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投稿日:2021年02月23日






 ファフリは、倒れていく獣人たちと、縦横無尽に動き回る光の刃を見ながら、懸命に頭痛に耐えていた。
魔力の不足か、血を流しすぎたのか、いや、その両方が原因だろう。

 一時は意識もはっきりしたが、再び、気が遠くなり始める。
目の前の景色も掠れ、ファフリは、次第に自分の頭が傾いていくのを感じていた。

(駄目、気を失っちゃ、駄目……!)

 浅く呼吸を繰り返しながら、ファフリは、なんとか目を開けた。

 ほとんどの獣人は、動かなくなっているようだが、何しろ、奇病にかかった獣人には、死という概念がないのだ。
まだ、こちらを狙って這っている獣人が見えるし、大扉の向こうから、まだ出てこようとしている獣人たちが、かろうじているようだ。

 今、ここで意識を手放したら、カイムの召喚を保てなくなる。
そうなれば、自分は獣人たちの餌食になってしまうだろう。

 歯を食い縛りながら、ファフリは、身体に力を入れた。
しかし、身体は言うことを聞かず、カイムの気配が、遠のいていくのを感じていた。

 地を揺らす獣人たちの足音が、近づいてくる。
視界が暗くなり、完全にカイムの気配が消えたとき、ファフリの頭の中に、獣人たちに殺される自分の姿がよぎった。

 すぐ近くで、肉を割く音が聞こえた。
自分が、切り裂かれたのだと思った。
しかし、一向に襲ってこない痛みに、ファフリは、微かに目を開けた。

 誰かが、自分をかばうように立っている。
その後ろ姿が、ユーリッドのものであると気づいたとき、ファフリは、驚いて目を見開いた。

「ユー、リッド……」

 言葉として出たのかどうか分からないくらい、掠れた小さな声で、名前を呼んだ。
ユーリッドは、歯を剥き出して剣に食らいついている獣人を切り捨てると、ファフリを見た。

「なんで……ユーリッド……」

 それ以上は、声にならなかった。
ユーリッドの瞳を見つめ返して、こらえていた熱が、堰を切って目から溢れた。

「ファフリの馬鹿!」

 掴みかかってきた獣人の腕を切り落として、ユーリッドは言った。

「一緒に、ミストリアを救うんだろ! なんで一人で行っちゃったんだよ……!」

 ごめん、と言おうとして、しかし、もう口が動かなかった。
涙がこぼれ落ちて、むせび泣きながら、ファフリはユーリッドを見つめていた。

「──ユーリッド! 次期召喚師様!」

 その時、地下牢と繋がる大扉とは別の、小さなくぐり戸から、懐かしい声が聞こえてきた。

「イーサ!?」

 思わず声をあげて、ユーリッドが瞠目する。
イーサは、痛む右肩を押さえながら走り寄ると、早口で言った。

「次期召喚師様と、一緒にいたんだ。すまん、守れなくて……。今からでも、加勢する」

「……いいのか?」

 戸惑ったようなユーリッドの言葉に、イーサは、向かってきた獣人の脳天を突き刺し、そのまま地面に縫い止めると、答えた。

「兵団にも、この奇病を食い止めたいと思ってる奴はいる! 俺もそうだ。だから、協力させてくれ……!」

 強い意思を瞳に秘め、イーサはユーリッドを見た。
二人は、互いに頷き合うと、剣を取り、迫る獣人たちを見据えた。



 傾き始めた、赤い夕暮れの光に照らされて。
血に染まった処刑場が、砂埃を上げている。

 トワリスは、そんな処刑場の様子を伺いながら、内郭の石壁の上を走っていた。

 ファフリの召喚術の力か、ほとんどの奇病に冒された獣人たちは、もう身動きなどとれぬほどに、木端微塵になって散っている。
しかし、ファフリが力尽きてしまった今、未だに動ける獣人たちは、ユーリッドたちに襲いかかっていた。

 数が多いわけではないが、よく見れば、処刑場の大扉から、まだちらほらと新たな獣人が飛び出してきている。
──大扉を、封鎖する必要があった。

 内郭を巡っているうち、目前に、大扉を釣る二本の太い鎖を発見すると、トワリスは、走る速さを上げた。
そして、鎖が巻き付いている一方の滑車と、留め具を蹴り飛ばして引き抜くと、持ち上がった大扉を支える、片方の鎖を内郭の外に放り投げた。

「何者だ!」

 大扉を管理していたらしい兵士が、トワリスに剣を向けてくる。
その剣が、ハイドットの剣であることに気づくと、トワリスは舌打ちした。

 今は、この大扉を閉じることが、最優先事項である。
魔術を使ってでも、この兵士を倒すべきなのだろうが、ハイドットの剣を使われれば、魔力は吸収されてしまう。

 斬りかかってきた兵士の攻撃を、宙返りして避け、トワリスは、内郭の縁に移動した。
それから双剣を抜くと、同じように兵士めがけて、剣を振る。

 だがトワリスは、向かってきた兵士の剣を、受けなかった。
力で敵わないことは、分かっている。
故に、剣を交えず、攻撃を受ける寸前に身を沈めると、トワリスは、双剣をその場に捨て、兵士の腕を掴んだ。
そして、斬りかかった勢いそのままに、前のめりになった兵士を、内郭の外に背負い投げる。

 悲鳴をあげながら、処刑場の方に落下していく兵士を見送って、トワリスは、もう一方の鎖も外した。


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