子に恋をして、恋人になって……。でも夢は、結局夢でしかないから、最終的には泡のように消えて、目が覚めてしまうの。起きたら主人公は、いつもの寝台の上で、ああ、素敵な夢を見たなって、ため息をつくんだわ」

 ファフリは、本を抱えたまま立ち上がると、塔の窓を開けて、外の景色を眺めた。

「私も時々、城の外を自由に出歩く夢を見るわ。広い空とか海を見て、お父様やお母様と、綺麗ねってお話しながら、街でお買い物したりするの」

「…………」

「でも、楽しい夢ほどあっさり終わってしまうから、朝になったら寝台の上で、ああ、幸せな夢だったなって、思い起こすのよ」

 ぼんやりと窓の外を眺めながら、静かに話すファフリを見て、ユーリッドは、ぽつりと言った。

「……海、見に行こうか」

「え……?」

 ファフリが瞠目して、ユーリッドを振り返る。
ユーリッドは、立ち上がってファフリの隣に並ぶと、窓の外を見回した。

「海辺に行くのは無理だけど、ノーレントからだって、遠目に海を見ることはできるよ。本物、見たことないだろ? 今から見に行こうぜ」

 ファフリは、慌てたように首を振った。

「む、無理だよ……。塔から出ちゃいけないって言われてるし……。もし衛兵の獣人(ひと)達に見つかったら、ユーリッド、また叱られちゃうよ」

「俺は別に平気だよ。普段からよく怒られてるし。それにほら、見張りがいる反対側の、この窓から木を伝って飛び降りて、城壁のあそこ! 物見の塔の屋根まで登れば、ノーレントの西側に、海が見えると思うんだ」

 ユーリッドが指差した先には、眺望のために設けられた、物見の塔が高く聳え立っている。
つまりユーリッドは、衛兵たちに見つからないように、まずこの塔の窓から木を伝って庭に降り、それから城壁に沿って物見の塔に侵入し、階段を上がり、衛兵がいる最上階は避けて、その一つ下の上層階の窓から、屋根によじ登ろうと言うのだ。

 ファフリは、ユーリッドの示す道程を確認しながら、再び首を振った。

「でも私……あんなに高いところ、登れないよ」

「そんなの心配しなくても、連れていってやるよ。俺、ああいうの得意だから!」

 意気揚々と言うと、ユーリッドは、直後、何の躊躇いもなく窓から飛び降りた。

「ユーリッド……!」

 驚いたファフリは、はっと息を飲んで、慌てて窓から下を見た。
しかし、そんな心配などよそに、ユーリッドは、塔の真下に伸びている大木の太い枝に、器用にぶら下がっている。
一度ファフリに笑顔を向けてから、ユーリッドは身体を揺らして、太い幹に飛び移ると、両手両足を使って、あっという間に地面まで降りてしまった。

 ユーリッドは、身体についた汚れを軽く払うと、周囲に衛兵たちがいないことを確認した。
そして、呆然とこちらを見ているファフリに向けて、ぱっと両手を広げた。

「降りてこいよ、ファフリ! 俺が受け止めるから、ほら!」

 ぎりぎり届くくらいの、小さな声で言う。
するとファフリは、びっくりしたように目を見開いて、不安げに眉を下げた。

「で、出来ないよ……私、こんな高さから飛び降りるなんて、したことないもの……」

 怯えた様子で言うファフリに、ユーリッドは笑顔で答えた。

「大丈夫、怖くないって。絶対に俺が受け止めるから、信じて!」

「…………」

 ファフリは、しばらく戸惑ったように、ユーリッドと地面を見つめていた。
しかし、やがて小さく頷くと、絵本を机に置いて、ゆっくりと窓枠に足をかけた。

 その体勢になって、再び決心が鈍ったのか、ファフリはまた動かなくなった。
だが、すぐに全身に力を込めると、思いきって、窓枠を蹴った。

 ファフリが落下する位置目掛けて、ユーリッドが、手を伸ばす。
その手を掴んで、ファフリは、塔の中から飛び出した。


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