トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月24日






  *  *  *


 サンレードの地からシュベルテに帰った後、ルーフェンは、半月近く本殿の自室に籠っていた。
身体にまとわりついた血の臭いが落ちず、食べ物はほとんど口にすることが出来なくなっていたし、また、恐ろしい夢を見るのが怖くて、深い眠りにつくことも出来ず、ただただ寝台の上で毛布にくるまって過ごしていた。

 一日に数回、様子を見に来る者も当然あったが、ルーフェンは一切取り合わなかった。
侍女のアンナも、サンレードの地に赴く前の、あのやり取りを気にしているのか、ルーフェンの部屋に来ても話しかけてくることはなく、毎日食事を届けては、ほぼ減っていないそれを悲しそうに引き上げていった。

 しかし、日に日に弱っていくルーフェンの様子に、そろそろ医師達が部屋を訪れるかもしれない。
そうなれば、流石に取り合わないというわけにはいかないだろう。

 極力人とは会いたくなかったのだが、そろそろ潮時か。
そんなことを考えていると、不意に、とんとん、と扉が叩かれて、アレイドが入室してきた。

 彼も、毎日ルーフェンの部屋を訪れる者の一人である。
扉を叩いたところで返事がないのはもう分かっているため、最近は待つことなく部屋に入ってくるのだ。

「兄さん、起きてる……?」

 小声で語りかけてくるアレイドに、仕方なく視線をやると、アレイドは心配そうにこちらを見つめ返してきた。

「顔、真っ青だよ。ご飯も全然食べないってアンナが言ってたし……。傷も治っていないじゃないか。レックに診てもらおうよ」

 アレイドは、ルーフェンの袖口から伺える、全身に巻かれた包帯を見て、そう言った。

 悪魔の皮膚のように、身体が黒く変色する疾患は、だんだんと広がって、今や胸から腕、腹にかけて、広範囲に及んでいた。
そのことを、ルーフェンは帰還してから誰にも言っていなかったため、疾患を隠すために毎日増えていく包帯を、アレイドは傷が酷くなっていると思い込んでいるのだ。

 アレイドは、困ったように寝台に近づいた。

「……稽古や講義にも来ないし、皆、心配してるよ。もう半月も、こんな状態で──」

「うるさいな、出ていけよ」

 ルーフェンは、毛布に潜り込んでから言った。

「俺と関わってると、他の兄達に何か言われるよ。頼むから、放っておいて」

 アレイドは、一瞬ぐっと黙った。
だが、すぐに強気な口調で言い返した。

「ほ、他の兄上たちは、関係ないよ……。僕は、ルーフェン兄さんと話してるんだ」

「…………」

 尚も沈黙を決め込むルーフェンに、アレイドは苛立った様子で、勢いよくルーフェンの腕を掴んだ。

「だ、大体、いつまでそんな、ふてくされてるのさ! 晩餐会でも、色んな人に誉められてるのに、愛想が良いのはその場だけで、後々煩わしいみたいな顔して……!」

 アレイドは、手に力を込めた。

「兄さんの分からず屋! 兄さん、僕の気持ちなんか考えたことないだろ! 僕なんか、シェイルハート家の長男でもなくて、王位継承権もなくて、次期召喚師でもない! おまけに、他に何か才能があるわけでもなくて……兄さんの方が、ずっとずっと恵まれてるのに、なんでいつまでもそうやって、ふてくされてるんだよ! どうして、一人で気取ったような顔して、僕に何も教えてくれないんだよ……!」

 アレイドの言葉に、ルーフェンの中でぷつんと何かが切れた。

 ルーフェンは、アレイドの腕を乱暴に振り払うと、素早く上半身を起こして怒鳴った。

「お前こそ! 俺の何を知ってるんだよ! そんなに次期召喚師の位が羨ましいなら、くれてやるさ! 魔力だって、なにもかも、やれるものならくれてやる……!」

 アレイドは、思わず蒼白になって後ずさった。
怒らせるつもりは、なかったのだ。
ただ、ろくに口をきいてくれないルーフェンに苛立って、ついいらぬことを口走ってしまっただけだ。

「ご、ごめん……。違うんだ、僕、兄さんと話がしたかっただけで……」

「早くどこか行けよ! お前と話すことなんて何もない!」

 びくりと肩を震わせて、アレイドはその場にへたりこんだ。
ひとまず自分は、部屋から出ていくべきなのだろうと思ったが、腰が抜けて、動けなかった。

 ルーフェンも、そのことに気づいたようだ。
小さく舌打ちすると、引ったくるように壁にかかっていた上着を取って、自分から部屋を出ていった。

 だんっ、と凄まじい音を立てて、扉が閉まる。
それに驚いて、アレイドは再び肩を震わせた。

 アレイドはただ、ルーフェンに頼ってほしかっただけなのだ。
何に悩み、困っているのかを聞いて、距離を縮めたかったのである。

 ぐるぐると頭を巡る後悔の念に、アレイドは、静かにため息をつく。
そして、ルーフェンが出ていった扉を、しばらくの間見つめていた。


- 11 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数82)