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投稿日:2021年02月23日
首筋に剣を押し当て、腕を掴み上げると、そのままファフリをずるずると引きずって、部屋の大窓から、バルコニーへと出る。
そして、ファフリを手すりに押し付けると、眼下に展開する広場を指差した。
「見ろ! あれがなにか分かるか?」
腕を乱暴に引っ張られ、痛みに顔を歪めながら、ファフリは視線を落とした。
城壁の内側にある、頑丈な内郭の石壁に覆われたその広場は、全面に砂が敷いてあり、その他には何もない。
ファフリが黙っていると、キリスが荒く呼吸しながら、答えた。
「処刑場だよ。私に楯突く者は皆、処刑場で、あの狂った獣人共に喰わせるのさ」
「狂った……? まさか、奇病にかかった獣人たちのこと!?」
先程のイーサの言葉を思い出しながら、ファフリが問う。
キリスは、狂気を孕んだ目で、ファフリを見つめた。
「その通り。貴女は奇病が蔓延することで、沢山の犠牲者が出ると言ったが、それも間違いだ。貴女なら知っているだろう。奇病の症状が出れば、奴等は痛覚を失い、永遠に動き続ける生物兵器となる。それらを戦場に駆り出せば、どれほどの戦力になることか! 力を持たぬ弱き獣人は、奇病にかかることで、屈強な戦士に生まれ変わるのだよ……!」
恍惚とした表情で言うと、キリスは、ファフリの頭を掴み、力任せに引っ張り上げた。
ファフリの身体が、手すりから身を乗り出す状態となり、不安定に揺れる。
キリスは、畳み掛けるように叫んだ。
「ハイドットと、あの奇病の力があれば、獣人は最強だ! 人間も、精霊族も、召喚師一族ですら敵ではない!」
血がにじむほど強く、唇を噛んでいるファフリを見ながら、キリスは、頭を掴む手に更に力を込めた。
「さあ、もう一度だけ機会をやろう。私に協力すると言え、次期召喚師! でなければ、ここから処刑場に突き落とすぞ! あの処刑場は、地下牢と繋がっている。私の合図一つで、お前は気狂い(奇病にかかった獣人)共に八裂きにされるのだ……!」
「……っ!」
高笑いをしながら、キリスは、ファフリの頭を手すりに打ち付ける。
しかしファフリは、その痛みさえ感じなくなっていた。
(……お父様を殺し、奇病の蔓延を知りながら……──この、男は)
なんて愚かなのだろう、そう思った。
獣人の栄華のためとは言うが、結局キリスは、己の欲望に突き動かされているだけだ。
どこまでも身勝手に、醜く──。
キリスは、自国の民たちを、まるで使い捨ての駒のように動かしている。
「……──いで」
低い声で言った、ファフリの言葉が聞き取れず、キリスは眉をしかめた。
「あ? なんだと?」
かつて感じたことがないくらいの怒りが、身体の内側から噴き上げてくる。
身悶えするような、強い強い怒りが爆発して、ファフリは、血を吐くように叫んだ。
「──ふざけないでっ!」
胸の奥がぐらぐらと煮えるように熱くなって、全身に底知れぬ力がわいてくる。
それは、ファフリの身の内に留まることはできず、内からどんどん溢れだして。
その力が、魔力であることを感じながら、掴まれている頭に構わず、ファフリは、キリスの方を見た。
キリスは、一瞬たじろいだが、すぐにファフリの頭と腕を掴み直した。
「はっ、話の分からない小娘だ! いいだろう、今すぐ処刑場に突き落として──」
「その口を閉じなさい、キリス……!」
ファフリのものとは思えない、地を這うような声。
まるで、獰猛な肉食獣の如く鋭い眼差しを向けると、ファフリは、目を不気味に光らせた。
「貴方の言葉は、もう聞きたくない! この国は、貴方のものじゃない……!」
ファフリは、すっと息を吸い、怒鳴った。
「これ以上、ミストリアを穢さないで──!」
瞬間、噴き出した蒸気のように魔力が膨れ上がって、キリスは、バルコニーから室内へと吹っ飛ばされた。
その場にいた全員が、思わず目をつぶり、うずくまる。
キリスは、何が起きたか理解できず、つかの間座り込んで放心していた。
だが、やがて、自分の手に粉々になったハイドットの手錠が握られていることに気づくと、目を剥いた。
ファフリは、荒くなった呼吸を整えながら、解放された手首を擦って、唱えた。
「汝、高慢と権力を司る地獄の伯爵よ!従順として求めに応じ、我が身に宿れ……!──ハルファス!」
ファフリが詠唱したことに焦って、キリスは立ち上がった。
「止めろ! 早くっ!」
指示を受けて、兵士たちが、一斉に抜刀する。
しかし、その次の瞬間には、剣が兵士たちの手から跳ね上がり、空中で向きを変え、その刃先にキリスを捉えた。
「イーサを解放して。……今後、ハイドットの武具の生産を廃止することを、約束しなさい」
はっきりと言い放って、ファフリは、キリスを見据えた。
キリスは、怯えた表情で、兵士にイーサから離れるよう指示を出すと、何度も頷いた。
「わ、わかった。約束しよう! だから、剣を下ろしてくれ」
自分を狙う、無数の剣先を見回しながら、キリスが言う。
ファフリは、それでも警戒を解かないまま、キリスを睨み付けていた。
キリスの言葉は、簡単には信用できない。
このまま身動きがとれないように、拘束したほうが良いだろう。
そう考えながら、ファフリの思考がキリスに集中していたとき。
横合いから何かが迫ってきたかと思うと、ファフリは、思いきり顔面を殴られた。
「──っ!」
がんっ、と頭を打ち付ける鈍い音が響いて、地面に叩きつけられる。
キリスに気をとられている内に、兵士の一人が、ファフリ目掛けて突っ込んできたのだ。
まずい、と思う隙もなく、キリスは走り出すと、横たわるリークスの腹から、ハイドットの剣を引き抜いた。
リークスの魔力を蓄えたその剣は、まるで雷をまとっているかのように、ばちばちと光を放っている。
「死ねぇええっ!」
叫んで、キリスは、ハイドットの剣を振り下ろした。
瞬間、その剣先から眩い閃光が迸って、ファフリのいるバルコニー全体を包み込む。
「────!」
殴りかかってきた兵士をも巻き込んで、ばきばきと石畳の割れる音がする。
その音を聞きながら、ファフリは、宙に投げ出された。
バルコニーが、崩れている。
そう理解した頃には、ファフリは、眼下の処刑場に落下し始めていた。
宙に浮いていた剣が落ちる金属音と、キリスの歓喜の声が、遠くで聞こえる。
バルコニーの瓦礫と共に、空気がうなるのを感じながら、ファフリは、身を丸めて、ぎゅっと目を閉じた。
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