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投稿日:2021年02月23日





†第五章†──回帰せし運命
第三話『帰趨きすう


 暗闇の中、移動陣から伸びる一本の光の筋を辿って、ファフリは、ぼんやりと輝く輪の奥に飛び込んだ。
すると、湿った空気が全身を包んで、足に地面の固い感触が当たる。

 閉じていた目を開けて、周囲を見回すと、そこは、暗い牢の中だった。

(ここは……地下牢? だとしたら、ミストリア城に来られたってこと……?)

 辺りの様子を伺いながら、壁に手を沿わせて立ち上がる。

 まだ城にいた頃、地下牢なんて覗いたことはなかったから、確証は持てない。
しかし、ミストリアには、南大陸と北大陸の中間にある監獄とは別に、城の地下に、罪人を幽閉するための牢があると聞いたことがあった。

 周囲から魔力を感じ取れないことから、今いるのがサーフェリアではなく、ミストリアであることは確かだ。
とすれば、ファフリが降り立ったのは、ミストリア城の地下ということになるだろう。

(運が良かったのね。うまく行けば、今日のうちにお父様に会えるかもしれない……)

 父王リークスに会いに行くため、ミストリアへ飛ばしてほしいとルーフェンにお願いした、あのとき。
ルーフェンの話では、リークスの魔力を目印に移動させるという不確かな方法をとるため、確実にどの場所に着地できるかは分からないとのことだった。

 本来、移動陣から移動陣へと飛ばす魔術を、違う使い方で行使する上、長距離の移動を行うのだ。
リークスの近くに着地できるとは思っていなかったし、最悪、一人で旅をする羽目になると覚悟していた。
だが、いきなりミストリア城に着いたのだから、自分は十分幸運だったと言えるだろう。

(私、頑張るよ……ユーリッド)

 ぐっと胸元で手を握って、ファフリは、牢が並ぶ長い通路を、足音を立てないように歩き出した。
夜目のきかない鳥人であるファフリが、あまり長時間、この暗い地下牢にいるのは得策とは言えない。
石壁を辿って、通路を歩いていけば、必ず兵士や看守が出入りするための扉があるはずだ。
そこから地上に出て、リークスを探すのが良いだろう。

 そうして、辺りを警戒しながら歩いていく内に、ファフリは、奇妙なことに気がついた。
地下牢ならば、罪人が閉じ込められているはずなのに、何者かが動く気配や、物音が全くしないのだ。

(もうこの地下牢は、使われていないのかな? そんなはず、ないと思うんだけど……)

 そう思って、牢が並ぶ向かいの暗闇を、じっと見つめてみる。
しかし、ぼんやりと鉄格子が見えるだけで、罪人が幽閉されているかはよく見えなかった。

 ファフリは、ごくりと息を飲むと、恐る恐る、牢に近づいていった。
そして、冷たい鉄格子の隙間から、じっと目を凝らしたとき。
その奧に広がる光景に、ファフリは、思わず悲鳴をあげそうになった。

 鉄格子の奥、牢の中には、物言わぬ骸が幾重にも積み重なって、放置されていたのだ。

「────!」

 咄嗟に叫びそうになった口を、手で押さえて、ファフリは後ずさった。

 濃い闇の中、まるで捨てられたごみのように、牢の中に散らばっている獣人たち。
見れば、隣の牢にも、その更に隣の牢にも、獣人たちが閉じ込められている。
その様はひどく凄惨で、恐ろしく思えた。

(なんで、こんなことになってるの……? これじゃあまるで、死体置場じゃない)

 うなじにひやりとしたものが触れて、ファフリはその場に立ち尽くした。
そして、速くなる鼓動と呼吸音を抑えようとして、はっとした。

(……違う、死体じゃない。きっと、奇病にかかった獣人だわ……)

 暗いため、はっきりと奇形があるかどうかは確認できない。
だが、この地下牢には、何の臭いもしないのだ。

 普通、これだけ多くの死体が並んでいれば、呼吸なんてままならないくらいの、腐敗臭がするはずである。
それがしないということは、この牢の中に放置されている獣人たちは、死体ではない可能性が高い。
おそらく、奇病にかかった獣人たちを南大陸から集め、魔力に反応しないように隔離して、この地下牢に幽閉しているのだろう。

 何故そんなことをしているのか、理由は分からない。
しかし、宰相のキリスが、この奇病にかかった獣人を使って、サーフェリアを襲わせていたという事実もある。
この獣人たちは、何らかの理由価値があると見なされて、この地下牢に連れてこられたのかもしれない。

──その時だった。

「……おい、今なにか音がしなかったか?」

 遠くでそんな声が聞こえて、通路の少し先から、光が差してきた。

 驚いてそちらに目を向けると、暗闇の奥にある扉が開いて、二人の人影が通路に入ってきた。
この地下牢の出入り口を見張っていた、兵士である。

 ファフリは、素早く屈んで、兵士たちの動向を伺った。
微かな足音か何かを、聞かれてしまったのだろう。

 幸い、暗い地下牢では視界が悪く、兵士たちもまだファフリの存在に気づいてはいないようだ。

「気のせいじゃないのか? こんな気色悪いところ、誰が忍び込むっていうんだよ」

「いや、でも今、確かに音が聞こえたんだって」

 そんな会話をしながら、一人の兵士がごそごそと身じろいで、同時に、じゅっと引火する音が聞こえてくる。
──松明をつけた音だ。

 ファフリは、震える膝に力を込めると、勢いよく駆け出した。

 松明で通路を照らされてしまえば、絶対に見つかるだろう。
見つかってしまえば、きっともう逃げられない。

(──兵士たちが、私に気づく前に……!)

 ファフリは、勢いよく扉に向かうと、まだ事態を把握できていない二人の間に、思いきり突っ込んだ。

「うわっ、なんだ!?」

 突然突進してきた人影に、一瞬ひるんだ兵士たちが、左右に避ける。
ファフリは、その隙に地下牢から飛び出すと、足を止めずに、その場から走り去ろうとした。

「待て! 貴様何者だ!」

 しかし、背後から兵士の鋭い怒声が迫ってきて、瞬間、ファフリは仰け反った。
追い付いた兵士が、ファフリの髪を掴んだのだ。

 そのまま髪を引っ張られ、投げ飛ばされたファフリは、身体を起こす頃には、二人の兵士に挟まれてしまっていた。

「女か……?」

「お前、どうやって地下牢に入った!」

 腰の剣に手をかけ、二人の兵士たちが、じりじりと距離を詰めてくる。
ファフリは、ぐっと唇を噛むと、迫る兵士たちをにらみ返した。

「私は、ファフリ。次期召喚師よ」

 兵士たちが立ち止まって、目を見張る。
ファフリは、強い口調で続けた。

「剣から手を引きなさい。でないと、召喚術を使うわ」

 ファフリの言葉に、躊躇った様子で、兵士たちが剣から手を引く。
しかし、見逃す気はないらしく、二人は互いに目を見合わせたあと、微妙な距離をとったまま、ファフリを睨んでいた。

(どうしよう……。このまま、お父様の元に連れて行くように、言ってみるのも手かしら……)

 城の長廊下の壁を背にして、ファフリは、必死に思考を巡らせていた。

 誰にも捕まることなく、リークスと会い、話し合えれば良かったのだが、見つかってしまった以上は仕方がない。
自分はリークスの居場所が分からないし、いっそ兵士たちに連れて行ってもらうのも、方法の一つかもしれない。

 召喚術を使うと脅しはしたが、ファフリにとっても、それは最終手段であり、できれば避けたい事態だと考えていた。
なぜなら、先程地下牢で見た獣人たちが、本当に奇病にかかった者たちならば、召喚術を使うと、その魔力に反応して暴れ出してしまうからだ。
それに、あまり抵抗すると、いざリークスと会ったときに、話し合いどころではなくなってしまうだろう。

 高まっていく緊張感の中、三人は、しばらく動かず、その場で沈黙していた。
一歩でも動けば、兵士の間合いに入ってしまうような気がしたし、兵士たちもまた、ファフリが魔術を使ってこないか、警戒しているようだった。

 沈黙を破ったのは、兵士の一人だった。
兵士は、懐から小さな笛を取り出すと、それを口元に持っていこうとする。

 緊急事態を周囲に知らせるため、笛を吹こうとしているのだ。

「やめ──!」

 やめなさい、と口に出す前に、瞬間、廊下の角から飛び出してきた獣人が、兵士の頭を背後から殴り付けた。

 反応しきれなかった兵士が、気を失って、地面に倒れ込む。

「なっ、なんだお前!?」

 もう一人の兵士は、慌てて抜刀しようと構えたが、獣人は、目にも止まらぬ早さで兵士の後ろに回り込むと、そのうなじに手刀を叩き込んだ。

 がしゃんっと甲冑が派手な音を立てて、二人目の兵士も気絶する。

 突如現れた獣人は、兵士たちが完全に気を失ったことを確認すると、ファフリに向き直った。

「次期召喚師様……ファフリ様、ですね?」

 神妙な面持ちで、獣人が尋ねてくる。
太い尾から、イタチの獣人であろうこの男は、小柄だが、先程の素早い身のこなしを見る限り、戦えるようだ。
胸につけている紀章からして、彼もまた、ミストリア兵団の一員らしい。
よく見れば、小振りのものだが帯剣もしていた。

「ええ、私はファフリだけど……。あの、貴方は……?」

 助けられたことに戸惑って、ファフリが問いかけると、イタチの獣人は、周囲を見回してから、早口で言った。

「安心してください。俺は、貴女様の味方です。とにかく今は、身を隠しましょう。着いてきて下さい」

 獣人は、自分が着ていた革製の兜と外套をファフリに被せ、彼女の手を掴むと、辺りを警戒しながら走り出した。


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