トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年02月24日





 翌朝、オーラントは宿で朝食を食べると、その足で王宮に向かった。
通りの市場の賑やかな雰囲気とは一変、巨大な白壁で囲まれた王宮は、やはり静かな迫力がある。

 呆然と、その傷一つない白壁を見つめていると、こちらに気づいたらしい門衛が、鋭い声で言った。

「何者か」

 オーラントは、大股で門まで近づき、腕章を見せた。
 
「ノーラデュースから参った、宮廷魔導師のオーラント・バーンズだ。ガラド・アシュリー卿にお目通り願いたい」

 それを聞くと、門衛はかしこまり、すぐさま二重になっている門を開いた。

「失礼いたしました。どうぞ、お通りください」

「どうも」

 オーラントは、敬礼の姿勢をとった門衛に軽く会釈を返すと、門をくぐった。



 部屋の真ん中には、書物がどっさりと乗った机があり、オーラントはその向かいに置いてある長椅子に腰かけると、荷物を投げ出した。
部屋の中は、相変わらず紙と墨の匂いが充満している。

 そうしてしばらく寛いでいると、人が歩いてくる気配がして、オーラントは入り口の方を見た。
扉を開けて入ってきたのは、目的の人物──ガラド・アシュリーである。

「お待たせしてすまない。よく無事に帰還した、バーンズ殿」

「アシュリー卿、お久しぶりです」

 一度長椅子から立ち上がり、ガラドに頭を下げる。
ガラドは、それに対して満足げに頷くと、再び長椅子に座るよう促して、自分は執務机の椅子に腰かけた。

「シュベルテには、何日ほどいられるのだ?」

「一月ほど。王都での仕事も含めて、多少休暇を頂きました」

 ガラドはふむ、と頷くと、静かな声で言った。

「……そうか。かの地までは、移動だけでも一月はかかるからな。お主が長期間空けるわけにはいくまいて……。せめて、シュベルテにいる間は、ゆっくりと休むが良い」

「はい、ありがとうございます」

 オーラントが、再度礼をする。

 ガラドは、息を吐いて、細く伸びた顎髭を撫でた。

「……して、ノーラデュースはどうだ。リオット族の様子は?」

 オーラントは、大きな溜め息をついた。

「大きな変化はなし、といったところでしょうか。しかし、奴等の移動圏が把握できてきましたから、その周辺に魔導師を配置することで、かなり被害は減っているように思います」

 ガラドは、そうか、と返事をすると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「……穢らわしい害虫共め。これ以上被害が拡大する前に、我々の手で駆逐したいものだが……」

 オーラントは、首を振った。

「それは、簡単には叶いますまい。奴等は強靭な肉体を持っているからこそ、あの奈落の底から這い上がれるのです。私達では、あの谷底に入って帰ってくることはそう簡単にできません。それに、いくらリオット族相手でも、大義というものがございます。特別な理由もなしに大規模な争いを起こすことはできません」

 ガラドの顔が、さっと曇った。
聞きようによっては反論にも聞こえるオーラントの発言が、気に入らなかったのかもしれない。

 しまった、と内心焦りながら、次の言葉をどうしようかと考えていると、不意に、扉の外が騒がしくなった。
扉の前に配置されていた騎士と、誰かが言い合っているようだ。

 ガラドは顔をしかめて、扉の方に視線をやった。

「何事だ」

 一言、厳しい声で尋ねると、扉越しに騎士の困ったような声が聞こえてきた。

「ああ、えっと、その……」

 くぐもったその声と同時に、ばんっと扉が開かれる。
入ってきたのは、銀髪の少年と、彼を止めようとする一人の騎士であった。

 ガラドが目で騎士に下がるように合図すると、騎士は怨めしそうに少年を一瞥して、扉を閉めた。

 ガラドは、執務机から立つと、少年の前で正式な礼をし、呆れたように言った。

「次期召喚師様、このようなことをされては困ります。恐れながら、私に御用がある場合は職務時間外にと何度も申し上げているではありませんか。それに、宮廷医師から了承を得たとはいえ、まだ本調子ではないのでしょう」

 説教じみたガラドの言葉を、少年はさして気にする様子もなく聞いている。
そんな彼に、オーラントは思わず笑いそうになった。
王宮内の影の権力者、政務次官ガラド・アシュリーの小言を聞き流す者など、なかなかいない。

 続けてオーラントは、じっと少年を見つめた。
母譲りの整った顔立ちと、色素の薄い肌、そして銀の髪と瞳。

(……ああ、こいつが噂の次期召喚師様ってやつか……)

 存在は当然知っていたが、間近で見るのは初めてだった。

 六年前、何故かヘンリ村で発見され、しかもわずか八歳で召喚術を使い、村一つ吹き飛ばしたという前代未聞の経歴をもつ召喚師の子。
有智高才、社交性も問題なし、しかしその実かなりの変わり種だという噂が、ノーラデュース常駐の魔導師団の中でも話題になっていたものだ。

(なるほど、執務室に押し入ってくるなんざ、こりゃあ確かに変わり種だ)

 くくっと、笑いを漏らして、再びルーフェンを見る。

 ルーフェンは、そんなオーラントを一瞥すると、釈然としない顔つきでこちらを見るガラドに向き直った。

「来客中にすみません。一瞬で終わる要件なので、聞いてください」

 ガラドは小さく肩をすくめると、ルーフェンに続きを促した。
すると、ルーフェンは、はっきりとした口調で言った。

「外出許可を下さい。三日……いえ、二日でいいので」

「なんですって?」

 ガラドは、とんでもない、といったように目を見開いた。
遠征ならともかく、私的な事情で次期召喚師が外出するなど、あり得ないことだ。

 ガラドは、低い声で返した。

「いけません。外出などして、何か問題が起こったらどうするのです」

 ルーフェンは、その返答を予想していたのか、すぐに切り返した。

「問題とは、具体的になんですか? 私は、そこらの騎士や魔導師よりも腕が立ちます。大抵のことは自力で切り抜けられますから」

「いいえ、いけません。万が一イシュカル教の暴徒たちに襲われでもしたら、大問題ですよ。貴方は、ご自分の立場をまるで分かっていらっしゃらない」

「分かってますよ、次期召喚師だって。召喚師一族はこの国で一番力があると騒いでるのは、貴方たちでしょう」

「そういう問題ではございません!」

「では、どういう問題ですか」

 ああ言えばこう言う状態に陥り、ガラドは頭痛の起こる頭を抑えながら、目を閉じた。
そして、再び目を開けると、弱々しい声で言った。

「……ちなみに、理由をお伺いしても?」

 ルーフェンは、間髪入れずに答えた。

「城下に下りて、街の人々の様子を見ようと思います。私は、これまであまり街に下りたことがありません故。己が守るべき人々の姿を、この目で見定めようかと」

 ガラドは、胡散臭そうに顔をしかめた。

「……それは、立派な志ですな。しかし、要は城下に行きたいだけでしょう。無意味な外出に、許可を出すことは出来ません。見定めるとは言いますが、最近の貴方様は、すぐ感情的になって、駄々ばかりこねる子供のようですよ。次期召喚師としての立ち振る舞いが、全くなってらっしゃらない。街の様子を見たいというなら、一層教養を深め、相応の弁別と所作というものを身につけて下さい。今の貴方様では、外部に赴こうとも、物事を正しく見定めることなど出来ませぬ」

「…………」

 ルーフェンは、つかの間俯いて、何か考えているようだった。
だが、すぐに顔をあげると、堂々と言った。

「実際、私はまだ子供ですよ。感情的で何が悪いんですか」

 開き直った様子で、ルーフェンは続けた。

「それに、正しく見定めることと知識が深いことは、必ずしも結び付きません。人の土台を形作っていくのは、机上の空論などではなく、子供の頃に見聞きした多くの経験と感情だとも言います。私は、利口なだけで人の心も分からないような、精巧なお人形にはなりたくありません」

 ガラドは、面倒くさそうに黙りこんだ。
そうしてしばらく、ルーフェンを凝視していたが、やがて、大きな溜め息をつくと、口を開いた。
 
「わかりました……外出許可を出しましょう。ただし、二日はいけません。一日です。あと、護衛はつけさせて頂きます」

「……一人で平気です」

「いいえ! 絶対につけます!」

 多少声を荒げたガラドに、流石のルーフェンも引き下がって、反論はしなかった。

 ガラドは、執務机に戻り腰かけると、苛立たしそうに貧乏ゆすりをしながら、しばらく何か思案していた。
そして、顔をあげると、オーラントの方を見た。

「バーンズ殿、すまないが、次期召喚師様の護衛を引き受けてはくれまいか」

「えぇっ、俺!?」

 思わず素っ頓狂な声をあげて、オーラントは立ち上がった。

 冗談じゃない。俺は休暇に来たのだ。
こんな可愛いげのないガキのお守りをしに、シュベルテに帰ってきたわけではない。
そう心の中で叫んで、オーラントは首を振った。

「い、いやいや、他にもいるでしょう。魔導師団の奴等とか、騎士団の奴等とか……」

「一介の魔導師や騎士に、次期召喚師様の護衛など勤まりはせぬ。今、空いている宮廷魔導師はそなたしかおらん」

 オーラントの額に、びっしりと細かい汗が浮き上がる。
先程までルーフェンとガラドのやりとりを面白おかしく眺めていただけなのに、とんでもないことを押し付けられてしまった。
しかし、だからといって、何か逃れられる言い訳も思い付かない。

 オーラントは、ぎゅっと拳を固く握ると、ルーフェンの方に振り返った。

「いや、えっと、ですがねえ……ほら、この通り、次期召喚師様も嫌そうなお顔を……」

 そう言って見たルーフェンの表情は、無表情だった。
必死に嫌がれと視線を送るが、それに気づいているのか、いないのか、ルーフェンは、淡々とした様子でガラドの方を向いた。

「……護衛をつけなければ、外出許可は下りませんか」

「無論です」

 ガラドが、厳しい口調で言う。
ルーフェンは、それを確認すると、オーラントに視線を戻した。

「……そういうことらしいので、出来ればお願いします」

「…………」

 ああ、今日はなんて運の悪い日なのだろう。
折角の貴重な休暇だというのに。
そう嘆きながらも、ガラドとルーフェン、双方の視線に挟まったオーラントには、大人しく頷くことしかできなかった。


- 15 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数82)