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投稿日:2021年02月23日




 隣の寝台で寝ていたはずのファフリが、いなくなっていることに気づくと、ユーリッドは、ばっと跳ね起きた。
寝具がすっかり冷たくなっていることから、ファフリがいなくなって、もう大分時が経っているようだ。

 ユーリッドは、窓の外を見て、朝日が昇っていることを確認すると、勢いよく立ち上がった。
同時に、その音で目覚めたらしいトワリスが、机に伏せていた顔をあげる。

「ユーリッド……?」

「トワリス! ファフリがいない!」

 言うなり、焦った様子で、ユーリッドが寝室を飛び出す。
慌ててトワリスが追いかけ、居間に行くと、食卓にルーフェンが座っていた。

「おはよ」

 何でもない風に、ルーフェンが挨拶してくる。
ユーリッドは、眉をしかめたまま、ルーフェンに問いかけた。

「ルーフェン、ファフリがいないんだ。どこに行ったか、知らないか」

「…………」

 ルーフェンは、返事をしなかった。
その沈黙に、ユーリッドはさっと顔色を変えると、ルーフェンに詰め寄った。

「知ってるんだな!? 教えてくれ、ファフリはどこに行ったんだ! まだ身体が回復してるとも思えないし、早く探して見つけないと……!」

「…………」

 ルーフェンは、尚も沈黙していた。
黙って、無表情のまま、だらしなく椅子の背もたれに寄りかかっている。

 ユーリッドは、苛立ったように舌打ちすると、扉に向かって走り出した。
しかし、ユーリッドが外に出る前に、ルーフェンが口を開いた。

「探しても、見つからないよ」

 ユーリッドが立ち止まって、振り返る。
トワリスは、怪訝そうに眉を寄せた。

「……どういう意味ですか?」

「…………」

 ルーフェンは、微かに目を伏せると、平坦な声で答えた。

「……サーフェリアを探しても、ファフリちゃんは、見つからない」

 ユーリッドの顔が、蒼白になる。
瞠目した後、ユーリッドは、身体をルーフェンの方に向けた。

「……まさか、ミストリアに行ったのか……?」

 ルーフェンが、視線だけ動かして、ユーリッドを見る。
ユーリッドは、ぐっと歯を食い縛ると、ルーフェンの胸ぐらを掴み上げた。

「何とか言えよ! お前、ファフリを一人で行かせたのか!? その場にいたなら、なんで止めなかったんだよ!?」

 ユーリッドの勢いに、ルーフェンは椅子ごと倒れそうになった。
しかし、咄嗟に脚で踏ん張ると、ユーリッドを見た。

「だからさぁ、そうやってすぐ胸ぐら掴んでくるの、やめてくんない? 痛いんだけど」

「はぐらかしてないで、早く答えろ!」

 余裕のない表情で、ユーリッドが怒鳴る。
それに対しルーフェンは、煩わしそうにため息をつくと、瞬間、ユーリッドの左肘に手刀を叩き込んだ。

 痛みで怯んだユーリッドの首筋に、そのまま掌を押し付けると、同時に椅子から立ち上がって、膝裏を蹴りあげる。
膝がすくわれて仰向けに倒れたユーリッドは、そのまま地面に背中を叩きつけた。

「いちいち暑苦しいなぁ、ユーリッドくんは」

 倒れたユーリッドを見下ろして、ルーフェンは、薄く笑った。

「止めるも何も、ファフリちゃんが言ったんだ。『王座を取り戻したい。だから、私一人をミストリアに送ってほしい』ってね」

 ユーリッドが、ぐっと顔をしかめる。
素早く身体を起こすと、ユーリッドは声を荒げた。

「だからって、なんでそんなこと簡単に承諾したんだよ! ファフリは、まだちゃんと召喚術が使えるか分からないんだぞ! 使えたとしても、一人でミストリア城に乗り込むなんて、危険すぎる! それくらい分かるだろ!」 

 ユーリッドが、ルーフェンを強く睨む。
ルーフェンは、真剣味のない表情で、肩をすくめた。

「じゃあ、どうしろって? ファフリちゃんは、召喚師としての力を完全に手に入れたよ。それなら後は、ミストリアに戻って王位を継ぐか、このまま逃亡生活を続けるかのどちらかだろう? ファフリちゃんは、前者を選んだ。それの何が問題なわけ? ユーリッドくんは、逃亡生活を続けたいの?」

 煽るようなルーフェンの物言いに、ユーリッドは更に口調を激しくした。

「そうじゃない! ファフリとは、一緒にミストリアを救おうって決めた! 俺が言ってるのは、なんで一人で行かせたんだってことだ!」

 激昂するユーリッドに、ルーフェンは眉を上げた。

「それなら仮に、ユーリッドくんも一緒についていったとして、何が変わるっていうのさ。剣を振り回してるだけの君が、何の役に立つって? それでもし君が死んだら、ファフリちゃんが一人で行った意味がなくなる」

「なっ……!」

 怒りのあまり、ユーリッドの瞳に凶暴な光が宿る。
それでも尚、こちらを試すような顔つきのルーフェンに、ユーリッドは思わず掴みかかろうとした。

 しかし、その瞬間。
頬に激しい衝撃が襲ってきたかと思うと、ルーフェンとユーリッドは、頭から地面に突っ込んだ。
一瞬、頭が床にめり込んだのではないかと思うほどの衝撃に、目の前で火花が散る。

 対峙して、お互いに気をとられていたルーフェンとユーリッドの頬を、トワリスが殴り付けたのだ。

「状況を考えろこの馬鹿っ!」

 倒れこむ二人を見て、トワリスが怒鳴った。

「ルーフェンさん、わざわざユーリッドを怒らせるようなようなこと言わないで下さい! ユーリッドも、少し落ち着いて。こんなところで喧嘩してる場合じゃないでしょう!」

 捲し立てるように言って、トワリスが仁王立ちする。
つかの間、気が遠くなっていたルーフェンとユーリッドは、はっと意識を取り戻すと、ゆっくりと上体を起こした。

「とりあえず、ファフリがミストリアに向かったなら、急いで追いかけよう。どうせ私達を巻き込みたくなくて、一人で向かったんだろうけど、やっぱり危ないよ」

 トワリスの言葉に、ユーリッドが唇を噛んで頷く。
ルーフェンは、赤くなった頬を擦りながら、はあっと息を吐いた。

「いったぁ……トワ、手加減しないで殴ったでしょー。せめて拳じゃなくて平手打ちで──」

 ルーフェンが言い終わる前に、トワリスが太股に仕込んであった短刀を引き抜いて、どすっと床に突き刺す。
トワリスは、厳しい形相でルーフェンを見ると、低い声で言った。

「うるさいです」

「……はい」

 両手をあげて、流石のルーフェンも口を閉じる。
トワリスは、ルーフェンにぐいと顔を近づけた。

「今すぐ私とユーリッドを、ミストリアに送ってください。ファフリと同じのところに」

「…………」

 ルーフェンは、トワリスを見つめ返して、微かに息を吐いた。

「……行ってどーすんのさ。召喚師の争いに入り込めると?」

 トワリスが返事をする前に、ユーリッドが、静かな声で答えた。

「入り込めるよ。……いや、もう入り込んでるんだ」

 ユーリッドは、ルーフェンを見つめた。

「ミストリア城から逃げ出したあの日から、ずっと一緒に頑張ってきたんだ。刺客に襲われたときも、フェニクスの夢に取り込まれたときも、ファフリは、一人じゃなかった」

 膝上に置いた拳を握って、ユーリッドは口調を強くした。

「ミストリアに戻って、王位を奪還するっていうなら、ファフリは、兵団の奴等やリークス王と戦うことになる。その責任と罪悪感を、ファフリ一人に背負わせたりしたくない。ミストリアは、俺たちの国だ。召喚術が使えるからって、ファフリ一人にその守護を押し付けたりしない。俺も一緒に戦うんだ!」

 言い放って、ユーリッドが立ち上がる。
 
ユーリッドとルーフェンは、しばらく睨み合っていたが、やがて顔をしかめると、ユーリッドは扉の方に身体を向けた。

「……もういい。ルーフェンが連れていってくれないなら、自力でミストリアに行く」

「ちょっと、ユーリッド!」

 扉を開けて出ていこうとするユーリッドに、トワリスが慌てて声をかける。
ルーフェンは、やれやれといった風に立ち上がると、指先をひょいと動かした。

 瞬間、開いていた扉がばんっと閉まって、びくともしなくなる。
力一杯押しても引いても動かなくなって、ユーリッドは、ルーフェンを睨んだ。

「なんだよ、俺が勝手に行くだけなら、ルーフェンに迷惑かからないだろ!」

 刺々しく言って、ユーリッドがルーフェンに向き直る。
ルーフェンは、呆れた様子で後頭部を掻くと、長々と息を吐いた。

「ばーか。自力で行くったって、航路じゃ何月かかると思ってる。人狼族ってのは、皆そんな感じなのかねー」

「じゃあどうしろって言うんだよ!」

 怒りの表情を浮かべて、ユーリッドが言う。
ルーフェンは、そんなユーリッドをじっと見てから、宙に視線を移した。

「……バシン、どこにいる? 戻ってこい」

 ルーフェンの呼び掛けに応じて、室内に、生暖かい吐息のような風が吹く。
トワリスは、少し驚いたように、ルーフェンのほうを見た。

「いいんですか……?」

 ルーフェンは、鼻で笑った。

「ぶん殴ってきたくせに、よく言うよ。ほら、早く準備して」

 床に手をかざし、目を閉じる。
ルーフェンは、周囲の魔力を探りながら、小さな声で唱えた。

「汝、頂点と終点を司る地獄の公爵よ。従順として求めに応じ、可視の姿となれ。──バシン……」

 詠唱を終えた瞬間、床に巨大な鱗のようなものが浮かんできて、ぞろりと動いた。
足元で大蛇がうねっているような感覚に、ユーリッドが思わず構える。
 
 同時に、床全体に浮かんだ移動陣の魔語をなぞるように、ルーフェンは指を動かした。

「移動陣を新しく描き換える、ミストリアの召喚師の魔力を辿れ」

 その言葉で、ルーフェンの行動の意味が分かったのか、ユーリッドは顔をあげた。

「ミストリアに連れていってくれるのか!」

 空気中に浮かんでは消えていく、魔語の描き換え作業を行いながら、ルーフェンは言った。

「ミストリアには移動陣が敷かれていないから、確実にファフリちゃんのところに送れる訳じゃない。一般的な移動陣を多少描き換えて、彼女の魔力をたどり、おおよその場所に送り込むだけだよ」

 言いながら、ルーフェンが指先を向けると、トワリスの手の甲に、描き換えられたものと同じ魔法陣が浮かぶ。
行きとは別に、帰りに使用するためのものだ。

 ユーリッドは、深く頷くと、はっきりとした口調で言った。

「それで十分だよ。ごめん、ルーフェン……ありがとう」

 ルーフェンは、ふっと笑って、移動陣を完成させた。

「……ユーリッドくんみたいなお人好しの御託は、もう聞き飽きたからね。さっさと行けばいいよ。君達を見ているのは、どうにも疲れるから」



To be continued....


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