トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月23日







 轟音が響いて、地下牢に繋がる大扉が閉まった。
それを見ながら、腕に噛みついてきた獣人を殴り飛ばすと、ユーリッドは、ほっと胸を撫で下ろした。
これで、奇病にかかった獣人たちが増えることはないだろう。

 背後で倒れているファフリを守りながら、飛びかかってくる獣人たちを、次々に斬りつける。
荒くなった呼吸を整えていると、左右から同時に獣人が襲いかかってきて、ユーリッドは、咄嗟に鞘を抜くと、一方を剣で斬り、他方を鞘で殴り付けて、さっと跳びずさった。

「くそっ、こいつら、全然動きが鈍らないじゃないか……!」

 隣で、獣人ともつれ合うようにして戦っていたイーサが、口を開いた。
彼は、奇病にかかった獣人たちと戦うのは、初めてなのだろう。

「こいつらは、燃やして灰にするくらいじゃないと、死なないんだよ」

 走れないように獣人の脚を切り裂いて、ユーリッドが答える。
二人は、獣人たちを散らしながらも近寄ると、背中を合わせて剣を構え直した。

 動ける獣人は、ざっと二十。
かなり数は減っているものの、このままでは、こちらの体力が尽きるのが先だ。

「ユーリッド!」

 トワリスの声が、降ってきた。

 トワリスは、鉤縄かぎなわを使って内郭の石壁から降りてくると、ユーリッドたちの近くに走ってきた。

「ファフリは?」

 双剣を構えて、ユーリッドに尋ねる。
ユーリッドは、ファフリを一瞥して、浅く頷いた。

「大怪我してるけど、まだ生きてる」

「そう」

 返事をしてから、トワリスは、脚に噛みつこうとしてきた獣人を避け、その脳天に剣を突き刺すと、魔術で炎を使った。
ギャッと耳障りな断末魔を上げて、獣人が丸焦げになる。

 イーサは、トワリスが魔術を使えることに驚いたが、今はそんなことを指摘している場合ではない。

 燃え尽きた獣人を見て、トワリスは、顔をしかめた。

「倒せなくはないけど、きりがないよ。ファフリを連れて、ここから出よう」

 トワリスがそう言うと、ユーリッドは、眉を寄せた。

「そうしたいのは山々だけど、ファフリを背負って、あいつらから逃げられるかどうか……」

 血の飛沫を散らしながらも、こちらに襲いかかってくる獣人たちを見て、ユーリッドが返す。
トワリスは、もう一度ファフリを見ると、悔しそうに唇を噛んだ。

 獣人たちは皆、ファフリの魔力に引き寄せられている。
その狙いを外せれば良いのだが、魔力量の少ないトワリスでは、ファフリ以上の魔力を放出して囮にはなることはできない。

 それに、大扉は閉じたものの、兵士たちは大勢城内にうろついているのだ。
このまま戦いが長引けば、また大扉が開かれるかもしれないし、次は兵士たちに囲まれる可能性もある。
ファフリの怪我も心配であるし、早急にこの場から立ち去るのが得策なのだろうが、ユーリッドの言う通り、この獣人たちを撒くのは容易ではなさそうだ。

(戦うしかないか……)

 そう覚悟を決め、再度敵を見据えた三人だったが、その時、突然、獣人たちが一斉に身を翻した。

 ファフリには見向きもせず、一様に同じ場所を目指して、獣人たちが飛び上がる。
その先に、一振りの剣を持ったキリスが佇んでいることに気づくと、三人は、思わず目を見張った。

「──……っ!」

 しかし、獣人たちの爪牙が、キリスに届くことはなかった。
キリスが、持っていたハイドットの剣を地面に突き刺した瞬間。
強烈な爆発音と共に、凝縮された空気の塊が、キリスを中心に破裂した。

 刃物の如く、鋭い風の塊が、獣人たちを喰らい、地面をえぐり、砂埃を巻き上げていく。
ユーリッドたちは、咄嗟に突き立てた剣を支えに、その場に踏みとどまったが、ややあって、目を開いた時には、群がっていたはずの獣人たちが、全員消し飛んでいた。

「あいつ、何したんだ……!?」

 驚愕してユーリッドが言うと、イーサが顔を歪めた。

「キリスが持っているハイドットの剣は、リークス王の魔力を吸い続けたせいで、膨大な魔力を纏ってるんだ。多分、剣が魔力を消化し切るまで、キリスは魔術を使えるのと同然な状態になってる」

「リークス王の、って……」

 イーサの説明を受けて、ユーリッドは、改めてキリスに視線をやった。

 目の前にいるキリスは、ユーリッドの知っているかつての彼の姿とは、全く異なっていた。
爛々と光る、瞳孔の開き切った目で、ふうふうと荒く息を吐くキリスは、見ていて鳥肌が立つほど、異様であった。

 キリスは、ハイドットの剣を振りかざすと、何かに乗っ取られたかのように叫びながら、ファフリめがけて斬りかかってきた。

 戦闘の経験がなく、おそらく剣を扱ったこともないだろうキリスの攻撃など、簡単に振り払えると思った。
だが、ユーリッドがその攻撃を受けた瞬間、再び、キリスの剣から風の刃が噴き出した。

「────っ!」

 剣から発せられるおぞましい魔力に、ユーリッドの頬が切れて、血がにじむ。
同時に、腕にも数多の傷が走って、交差したユーリッドの剣が、みしみしと音を立て始めた。

(まずい、剣が……!)

 びしっ、と金属の割れる音がして、ユーリッドの剣に、ひびが入る。
全身を切り刻まれるような、ひどい激痛に耐えながらも、ユーリッドは、なんとかキリスを押し返そうと、腕に力を込めた。

 背後には、ファフリがいるのだ。
今ここで、引くわけにはいかない。

 トワリスとイーサは、なんとかキリスに斬りかかろうとしたが、ハイドットの剣から巻き起こる強い衝撃波に煽られて、近づけないでいた。
しかし、このままでは、ファフリ共々、ユーリッドが真っ二つになってしまう。
ユーリッドの剣が完全に折れれば、その時はすぐだ。

 剣に入ったひびはどんどん広がり、ユーリッドの身体も、これ以上の風圧には、耐えきれそうもなかった。
勝利を確信したのか、キリスが、冷たい笑みを深める。

 駄目かもしれない、そう覚悟したとき。
ユーリッドはふと、背後でファフリの声を聞いた。

(ファフリ……?)

 後ろから、すっと細い腕が伸びてきて、ユーリッドの腕に触れる。
その、次の瞬間──。

 ユーリッドの剣が光ったかと思うと、そこから炎が噴き出し、キリスに襲いかかった。

「────っ!」

 勢いよく燃え上がった炎は、巨大な鳥の形を象り、キリスの身体を蝕んでいく。
キリスは、悲痛な断末魔を上げると、火だるまになって、地面をのたうち回った。

「フェニクス……」

 ユーリッドは、そう呟くと、粉々に砕けてしまった己の剣を見た。
あと一歩遅ければ、自分は今ごろ、キリスに殺されていただろう。

 ユーリッドは、朦朧とした意識で震えているファフリを抱き起こすと、すぐにその場から離れようとした。
しかしキリスは、それを許さなかった。

 全身に炎を纏ったまま、ハイドットの剣を握り、キリスが再び突撃してくる。
フェニクスの炎は、剣に吸収され、徐々に弱まっているようだ。

 剣を砕かれてしまったユーリッドは、どうすることも出来ず、ファフリを守るように覆い被さった。

「──……」

 ふと、夕陽の光が遮られて、辺りが暗くなった。
発狂していたキリスの声が止み、何かが、上空から落ちてくる。

 それが、牙を剥いた巨大な肉塊であることに気づくと、ユーリッドは、絶句して目を見開いた。

 大地を揺らし、凄まじい音を立てながら、その奇妙な肉塊が、処刑場に降り立つ。
その生物は、昆虫のような体型で、巨大な肉の胴体に手足を生やし、その頭部には、むき出しの眼球と、割けた大きな口がついていた。

(奇病に冒された、奇形生物か……?)

 ユーリッドはそう思ったが、この生物の本当の正体は、ユーリッドにもトワリスにも、イーサにも分からなかった。

 奇妙な生物は、耳を貫くような咆哮をあげると、地面ごと削り取るような勢いで、キリスを飲み込んだ。
キリスの悲鳴が響き渡り、次いで、ごりごりと骨を噛み砕き、嚥下する音が聞こえる。

 ユーリッドたちは、その様を、凍りついたように見つめることしかできなかった。

 ぎょろりと生物の眼球が動いて、その瞳に、ユーリッドとファフリを映す。
ユーリッドは、逃げなければと思ったが、身体が動かず、はっと身を硬くした。

 ユーリッドも、トワリスもイーサも、全員が得体の知れない恐怖で硬直する中。
ファフリだけは、意識を覚醒させて、その生物の瞳を、じっと見つめていた。

(……お父、様……?)

 その瞳は、ファフリと同じ、鳶色だった。

 生物は、ファフリをその目に映したまま、しばらくの間、微動だにしなかった。
だが、やがて、ゆっくりとその場に崩れ落ちると、ユーリッドたちに襲いかかることもなく、死体のように動かなくなった。

 しゅうっと煙を上げて、急速に、その生物の肉体が腐敗していく。
肉が蒸発し、皮膚が溶け落ちると、やがて、彼は骨だけになった。

「おい、大丈夫か!?」

 イーサとトワリスが駆けてきて、ユーリッドとファフリの様子を伺う。
ユーリッドは、頷こうとして、しかし、処刑場のくぐり戸から、沢山の兵士たちが入ってくるのを見て、顔を強張らせた。

 同じく、兵士の存在に気づいたイーサとトワリスが、ユーリッドたちの前で剣を構える。

 だが、兵士たちは、もう戦おうとはしなかった。
ファフリたちの前に集まり、その場で剣を捨てると、皆で跪(ひざまず)いた。

 服従の意を示し、召喚師様、召喚師様と口々に呟くと、深く頭を下げた。

 ユーリッドは、その光景を呆然と眺めていたが、やがて、ぐっと口を閉じると、ファフリを見た。
ファフリは、ユーリッドに抱えられた状態で、血まみれのまま、ぐったりとしていた。
しかし、その景色は、ちゃんと見えていたようだ。
その目から、一筋涙を流すと、力なく微笑んだ。

 ユーリッドは、傷ついたファフリの身体を、震える手で抱き締めた。

──ようやく、終わった。
そして、始まるのだと、そう思った。

 込み上げてきたものを抑えて、すっと息を吸うと、ユーリッドは、ファフリを抱く腕に力を込めた。


- 96 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数100)