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投稿日:2021年02月23日
「だっはははっ! それでお前、屋根から落ちて、腕擦りむいたのか!」
「わ、笑うなよ……」
自宅に戻ってから、今日あった出来事を父に話すと、マリオスは、ファフリを連れ出したことを叱るどころか、大爆笑していた。
ユーリッド自身、叱られないだろうと思って話したのだから、予想通りと言えば予想通りなのだが、まさかここまで笑われるとは思わなかったので、いまいちばつが悪い。
マリオスは、笑いすぎて口から噴き出した米粒を、台拭きで拭いながら、ユーリッドに言った。
「いやぁ、だってお前、それだけ大見得切って姫様連れ出したくせに、結局衛兵に見つかって、挙げ句屋根から落ちるとか……! 格好悪いなー!」
未だに笑いが堪えきれてないマリオスに、ユーリッドは顔をしかめた。
「うるさいな! 別に格好つけるつもりで連れ出したんじゃねえし!」
そう言って、唇を尖らせる。
「俺はただ……四六時中あんな塔の中で過ごしてるなんて、絶対に息が詰まるだろうって思っただけだよ。よくファフリが、ぼんやり外を眺めてることも知ってるし、少しの時間でも、外の景色を見せてあげたら喜ぶかなって、そう思って……」
言いづらそうに述べたユーリッドに、マリオスは、苦笑した。
「そうか……。まあ、そうだよなぁ。決して、自由な生活とは言えないよな」
ユーリッドは、深く頷いて、怒ったように言った。
「そうだよ。あんなの、ファフリが可哀想だ。いくら次期召喚師だからって、ああやって何もかも禁止するような生活を強いるなんて、まるで投獄された罪人じゃないか。前に塔から抜け出した時だって──」
そこまで言って、ユーリッドは、はっと口を閉じた。
(前に、塔から抜け出した……?)
出会った日を除いて、ファフリを外に連れ出したのは、今日が初めてだったはずだ。
それなのに何故、前にも抜け出したなんて発言をしたのだろうか。
自らの言葉に、自分で驚いているユーリッドに対し、マリオスも同じ疑問を感じたのか、顔をしかめた。
「前にって、お前、以前も無断で姫様連れ出したのか?」
「……い、いや……そうじゃないよ。言葉、間違えただけ……」
どこか困惑したように否定するユーリッドを、マリオスは、訝しむように見つめた。
しかし、やがてふうっと息を吐くと、空になった食器を重ねながら、言った。
「まあ、お前の気持ちも分かる。分かるけどさ、今日限り、もう姫様を連れ出すのはやめとけ」
「…………」
ユーリッドが眉を寄せて、顔をあげる。
マリオスは、そんなユーリッドに苦笑いすると、諭すように述べた。
「そりゃあ、姫様だって、好き勝手色んなところに行ってみたいだろうさ。でもな、彼女には、次期召喚師としての立場ってもんがあるんだよ。沢山のことを我慢して、自分の役目を全うしようとしてる姫様を、わざわざ連れ回そうなんて、そんなのお前の我が儘だろ。それにもし、本当に姫様に何かあったら、お前、責任取れねえだろうが。な?」
「……それは、そうだけど」
浮かない表情のユーリッドを見て、マリオスは、呆れたように笑った。
「納得はできないかもしれんが、いつか、分かる日が来るさ。お前みたいに、真剣に悩んでくれる奴がいるってだけで、姫様もきっと嬉しく思ってるだろ」
「…………」
ユーリッドは返事をしなかったが、マリオスは、もう何も言わなかった。
しつこく言ったところで、無駄なことは明白であったし、自由のないファフリの生活に疑問を持ってしまうのは、マリオスも同じだったからだ。
また、ユーリッドも、マリオスの意見が正論であることは分かっていたので、これ以上反論しようという気はなかった。
マリオスは、一通り食卓を片付けると、まるで何かのついでのように、さらりと次の話を切り出した。
「そういや、話は変わるんだが、最近陛下が、隣のスヴェトランに目をつけていてな。近々、本格的に出兵することになりそうなんだ。それで、今日の御前会議で決まったんだが……俺も、スヴェトランまで遠征することになった」
「え……」
ユーリッドは、マリオスを見つめたまま、硬直した。
(スヴェ、トランって……)
身体がすうっと冷たくなって、鼓動がどくどくと加速し始める。
これまでも、父が遠征に出ることくらい、しょっちょうあったが、スヴェトランという言葉は、ユーリッドの頭の中に不気味な響きを残した。
「俺がいねえ間は、いつも通り寮で寝泊まりしてくれ。遠征っつっても、今回はすぐ隣だし、スヴェトランがうまくこちらの言い分を飲んでくれりゃあ……」
「駄目だ!」
ユーリッドは、勢いよく食卓から立つと、真っ青な顔でマリオスを見た。
「スヴェトランは駄目だ……! 行かないで、父さん」
マリオスが、驚いたようにユーリッドを見上げる。
「……どうした? そんな心配すんなって。スヴェトランは広い街ではあるが、大した軍事力は持っちゃいねえ。ノーレントとの戦力差は明らかだ。遠征したところで、多分戦にも発展しな──」
「そう言って死んだくせにっ!」
マリオスの言葉を遮って、ユーリッドは大声で叫んだ。
これには、流石のマリオスも動揺したらしく、口を閉じる。
ユーリッドは、自分でもなぜこんなに感情的になったのか理解できず、震える拳を握って、唇を噛んだ。
しん、と静まり返った部屋の中で、沈黙を破ったのは、マリオスだった。
「……死んだって、俺がか? ユーリッド、お前、この前もそんなようなこと言ってたが、一体どういう……」
マリオスが、真剣な面持ちで尋ねてくる。
ユーリッドは、どう答えて良いか分からず、そのまま黙り続けていた。
一体どういうことなのか。
そんなこと、自分でも分からなかった。
どれもこれも、悪夢のせいだ。
忘れよう、忘れようとそう思っているのに、時折妙な違和感が、頭の中を支配してくる。
父マリオスと過ごし、同期の兵士たちと仕事に励み、ファフリの笑顔を見て、笑いあって、そんな当たり前のような日常を、何かが違うと訴えかけてくる。
息が、うまく吸えなかった。
浅く呼吸を繰り返しながら、ユーリッドは、込み上げてくる感情を抑えて、マリオスを見た。
「……ごめん、俺、もう寝る。頭冷やすよ」
マリオスが、心配そうにこちらを見る。
ユーリッドは、そのまま背を向けると、寝室の方に歩し出した。
「変なこと言い出して、ごめん。遠征、頑張って」
それだけ言うと、逃げるように寝室に入って、毛布にくるまった。
その後も、マリオスがこちらの様子を伺って、ユーリッドの寝室に入ってきていたことには気づいていたが、寝たふりをして、ユーリッドはずっと毛布の中に閉じ籠っていた。
明日になって、気分が落ち着いたら、笑顔でおはようと言おう。
そして、もう一度謝って、マリオスが心配事なく遠征に出られるように、見送るのだ。
そう決めていたのに、翌朝、ユーリッドが起床した頃には、もうマリオスは登城していた。
遠征前で忙しいのだろうと、その日は、夜遅くまで父の帰りを待っていたが、マリオスは、結局帰ってこなかった。
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